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32話 その名はルシェル

 

 門を潜り、トロングルの街へと入るトーマ達。


 道は先が見えない程真っ直ぐに通っていて、都市計画の精巧さが伺える。


 並んで建っている建物も画一的で、白い壁と茶色い屋根の2階建の家々が軒を連ね、良く言えば統一感のある、悪く言えば面白みのない街並みだ。


「ファネとは全然違うんだな。なんでこんなにも同じような建物が並んでるんだ?」


 トーマの疑問にハーマンが答える。


「トロングルは代々の領主の意向で、見た目よりも機能性を重視した街づくりを行っている。区画によって家の見た目や大きさはほぼ決まってるし、領主を貸主として賃貸契約で住んでいる者が大半だ。貴族街は別だがな。」


(街全体が大きな団地みたいなものか?)


「収入の低い人でも住めるような配慮って事か?もしくは領主が永続的な収入を得るための手法?」


「どちらの側面もある。実際この制度に助かっている者も多い。多少の差はあるが、大体銀貨1枚程度だからな。」


(日本円で2万円程度か。確かに親切だな。)


『仮にこの街の戸数が5万の場合、単純計算で毎月10億円相当の家賃収入になりますね。』


(大きな街だからこそ取れる方法だな。その金を何に使ってるのやら...)


 そんな感想を抱きながらゆっくりと馬車を進めていると、門番に聞いた宿屋に到着する。


「自分は馬車を厩舎に運ぼう。2人は宿の手続きをしてくれ。」


 そう言うと、ハーマンは建物横にある厩舎へと向かった。



「いらっしゃいませー。」


 入口を開けると、20歳くらいのヒューマンの女性が、受付カウンターに頬杖をついて気だるそうにそう言う。


「中央の門番の紹介で来たんだけど、1人部屋2つ空いてる?」


「...かわいい...」


 フェリスを横目で見た彼女は目を丸くしてそう呟くと、急にやる気を出す。


「1人部屋を2つね!空いてるわよ!1泊大銅貨2枚ね!角部屋が空いてるからあなたはそこを使って!」


 先程とは別人の眩しい笑顔を振りまき、声のトーンもだいぶ上がっている。


 そして視線をトーマに向けると、途端に目の輝きが消える。


「...そっちのお兄さんはその隣ね。」


(これは人種差別...とは違うみたいだな。)


 そう言うと、女性は部屋の準備をする為に席を外した。


「ねぇトーマ、なんでこんなに態度が違うんだろ?」


「多分可愛い猫獣人が好きなんだろうな。」


「か、可愛い...トーマもアタシのこと可愛いって...思う?」


 フェリスは耳をピクリと動かし、顔を少し赤らめながら上目遣いで訊ねる。


(可愛いに決まってんだろドチクショウ!)


 しかし女性を褒め慣れていないトーマは、無難な答えを返す。


「あ、ああそうだな。一般的には可愛いんじゃないか?」


「...そっかー。」


 フェリスは若干の不機嫌を含めてそう言う。


「フェリス、トーマはあなたに対して"可愛いに決まってんだろドチクショウ"と言っています。」


「え!ほんと!?」


「裏切り者!!」


 内心を暴露されて青い顔をするトーマと、それを聞いて赤い顔をするフェリス。



「部屋の準備出来たよー!あ、あたしミナって言うの。あなたは?」


 受付の女性が戻って開口一番にそう言う。


「アタシはフェリス。よろしくねミナ。」


「名前まで可愛い!!フェリスちゃん、よろしくね!」


「俺はトーマだ。」


「はいトーマさんね。よろしくー。」


 相変わらずトーマに対して塩対応のミナは、宿の説明をする、


「部屋の鍵を渡しとくけど、無くしたら銀貨2枚貰うから注意してね。朝食と夕食は事前に言ってくれたら銅貨7枚で簡単なものを作るわ。何泊の予定?料金は先払いで、返金は出来ないから気をつけてね。」


「そうだな、とりあえず4泊くらいで。食事はとりあえず必要ない。」


「じゃあ銀貨1枚と大銅貨6枚ね!」


 そう言うと、ミナはトーマに向けて手を差し出す。


 フェリスからお金を受け取る気は無いらしい。


(ここまで清々しいと逆に好感持てるわ。)


