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36話 人工魔核

 

 日が昇り、街に少しずつ騒がしさが満ちてくる。


 天気は晴れ。爽やかな空気。目の前には喧しい2人。


「アンタがどんな旅をしてきたか知らないけど、アタシの方がこのパーティでは先輩なんだからね!ちゃんと言う事聞きなさいよ!」


「僕の方が君よりもずっと歳上だ!年長者にはもっと敬意を払うべきなんじゃないか?」


「なによ!見た目15歳くらいのクセして!長く生きてたらそれだけで偉いって勘違いしないでよね!」


「少なくとも君よりは僕の方がずっと賢いね!」


(ああ、この2人は水と油だ...)


『どっちが油ですか?』


(どちらかといえばルシェルかな?ってARIAさん、そういう事じゃないのは分かってるでしょ?)


 トーマとの2人きりの旅を邪魔する存在としてルシェルを見ているフェリス。


 魔法に対する理解が浅いフェリスの事を小馬鹿にするルシェル。


「おいおい、いきなりケンカはやめてくれよな...」


 そしてどうにかして2人の関係性を改善しようと試みる乳化剤のトーマ。


『意外と良いバランスのパーティかも知れないですね。』


(バランスについてラーニングし直した方が良いぞ。)


 猫の爪跡亭前は朝から騒がしい。


「とにかく、今は魔術師ギルドだ。2人とも行くぞ。」


 そう言って歩き出すトーマと、口喧嘩しながらその後ろをついてくる2人。


「あ、そういえば魔術師ギルドってどこだ?」


「知らないのに前を歩いてたの?」


「仕方ないな、僕が先導しよう。」


 急に息ピッタリでトーマに呆れるフェリスとルシェル。


(うん、意外とバランス取れてるかもな。)


『バランスについてラーニングし直しては?』




 魔術師ギルドの前にやってきたトーマ達。


(ホグ⚪︎ーツみたいな見た目を予想してたけど、これは...)


