39話 テセリへ
定食屋を出たトーマ達は、猫の爪跡亭に向かいながら先程の話を思い出す。
「ガトーってさ、元はマトモな奴だったのか?」
その問いに、フェリスは静かに肯定する。
「そうね...ガラは悪いけど、悪人ではなかったわ。仲間を大切にしてたし、あんな事するヤツじゃなかった。」
「あのさ、ガトーって人はフェリスの仲間だったんだよね?それで"あの方"の何らかの能力によって洗脳されて、フェリスを裏切った。でもフェリスの反応を見るに、既にガトーは倒した、と。」
「そうよ。アイツはアタシとトーマで討伐したわ。」
ルシェルの問いに、フェリスが少し胸を張って答える。
「俺達が出会った中で今も生きてる"あの方"の支配下はギルだけだな。奴隷落ちしただろうからもうファネにはいないかもしれないけどな。」
「それにあの心酔具合だと、口を割るとも思えないわ。」
「僕は直接見てないけど、そんなに強力な洗脳なのかな?」
「ARIAから見てどう思う?」
「はい。彼らの言動を考えると、支配の強さと継続力は相当なものではないかと判断します。魔物化したマイスでさえ、最後まで"あの方"に対する忠誠心が見て取れました。」
「そうなんだ...じゃあ今後の目標は"あの方"に洗脳された人間を無傷で捉えて洗脳の解除を試す事かな...」
ルシェルが今後の目標について口にした。
「だな。ARIAが診察したら何か分かるかも知れないし、洗脳にも個人差があるかも知れない。」
「現状では判断材料が少ないので何とも言えませんが、脳に直接干渉する能力ではないかと考えています。記憶や意識を書き換えてしまえば、納得できるところが多いので。」
「なるほど...そうなると回復は難しいかも知れないなぁ。」
道端の石を蹴りながら、トーマがボヤく。
「ところでさ!明日はどうする?」
暗い雰囲気を掻き消すようにフェリスが声を張る。
(やっぱフェリスのこういうところは良いな...)
「フェリス、ありがとう。」
「ん?なんでありがとう?」
「いや、何でもない。次の目標も決まったし、明日は"あの方"の影響が大きそうなテセリを目指すってのはどうだ?」
「まぁ、トロングルにずっと居る必要もないし、良いんじゃない?」
「そうだね、僕も賛成。」
「あ、でも他の区画には全然行ってないな...」
「アタシはさっさと差別主義の街から出たいかなぁ...ヒューマンも獣人も同じ人間なのに、なんで分かり合えないんだろ...」
フェリスが少し暗い表情でそう言う。
普段はあまり表に出していないが、彼女はトロングルに思うところがあるようで、無理に長居はしたくなさそうだ。
「よし、明日の早朝にテセリへと向かおう。馬車だとどれくらいかかるかな?」
「トロングルからテセリは街道もしっかりしてるし、半日もあれば着くと思うよ。」
「テセリが京都駅付近にあると仮定した場合、およそ45kmの距離になります。馬車が平均で10km/h程は出るはずなので、休憩時間を除くと5時間ほどの行程になると予想されます。」
「京都駅か...そう考えると結構近いな。じゃあ大げさな旅支度も必要なさそうだ。」
「ミナにはちゃんと挨拶しておかないとね!」
「ええー!!フェリスちゃんもう行っちゃうの!?」
(俺も行くんですが...)
案の定、ミナはフェリスとの別れを惜しんでいる。
トーマは目に映らないらしい。
ルシェルは自分の宿に戻り、早朝に集合予定だ。
「寂しいなぁ...もっとたくさんお喋りしたかったし、お出かけもしたかったなぁ...」
ミナは瞳を潤ませて、フェリスを泣き落としで引き止めようとしている。
「まぁ二度と会えないわけじゃないし、また来るからね。」
一方フェリスは意外にもドライな対応をしている。
どうやらミナのトーマに対する態度に不満があるみたいだ。
「...分かった。また絶対来てね?待ってるからね。」
「長い旅になりそうだから約束はできないけど、この街に寄る時はまた泊まりに来るわ。」
「ミナ、色々とありがとう。またフェリスと来るよ。」
「むぅ...仕方ないからトーマさんも待ってるわ。また来てよね。」
(はは、少しは打ち解けたかな?)
「おはようルシェル。準備は良いか?」
「おはよう。勿論準備万端だよ。」
翌朝、トーマとフェリスは猫の爪跡亭の前でルシェルと合流し、テセリに向けて馬車を走らせる。
街に入ってきた時と同じ中央の門を潜るところで、門番から声がかかる。
「よう!もう出発か?」
「ええ、今からテセリに向かいます。宿の紹介ありがとうございました。」
「良いってことよ!よそ者のあんたらには過ごしやすい街じゃなかったかも知れないが、また来てくれよ!」
「はい。またお会いしましょう。」
その言葉を最後に、トーマ達はトロングルを離れる。
「おい、聞いたか?奴等はテセリに向かうそうだ。」
トーマ達を見送る門番が、振り向かず背後に話しかける。
「...ああ。早馬で伝令を出しておこう。」
話しかけられた人物は、フードを深く被り顔を隠している。
「情報網を作ってるのは虹色の蛇だけだと思うなよ。お前達の行動は筒抜けだ。」
門番はそう言うと、昏い笑みを浮かべて囁く。
その瞳には、かつてガトーやギルが見せた狂気と同じ色を宿していた。
「残念だったな、テセリにナギ様はいない。お前達を待ってるのは死だけだ。」




