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40話 広がる波紋


「なぁ、怖いこと言っても良いか?」


 暫く難しい顔をして考え込んでいたトーマが、唐突にそう切り出した。


 馬車に揺られながら、トーマ達はテセリを目指している道中だ。


 御者はルシェルが務め、トーマとフェリスは荷台でくつろいでいる。


 馬車は緩やかな丘を越え、風が優しく草花を撫でて流れる。


 右手前方には雑木林、左手には淀川と思われる大きな川のせせらぎ。


 雲ひとつ無い晴天とは裏腹に、トーマの心情は曇っている。


「いきなりね。それで、怖いことって?」


 フェリスがトーマに尋ねる。


「"あの方"の支配が、俺達が思うよりもずっと広がってた場合について考えたんだ。もしファネにもトロングルにもテセリにも支配下の人間が大量に潜んでいたら、俺達の行動って筒抜けなんじゃないか?」


「もしそうなら結構ヤバいよね...テセリまでの道中で襲われる可能性もあるね。」


 手綱を握るルシェルの手に力が入る。


「そもそもの疑問なんだが、何故俺達はここまで執拗に狙われてるんだ?」


「俺達っていうか...トーマが、じゃない?」


「トーマが異世界からの転移者だと知れた事によって、トーマの能力を危険視しているのではないでしょうか?自分の支配が揺らぐのを恐れたと考えれば辻褄が合います。」


 フェリスのツッコミにARIAが同調する。


 ルシェルもウンウンと頷いているあたり、トーマ以外の面々の認識は同じらしい。


「俺の能力ってことはつまり、ARIAだよな?流石にそこまでは知られてないと思うけど。」


「この世界では異世界人=危険っていう認識を持ってる人もいるから、もしかしたら支配下の人間達が暴走してる可能性もあるんじゃないかな?」


「あ、それなんか正解な気がする...」


 ルシェルの言葉に、トーマがピンときたようだ。


「"あの方"が不特定多数を洗脳してるのは間違いないと思うんだ。つまり目的は特に無い。でも洗脳された人間は"あの方"を守る為に、同じ異世界人である俺を排除しようとしてる。これなら完全に辻褄が合わないか?」


