31話 不穏の兆し
トーマ達は戦闘の後処理をする為、宿の主人や駐屯している兵士に事情を説明し、その後の対応を丸投げした。
今は宿屋のロビーを借りて、唯一生き残ったハーマンに事情を聞いている。
「自分は、魔物と魔核について研究していた。何故魔物は無詠唱で魔法を行使出来るのか。恐らく魔核が鍵になっているのだろうが、そもそも魔核がどういう物なのかも分かっていない。」
ハーマンが、己の所業について独白を始める。
「だから魔核についての理解を深める為、人工的に作れないかと考えて試行錯誤していたんだ。そして出来たのが、この人工魔核だ。」
フェリスから受け取った魔核を眺めながら、話を続ける。
「そんな時だ、ハンスとギャボから今回の同行について声がかかったのは。奴らはいざという時に魔法で守ってくれ、としか言わなかった。まさか犯罪の片棒を担ぐことになるとは思わなかったが。」
「その人工魔核って、どうやって作るんだ?」
「血だ。魔物の血を集めて、天然の魔核と融合させるんだ。そうすると天然の魔核とは比べ物にならない程の魔力を内包する事が出来る。天然の魔核は青く透き通っているが、人工魔核はこの通り薄紫だ。恐らく血の色を吸収しているんだと思う。」
「聞いてる限り結構簡単に合成出来そうだが、どうなんだ?」
「いや、簡単ではない。血に浸せば良いと言うものではないからな。数種類の魔物の血を決まった割合で配合し、私が開発した独自の魔法を使って合成するんだ。」
「つまり、アンタ以外には作れないって事よね?」
「ああ、この製法については誰にも伝えていない。だが別の製法が無いとは限らない。」
ここまでの説明を聞いて、トーマは一旦整理する。
「まとめると、ギャボとマイスは半年前から様子が変で、何者かの意思が介在している可能性が高い。そしてソイツは俺を危険と判断した。だから2人を使って人工魔核を盗み、俺の暗殺を試みた、と。」
「恐らくそういう事だと思う。」
「人工魔核を飲み込んでマイスは魔物化したけど、天然の魔核でも同じ事が起きるのか?」
「いや、それは無い。天然の魔核は安定した物質だ。飲み込んでも腹を下す程度だろう。人工魔核はある意味毒のような物だ。」
「それを分かっていながら、研究を続けたのか?」
トーマの声に非難の色が混じる。
「ああ、そうだ。本来はあらゆる魔道具の出力を上げられると思って取り組んでいた研究だからな。人々の生活を豊かに出来ると思っていたんだ。どんな技術も、結局は使う者次第だと自分は思っている。」
「全ての責任を使用者に擦りつけるつもりか?技術者として最も恥ずべき考え方だな。」
同じ技術者として、トーマはその考え方に強い嫌悪を覚えた。そしてハーマンは、痛いところを突かれたような顔をする。
「ところで、ハーマンに研究を依頼したある筋ってのは誰の事なんだ?」
「隠しても仕方ないから言うが、魔術師ギルドだ。ギルド全体なのか個人なのかは不明だが、少なくとも依頼自体はギルドから正式に来ている。」
新たな不穏の種を見つけ、トーマは思わずため息を漏らす。
「はぁ〜、次から次へと勘弁してくれよな...まだこの世界に来て2週間くらいしか経ってないのに。」
『トーマはトラブルを呼び寄せる才能がありそうです。』
(ARIAさん、わざわざ脳内会話でそんな事を言わなくてよろしい。)
『しかし、魔術師ギルドですか。組織全体でこんな危険な事をするとは思えないので、この件の黒幕はギルド内の誰か、と推測します。』
(それが"あの方"なのかな?だとしたら話が早くて助かるけど。)
必要な事は全て聞いたと判断し、トーマ達は明日の移動に備えて休む事にした。
「まぁ、ある意味運が良かったのか?」
「そうね...そう思いましょう。」
「...お前達、こういうトラブルに慣れてるんだな...」
現在、トーマとフェリスはマイスの使っていた幌馬車に揺られ、トロングルを目指している。
御者席にはハーマンが座っている。
馬車はマイスの私物だったようで、彼が死んだ今、持ち主不在となっていた。