 魔術師ギルドはトーマの予想を裏切り、レンガ造りの四角いシンプルな建物だった。


 横浜の赤レンガ倉庫を彷彿とさせるが、それよりも更に飾りっ気がない。


「トーマ、どうかしたかい?」


「いや、ギルドの建物がめちゃくちゃシンプルだったから驚いてるとこ。」


「ああ、トロングルは都市計画の縛りが強いからね、冒険者ギルドや商業ギルドも似たようなもんさ。」


「そういえばルシェルはどれくらいトロングルで生活してたんだ?」


「正確には覚えてないけど、2年くらいかな。」


「よく2年もこんな息苦しい街で過ごせたわね。」


「獣人の君にとってはそうかも知れないけど、エルフはそこまで差別的に扱われないからね。ある程度目を瞑れば僕みたいなよそ者でも過ごせたんだよ。」


「その割には最初店からつまみ出されてたよな。」


「まぁ、そういう事もあるさ。比較的マシってだけだからね。」


 脱線した話を元に戻すため、トーマはルシェルに問う。


「それで、支部長について知っておくべき事はあるか?」


「あの人は悪い人ではないと思うよ。ただちょっと変わり者ってだけで。」


「今まで会った魔術師が全員変わり者だったんだが...」


「む、それは僕も含まれてるのかい?」


「ルシェルはそこまでじゃないかもなぁ。」


「そうね。偉そうってだけで、中身はマトモなのかも。」


「褒めてるのかバカにしてるのか微妙な評価はやめてくれ。」


 再びフェリスとルシェルが睨み合う。


「フェリス、煽らない。変わり者っていうのは具体的にどんな感じなんだ?」


「う〜ん、表現が難しいけど、フワフワしてるって感じかな。まぁ直接会ったら分かるよ。」


「...不安しかないけど、とにかく行こうか。」


 トーマ達はギルドの門をくぐる。


 ギルドの中は、外観とは違い煩雑さが全面に出ている。


 ロビーの角に高く積まれた本、今にも落ちてきそうな古いシャンデリア、カウンターで一心不乱に何かを書いているギルド職員、ブツブツ言いながら右往左往している魔術師。


 まさに変わり者の巣窟といった様相を呈している。


「こんにちは。支部長はいるかい?少し確認したい事があるんだ。」


 ルシェルがそう尋ねると、何かを書いていた職員がピタッと手を止め、視線を書面から離さず答える。


「ああルシェル。支部長はいつも通り自室でのんびりしてるよ。今日は予定もない筈だからどうぞ。」


 それだけ言うと、また書面にペンを走らせ始めた。


「分かった、ありがとう。」


 そう言うと、ルシェルはトーマ達を連れてカウンター横の階段を上がり、支部長の自室へと向かう。



 部屋は3階の奥にあり、廊下はまともに掃除をされていないのか、散見されるホコリの塊や蜘蛛の巣が魔術師ギルドっぽさを演出している。


 ルシェルはドアをノックして問いかける。


「支部長、ルシェルです。入るよ。」


 そう言うと、返事も聞かずにドアを開けて中に入る。


 部屋の中は書類や謎の魔道具で埋め尽くされていて、唯一支部長のデスクと応接用のソファーだけが整頓されている。


 デスクには、長い金髪をダラリと流し、背もたれに寄りかかってボーッとしているヒューマンの女性がいる。


 一見すれば妙に美しく儚げで、けれどその瞳の奥に、掴みどころのない闇を感じる。


「わ〜、ルシェルじゃない。今日はどうしたの?遊びに来てくれたの?」


 彼女は首だけをルシェルの方に向け、優しくも何処か陰のある笑顔で歓迎する。


 ルシェルの言っていたフワフワした人という意味が一瞬でトーマ達にも分かった。


「いや、今日は聞きたいことがあって。人工魔核の事なんだけど。」


「ああ〜、人工魔核ね。また何か新しい反応でもあった?」


「はじめまして、俺はトーマと言います。人工魔核が何故生まれたのかと、それをどう利用するつもりなのかを聞きたいんです。」


「あら、はじめまして。私はここの支部長をやってるイザレーアよ。よろしくね。」


 イザレーアは椅子からゆっくりと立ち上がり、デスクの前のソファーへと移動する。


「さぁ、座って?」


 白く細い指でトーマ達を対面のソファーへと誘い、自身も座る。


「それで人工魔核ですが、まずは何故生まれたのかを教えてくれますか?」


「ええ、良いわよ〜。以前私が魔術師のハーマンという人に、天然の魔核をもっと効率の良いものに出来ないか相談したの。暫くしてハーマンは綺麗な薄紫の魔核を持ってきたんだけど、彼はなんだかソワソワしててね、もしかしたら危ない物かも知れないって思って、ルシェルに検証をお願いしたのよ?」


(話の辻褄は合ってるな。後は目的か...)


「なるほど。人工魔核の危険性は俺もルシェルから聞いたんですが、それについては?」


「そうねぇ〜。あれは外に出してはいけないものだと思うわ。もし人が人口魔核を飲み込んだりしたら大変な事になりそうだもの。」


「大変な事、ですか?」


「ええ、大変な事になるわよぉ。多分だけど、昔出現した魔王のようになるんじゃないかしら?」


「魔王ですか...実は既に俺達は人工魔核を飲み込んだ人間と対峙してるんですよ。」


 それを聞いたイザレーアは、髪の色に似た綺麗な金の瞳を大きくさせ、興奮した様子でトーマに尋ねる。


「そうだったのねぇ。相手はやっぱり魔物化したの?理性はあった?外見に変化は?」


(やけに楽しそうに聞いてくるな...)


「ええ、髪が抜け落ちて骨格は肥大して、理性は殆ど失っていました。まさに怪物という感じでしたよ。」


「そうなのねぇ。他には?何か変わった事はなかった?」


「身体能力が異常に上がっていました。パンチが掠っただけで髪が切れるくらいでしたよ。あと体表も硬化していて、刃が通らなかったですね。」


「凄いわねぇ、人工魔核にそれほどの力があるなんて。でもあなた達は倒したんでしょ?どうやったの?」


「高温で焼き殺しました。それくらいしか方法が思いつかなかったので。」


「魔物化しても熱には弱いのねぇ。うふふ、新たな発見だわ。」


(ああ、なんか分かったかも...)