「確かに...その可能性が1番高い気がする。」


「自分の都合の良いように洗脳して回って、その後はどうなろうが我関せずってか...クズだな。若しくはバカなのか...」


 トーマの冷たく静かな怒りに、フェリスとルシェルは息を呑む。


「まぁどっちにしても、向かってくる敵は蹴散らせば良いんでしょ?アタシのやる事は変わらないわ。」


「やだ...フェリス逞しい...」


「もう!狙われてるのはトーマなんだからね!」


 フェリスは、茶化すトーマをキッと睨んで嗜める。


「ごめんごめん、勿論真剣に考えてるよ。そうだ、気分転換がてらルシェルに魔法について教えるよ。」


「是非お願いします!」


「なんか誤魔化された気がする...」


 明るい笑顔で教えを乞うルシェルと、ムスッとしてジト目でトーマを見るフェリスの対比を見て、トーマは内心ほっこりする。




「凄いね...トーマは僕の、いやこの世界の知識じゃ到底辿り着けない所にいるんだね...」


「まぁ文明の進化のベクトルが違うみたいだからな。俺のいた世界だと、このあたりの基礎は学校教育で全員が習うぞ。」


 トーマはルシェルに、現代科学の基礎を講釈している。


「1番簡単なのは水魔法だと思う。さっき教えた原子の概念で言うと、酸素原子1つに水素原子2つをくっつければ水になるんだ。その動きを補うのがイメージと魔素になる。」


「なるほど...ちょっと馬車を止めて試しても良いかい?」


「ああ、やってみよう。」


 ルシェルは街道の端に馬車を止め、少し離れた場所で水の原子をイメージする。


 すると前方に突き出した手から、小さな水の粒が生まれた。


「やった...やった!出来たよ!!僕も無詠唱で魔法が使えた!!」


 ルシェルは興奮して両手を握り、天を仰ぐ。


「まさか1発で出来るとはな。やっぱルシェルは才能あるよ。何より思考が柔軟だ。」


「ありがとうトーマ!まずは水魔法にもっと磨きをかけるよ!」


「おう。分からない事があったら何でも聞いてくれ。」


 この時ルシェルは、転移者であるトーマを除けば、長いフォーシアの歴史の中で唯一無詠唱魔法を行使した人物となった。


「でも不思議なのは、なんで魔物は詠唱がいらないのかってとこだな。魔核の作用によるものだとは思うけど、どんなメカニズムなんだろな...」


「確かに、魔核が何かしらの補助をしているっていう予測しか出来ていないね。しかも魔核自体に属性は無いから、単なるエネルギー源として魔道具に組み込んでるだけだし。」


「もしかしたら、魔物の方が科学的に魔法を捉えてるのかもな。」


「それはなんか悔しいね...」




 再び馬車を進めて数分後、ルシェルが焦った様子でトーマを呼ぶ。


「トーマ、多分敵だ...どうする?」


 その言葉に、トーマは前方を見る。


 100mほど先に、街道を塞ぐように立ち塞がる数人の人影を確認し、トーマは素早く指示を出す。


「フェリス、戦闘体制で荷台に待機。ルシェルはそのまま御者を続けてくれ。俺はルシェルの隣で相手を把握する。」


「分かったわ。」


「了解。」


 トーマは荷台から御者席に移る。


「ARIA、立ち塞がるヤツらの人数と装備を確認してくれ。」


「畏まりました...人数は6人、全員が帯剣しています。服装から、魔術師はいないようです。ただ、全員が同じような装備なので、兵士或いは傭兵の可能性が高いです。」


「ありがとう。ルシェル、相手を行動不能にする魔法は使えるか?」


「この環境だと、石の檻で囲むのが早いと思う。」


「俺の合図でそれを使ってくれ。但し合図があるまでは待機だ。」



 街道を塞ぐ者達の20mほど手前で馬車を止め、トーマが馬車を降りて近づく。


 6人共ヒューマンの男のようだ。


 皆一様に無表情で、既に抜剣している。


「なあ、そこをどいてくれないか?」


「ここを通すわけにはいかん。」


 トーマが男達に話しかけると、リーダーと思われる男がそう告げる。


(ARIA、ブースト2だ。)


『畏まりました。』


 劇的に身体能力が上がる感覚を覚えながらも、トーマは話を続ける。


「何か事故でもあったのか?」


 トーマの問いを無視し、リーダーの男が右手を上げる。


(ヤバい!)


「ルシェル、荷台に入れ!伏兵だ!」


 真っ先に狙われるのは魔術師のルシェルだと判断したトーマは、後方に飛び去りながら彼に指示を出す。


 直後、雑木林から矢が飛び出し、ルシェルのいた御者台に突き刺さる。


「チッ...察しの良い奴だ。」


 リーダーの男が小さく呟く。


『すみません、伏兵に気付けませんでした。』


(今はそれよりも目の前の敵だ!実力が分からないうちは接近戦は避ける!)


「ルシェル!やれ!」


 それを聞いたルシェルは、急いで詠唱を始める。


「堅牢なる大地の檻よ、我が敵を捕らえよ!アースジェイル!」


 冒頭の詠唱を省略し、敵の足元から石の檻を素早く出現させた。


「うわっ!なんだ!?」


「くっ、魔法か!」


「檻が...」


 6人の内3人は檻に閉じ込められたが、リーダー含め3人は檻の完成前に移動して逃れた。


(檻から逃れたのは手練れって事だよな...)


 伏兵が潜む中、3対1では分が悪いと判断し、トーマはフェリスを呼ぶ。


「フェリス、出番だ!先に伏兵を片付けてくれ!」


「分かったわ!」


 フェリスは短く答えると、馬車から飛び出して雑木林へと向かった。


(よし、これで目の前の3人に集中できる。)


 腰のナイフを抜き、トーマも戦闘体勢に入る。


 先に動いたのは敵だ。


 3人の内2人が、左右に分かれてトーマへと迫る。


(悪いがまともに相手する気は無いよ。)


 2人がトーマまであと数歩という所で、トーマは踵を返し、馬車の方へ向かって全力ダッシュする。


 強化された脚力で逃げに徹するトーマに追いつける筈もなく、2人との距離が開く。


 馬車まで戻ったトーマは、足元の石を敵に向かって投擲しながら、ルシェルに指示を飛ばす。


「ルシェル、片方に死なない程度に魔法を打ち込め!」


「分かった!凍てつく氷の礫よ、彼の者を貫け!アイスランス!」


 ルシェルの周囲に大きな氷柱が10本ほど生成され、敵の1人に向かって飛んでゆく。


「ガッ...足が...」


 そのうち1本が右足を貫き、敵は行動不能に陥った。


 もう1人はトーマの投擲を躱しながら近づいてくる。


 その時、ドスっという鈍い音と共に、雑木林の中から1人の男が吹き飛んできた。


 フェリスの全力キックを食らった伏兵だ。


 全員がそちらに気を取られている一瞬の隙を突き、トーマは眼前の敵の足にナイフを深々と突き立てた。


「ウグッ...」


 敵は戦意を失い、その場に崩れ落ちる。


「トーマ、こっちは片付いたわよ。」


 そこにフェリスが伏兵を引き摺りながら合流し、荷台からロープを取り出して男達をまとめて縛り上げる。


「檻に閉じ込めた奴らも今は大人しくしてるよ。僕はこのまま待機しておいた方が良いかい?」


「ああ、今は見張も兼ねてここで待機していてくれ。」


 ルシェルを馬車で待機するように指示して、トーマは残ったリーダーの男と対峙する。


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