 トーマはミナの素直すぎる性格が嫌いではないようだ。


「手続きは終わったか?」


 そこへ、厩舎から戻ってきたハーマンが声をかける。


「今終わったとこだ。ハーマンはもう家に戻るのか?」


「ああ、そのつもりだ。」


「そうか。最低でも4日はこの宿に泊まってるから、何かあればまた。」


「分かった。2人共世話になったな。一応家の場所は教えておく。自分にできる事なら必ず力になるから、いつでも訪ねてくれ。」


 住所を伝えると、ハーマンは宿を出て家族の待つ家に帰っていった。



「さてと、そしたら街の散策でもするか?」


「さんせー!晩御飯も何処かで食べようよ!」


「そうだな、そうしよう。」


 2人は早速夕暮れに染まった街へと出かけた。




「ウチはヒューマンはお断りなんでね、他を当たってくれ。」


「獣人はご遠慮願おう。」


「・・・マジか。思ってたより差別意識が強い街だな。」


 何軒か飲食店を当たったが、ヒューマンと猫獣人の2人を歓迎する店は無かった。


「なによこの街!ヒューマンはダメだの獣人はお断りだの、ふざけんじゃないわよ!」


 フェリスはご立腹のようだ。


「なんでこんなに差別意識が強いんだろうな?」


 トーマが疑問に思っていると、目の前の飲食店から店員につまみ出される人物がいた。


「ウチは獣人専門だって言ってるだろ!エルフは他へ行け!それにここはガキの来る店じゃない!」


「なんだと!?僕は60歳だぞ!ガキじゃない!」


 そう反論しているのは、身長160cm程で、パッと見15.6歳くらいの、ローブ姿の少年だった。


 緑色の髪と長い耳が特徴的な、典型的なエルフという風貌だ。


 彼の言葉を無視して店主は入口のドアを閉める。


「くそっ!差別主義者どもめ!」


 そう言って少年は立ち上がり、服の汚れを払う。


(エルフもダメなのか...)


「フェリス、彼に話を聞いてみてもいいか?」


「なんか生意気そうだけど、まぁいいわ。」


 トーマは少年に近づき、話しかける。


「なんか大変そうだな。大丈夫か?」


 少年はトーマ達を見て、少し迷いながらも答える。


「ああ、大丈夫だ。この街ではよくある事だしね。」


「この街の事情に詳しいのか?俺達は今日着いたばかりで何も知らないんだ。」


「それは気の毒に。トロングルは昔起こったヒューマンと獣人の争いがキッカケで、それ以来ずっとこんな感じさ。いつまで過去の事を引きずってるのか...」


「人種間の争いか...いつ頃の話なんだ?トロングルに滞在する以上は詳しく知っときたいんだ。」


 少年は若干めんどくさそうな顔をしながらも、律儀に話し始める。


「確か20年ほど前だったかな。獣人の少年が誤ってヒューマンの少女に怪我を負わせてしまったんだ。本来なら子供の喧嘩程度に取り合う奴はいないんだけど、相手が貴族の家だったんだ。」


「なんか読めてきたぞ。」


「恐らく想像通りだろうね。親の貴族が激昂して、理由も聞かずにその少年を処刑した。実際は貴族の少女の方が少年に口喧嘩の勢いで差別的な発言をしたのが発端らしいんだけど、それが分かったのは少年が処刑された後だった。それで獣人達は集団でその貴族家に押し入って一家全員を皆殺しにしたんだ。」


「なるほど...それでヒューマンの貴族と獣人の紛争が起こったと。」


 トーマの察しの良さに感心しつつも、少年は話を続ける。


「その通り。最終的には当時の領主が痛み分けという事で無理やり収めたんだけど、それ以来トロングルでは人種間に深い溝が出来たんだ。領主が動いたのは1000人を超える死者が出た後らしいけどね。」


「悲惨な話だな。」


「あ、なんか聞いた事ある。獣人に貴族嫌いが多いのはトロングルのせいだって。」


(そう考えるとファネのパージルト男爵は奇跡の存在だな。)


 トーマ達はエルフの少年からトロングルの過去を聞き、現在の状況に納得した。


「それでも街を割らずに収めてる領主は、相当優秀なんだろうなぁ。」


「そうだね。本来ならもっと大きな争いになってもおかしくないからね...っと、喋りすぎた。僕はもう行くよ。」


「ありがとう。え〜っと...」


「ああ、僕はルシェル。ルシェルディア・ナヴィロス・ミールフェインだ。」


「トーマだ。」


「アタシはフェリス。」


「トーマとフェリスか。この街にいるならまた出会う事もあるだろうね。では。」


 そう言うと、ルシェルはトーマ達に別れを告げ歩いて行った。


「ああルシェル!未成年は入れない店があるみたいだから気をつけてな!」


「だから僕は60歳だ!」


 そう叫ぶルシェルの歩幅が大きくなり、街の奥へと消えていった。


「なんで最後に揶揄うのよ、可哀想じゃん。」


「ははは、マセガキ属性への正しい対処法だと昔おばあちゃんが言ってたんだ。」


「...絶対嘘でしょ。どんなおばあちゃんよ。」


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