 イザレーアの様子を見ていたトーマは彼女がどのような人物なのか見当をつけた。


(この人は無垢なんだな。善悪の区別じゃなくて興味の有無で判断するタイプだ。)


『それは非常に危険なんじゃないでしょうか?』


(かもなぁ。興味の方向が人道的なものなら誰よりも献身的になるだろうし、その反対だとどこまでも冷酷で残虐になれそうだな。)


「何がそんなに面白いの?アタシとトーマはそいつに殺されかけたのよ?」


 フェリスが鋭い視線でイザレーアを睨む。


 しかし彼女は悪びれる様子もなく、微笑みながら続ける。


「あらぁ、新たな発見は文明進歩の第一歩じゃなくて?この情報のおかげで、少しだけ魔法は先に進んだんじゃないかしら。」


「じゃあアンタがアタシの代わりにあの化物の蹴りを受ければ良いわ。確実に死ぬわね。」


 その言葉にイザレーアはハッとなり、フェリスに謝罪する。


「貴方の感情に配慮していなかったわね。不快な思いをさせてしまって本当にごめんなさい。」


「フェリス、許してあげなよ。支部長は誰に対してもこんな感じで、本人に悪気はないんだ。」


 ルシェルがイザレーアを擁護する。


 暫しの沈黙の末に、フェリスが折れた。


「・・・まぁいいわ。話の腰を折って悪かったわね、続けて。」


(あんなに人との関わりを避けてたフェリスが謝ってる!お兄さん嬉しいよ。)


 トーマはフェリスの対応に感動している。


「ごめんなさいね...昔から人の気持ちに疎くて。」


 イザレーアが眉尻を下げて申し訳なさそうにしているが、トーマにはそれが酷く不自然に感じる。


「それで、人工魔核の目的だったわね。さっき話した通り魔道具の為にと思ってたんだけど、ルシェルの報告を聞いてあまりにもリスクが大きいと判断したの。だから今は何かに使う予定は無いわねぇ。」


「因みに人工魔核はまだ残っていますか?」


「そうねぇ〜。私が知る限りは、ここに1つ、ルシェルに渡したのが3つ、だったかしら?」


「僕が借りた3つのうち1つは動物実験で消費して、残り2つは返送中に盗まれたみたいだね。それを使ってトーマ達を襲撃したんだよ。」


「その2つの内1つは敵が飲み込んじゃったけど、もう1つはアタシが取り返してここに持ってるわ。」


 そう言うと、フェリスはギャボから奪った人工魔核を見せる。


「つまり現存するのはこの場にある2つだけで、行方不明は無いという事か...フェリス、それは俺達が持っていても仕方ないから、イザレーアさんに預けておいてくれ。」


(もし今後人工魔核関連で問題が起きたら、犯人は分かりやすくしておかないとな。)


『なるほど、信用できない相手に預けるという選択肢もあるのですね。』


 フェリスは人工魔核をイザレーアに渡すと、彼女は少し嬉しそうに受け取る。


「これで人工魔核については大丈夫ね〜。管理はきちんとやっておくから安心して?」


「はい、くれぐれも宜しくお願いします。」


「支部長、知的好奇心に負けて変な使い方をしないようにね。」


「もうルシェルったら〜。いくら私でもこれの危険性は分かってるから、ちゃんと厳重に保管するわよ。でも...」


「でも?」


 トーマの問いに、イザレーアは無機質な笑顔で答える。



「でも、そのうち他からも出回るでしょうね。製法は多分漏れてるもの。」



(おいおい、とんでもない爆弾落としてきたな。)


「それはどういう意味ですか?」


「ルシェルが返送した物の中には、製法に関わる事を書いた物もあったでしょ?人工魔核は悪い人達からすれば垂涎の逸品だから、それを書き写して広めるくらいはするでしょう?」


 その言葉にトーマ達は戦慄する。


「でも!僕は製法を知らない!あくまでも予想されるものを書いただけだ!」


 焦ったルシェルが反論する。


「ハーマンも調合する為にオリジナルの魔法を使うと言ってましたよ?」


 トーマもそれに合わせてハーマンの魔法について補足する。


「魔物の血を使うと書いてあったでしょ?それが分かれば後は組み合わせるだけだから難しくないわ。それにハーマンの魔法は錬金術師なら誰でも使うものだから、オリジナルではないのよ。彼の事はよく知ってるけど、まだまだ知見が狭いわねぇ〜。」


 まるで今日の天気の事を話すような気軽さで、イザレーアはそう言った。


(これは...人工魔核とは長い付き合いになるかもなぁ。)


 トーマは諦観にも似た感情で、そう独りごちる。


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