そこで宿場町に駐屯している兵士にダメ元で尋ねてみたところ、持ち主不在の拾得物として、トーマ達の所有を認めたのだ。
この世界には自転車の防犯登録のようなシステムは無いので、家紋や証書など確たる証拠がない限り、馬車はその時の使用者の物という認識らしい。
「まぁ旅に予想外は付きものだし!これでだいぶ楽に移動できるわね!」
「そうだな、有り難く使わせてもらおう。」
「トロングルまでは自分が御者を務めよう。目的地はどこなんだ?」
「とりあえずはテセリだな。そこから先はまだ決めてないけど、この国の外にも行く必要がありそうなんだ。」
「壮大な旅だな...家庭のある身としては羨ましいと思う。」
「え!?アンタ結婚してたの?」
「ああ、妻と子供が1人いる。」
意外にもハーマンは既婚者だった。
「2人には感謝しているんだ。自分の潔白を証明出来なければ、家族を残して奴隷落ちになっていただろうからな。」
「家族を思うんなら、危険な実験は程々にしといた方が良いんじゃないか?」
「まぁそうなんだが、報酬に釣られてな...妻が2人目を身籠って、何かと物入りなんだ。」
「そうか...奥さん大事にしてあげてくれ。」
「ああ...」
日が傾いてきた頃、3人はトロングルに到着した。
「凄いな...外壁だけでファネの数倍の規模なのが分かる。」
先の見えない程長い防壁が眼前に迫る。
入口の門は幅8mほど、高さは5mはありそうだ。
日が落ちると門を閉ざすそうで、今は街に入る列の最後尾に並んでいる。
「トロングルに来るのも久しぶりね。ここの冒険者ギルドはガリアークでも一二を争うほどの規模なのよ。」
「そうなのか。俺のいた世界でもこの場所は国の三代都市に入っていたな。」
「へぇ〜そうなんだ。トーマのいた世界って地形はフォーシアと同じって事?」
「まだ確信は持ってないけど、今のところ同じだな。」
そんな話をしながら待っていると、門番がトーマ達に近づく。
「行商人か?」
「いや、自分はこの街の者だ。後ろの2人はファネからの旅人だ。」
そう言うと、ハーマンは街の住人の証であるカードのような物を門番に見せる。
「確かに。後ろの2人は人頭税が必要になる。1人大銅貨2枚だ。」
(大体4,000円くらいか?テーマパークの入場料よりは安いな。)
そう思いながら大銅貨4枚を支払う。
「街の中では、自己防衛以外で武器を抜いたり魔法を行使する事は禁止だ。もし見つかれば拘束する事になるから注意しろ。あと貴族街へは許可証が無いと入れないからそのつもりで。」
「分かった、ありがとう。」
トーマがそう言うと、猫獣人の兵士は目を丸くして固まった。
「ん?どうした?」
「いや、我々にありがとうなどと言う奴は中々いないからな。少し驚いただけだ。」
「そうなのか...ファネの西にある駐在所の奴らにも世話になったし、街を守ってくれてる人達に感謝するのは当然だと思ってたんだが...」
「もしかしてクロイ達か?」
「お、知り合いなのか?クロイとマニスとレグルは、付き合いは短いけど友人だと思ってる。」
「はははは!そうかそうか!クロイは俺の元同僚でな、あいつが認めたならお前達はきっと良い奴なんだろう!」
クロイと友人だと知った門番は、急に上機嫌になった。
「人頭税はまけてやれないが、良いことを教えてやろう。トロングルはファネよりも人種差別があるんだが、ここから10分ほどまっすぐ行ったとこにある"猫の爪跡亭"って宿なら、そっちのお嬢さんも快適に過ごせる筈だ。」
(人種差別か。なんかトラブルの匂いがプンプンするな。)
「分かった、猫の爪跡亭だな。行ってみるよ。」
「ああ。中央の門番から聞いたと言えば、部屋は用意してくれる筈だ。あとルールとしてある訳じゃないが、ヒューマンの区画と獣人の区画があるんだ。お嬢さんはヒューマンの区画で嫌な思いをする可能性もあるから気をつけてくれ。」
「分かったわ。色々ありがとう。」
そう言って門を後にし、街の中へと進んでいく。




