34話 魔法と科学
「うん、硬い。」
「ほぉお?ふふうひゃない?」
「せめて飲み込んでから話したら?」
運ばれてきたステーキを口にして、日本の肉との違いに驚くトーマ。
顎が強いのか、美味しそうに咀嚼するフェリス。
食べながら喋るフェリスに苦言を呈すルシェル。
"あの方"の存在や人工魔核など気になる事は多いが、今は目の前のステーキに3人とも集中している。
「この世界のスタンダードに早く慣れないとな。あぁ和牛が恋しい...」
「はぁ〜、美味しかったぁ。」
ワインを口にしながら、フェリスが幸せそうな顔でそう言う。
「脂身が少なくて健康的な肉だし、慣れれば案外良いかもな。硬さ以外は。」
「トーマは顎が弱いんだね。あとワギュウって何?」
ルシェルがトーマに質問する。
(しまった...ARIA、ルシェルには俺から異世界人って言っても大丈夫かな?)
『あくまでも推測ですが、問題ないかと。ルシェルには行動心理学的なマイナス要素がありませんでした。』
(分かった、ありがとう。)
「ああ、そういやまだ言ってなかったな。俺は異世界からの転移者なんだよ。和牛ってのは俺のいた世界の高級な肉の事だよ。」
その言葉にルシェルは興味を惹かれたようだ。
「転移者か、初めて会うな。向こうの世界にも魔法はあるの?」
「いや、無いよ。科学という別の法則で成り立っていた。」
「へぇ、そうなんだ。魔法が無いなんて退屈そうだね。」
「そうなのかもな。俺も最近魔法が使えるようになったけど、確かに面白いよな。」
それを聞いて、ルシェルの目の色が変わる。
「でも僕は今の魔法理論には納得していないんだ!集中、詠唱、発動の流れは絶対だとみんな言ってるけど、本当にそうなのか疑問だね!現に僕は詠唱の一部省略に成功している!」
(Oh…魔術師ってのはみんなこうなのか?)
ハーマンのマシンガントークを思い出し、トーマは魔術師に対する偏見を強めた。
「え、でもトーマ詠唱無しで魔法使ってたじゃん。」
「なんだって!?」
フェリスの発言に、ルシェルが過剰な反応を見せる。
「うん。アタシが敵にやられそうになった時に、詠唱無しでなんか凄い魔法使ってたよ。」
「フェリス、それは秘密なんだってば...」
「あっ、ごめん...」
「それが本当なら、お願いがあるんだ。」
ルシェルが真剣な目でトーマを見つめる。
「無詠唱魔法を教えて欲しい。対価はなんだって支払う。金が良ければ稼いでくるし、物品が良いなら必ず手に入れてくる。だからどうかお願いします。」
そう言うと、ガタッと椅子から立ち上がってトーマの方を向き、片膝立ちで両手を胸の前で交差させた。
「おいおい、こんなところでやめてくれ。めちゃくちゃ目立ってるって。」
周囲の客がトーマ達に注目し、ざわついている。
しかしルシェルは敬礼を解こうとしない。
(参ったな...これは何かしら教えるまで諦めないパターンだなきっと。)
「とりあえず食事も終わったし、一旦場所を変えよう。」
ルシェルは周囲の様子にやっと気づき、少し気まずそうに立ち上がる。
「分かったよ。ここの支払いは僕が持つ。」
トーマ達は猫の爪跡亭の自室に戻り、改めてルシェルの話を聞く。
「さてと、改めて詳しく聞こうか。ルシェルは今の魔法体系に疑問を持ってるって事でいいんだよな?」
「そうなんだよ。魔術師はみんな"魔法は無から有を生み出すわけじゃない"と言ってるけど、その認識があるなら、魔法を使わずに点ける火だって同じ事じゃないかと思うんだ。」
「...ルシェルってめちゃくちゃ頭良いな。」
「えっ...?」
ルシェルの言葉に、トーマは魔法が科学的な現象の延長線上にある事を思い出す。
「俺は魔法がどんなものなのかを、この世界の住人よりも知ってるつもりだ。ルシェルの言った通り、魔法は何も無いところから生み出されるものじゃない。魔法という起動装置を利用して自然現象を再現してるんだ。」
その言葉にルシェルは興奮を隠せない様子で同意する。
「やっぱりそうだよね!燃える物がないと使えない火魔法なんて特に分かりやすいんだ!」
難しい話について行けずウトウトしていたフェリスが、ルシェルの上げた声にピクンと動く。
「少し小難しい話になるけど、火が燃えるのに必要なものって何か分かるか?」
「恐らく燃料となる木や布、火打石のような着火する物、後は空気じゃないかな?火に蓋をしたら消えるのがその証拠だと思う。」
ルシェルの着眼点と思考力にトーマは内心で驚愕する。
『トーマ、ルシェルの知識と着眼点は地球人とあまり変わらないかも知れません。』
(そうだな、これなら無詠唱で魔法を使えるかも。)
「その通りだ。それを俺の世界では"火の3要素"と言ってるんだが、もっと具体的に言うと、木や空気の中にある酸素という物質が無いと火は点かないし、燃え続けないんだ。」
「さんそ?空気の中だけじゃなく木の中にもあるって事?」
「木の中にあるのはセルロースという物質なんだが、それが空気中の酸素と結びつく事で燃える。だからこの世界でも燃料のないところ、例えば空中に火を灯したりは出来ない筈だ。いや、厳密にはあるんだが、一種で消えてしまうからルシェルの言うような火にはならないんだよ。」
「つまり、この世界では空気は空気でしかないけど、実はその中に色々な物質が混ざってるっていう事だね?」
「そういう事だな。空気に限らず、この世界の全ては目に見えない"元素"という色んな種類の小さな粒で出来てるんだ。人間だって例外じゃない。その元素の集合体が水だったり人だったりするってわけだ」
「僕もそんな小さな粒で出来てるというコトかい?」
「ああ。つまりその元素を魔法の根源、俺は"魔素"と呼んでるんだが、魔素で操るのがこの世界の魔法って事だ。だからその理屈さえ分かっていれば詠唱なんて必要無いんだよ。」
その言葉にルシェルは喜びに打ち震える。
「やっぱり!やっぱり詠唱は必須じゃなかったんだ!僕は間違ってなかった!僕は異端なんかじゃないんだ!!」
ルシェルの目から、一筋の涙が零れる。
あまりのリアクションに目を見張ったトーマは、ルシェルの事をもっと知りたくなった。
「なんか事情がありそうだな。良かったら話してくれるか?」
「...うん、そうだね。まずはそこから話すべきだったよ...僕は異端者として里を追われたんだ。」




