29話 無詠唱と脅威
「おかしい、絶対におかしい...何故詠唱無しで魔法が発現したんだ...そもそも詠唱によって世界と繋がると言うのが定説ではなかったのか...声に発さずに頭の中で唱えたとしても出来なかった筈だ...ただの偶然か?いや偶然など愚かな推論だ。それとも魔核が?いやいや魔物化したならもっと...」
トーマの無詠唱魔法を目の当たりにして、ハーマンはブツブツと呟いて自分の世界に入り込んでいる。
そんな彼の声をBGMにして、フェリスはトーマに尋ねる。
「ねぇどうやったの?魔法は詠唱しないと使えないってアタシでも知ってるよ。小声で詠唱してた?」
「お、いいなそれ。今度から言い訳に使うよ。」
「真面目に聞いてるの!」
「すんません...まぁ簡単に言うと、この世界は魔法を一種の概念として捉えてるけど、俺はさっき物理的な現象として捉えたんだ。」
「...分かんない。」
フェリスには難しい話だったらしく、考えるのを放棄してポカンとしている。
「そうだな...例えば水は何から出来てるか知ってるか?」
「え、水は水でしょ?」
「そう、それがこの世界の概念ってやつだ。でも俺は水が何でできてるか知ってる。水は目に見えない小さな粒の集合体なんだ。というかこの世界はその小さな粒で構成されてる。これが俺とこの世界との認識の違いだな。」
「つまりトーマしか知らない事実があるから、無詠唱で魔法を使えたって事ね。なんかズルい。」
『トーマ、この話は広めない方がいいと判断します。あなただけのアドバンテージになりますし、異端として目をつけられる可能性もあるかと。』
(確かにそうだな。ハーマン達をどうやって説得するか...)
当のハーマンは、やっと思考の渦から抜け出したようで、難しい顔をして黙り込んでいる。
「なあハーマン、この事は...」
「言えるわけがなかろう。個人的には非常に、非常に気になるところだが、これを公表すれば良くて笑い者、悪ければ処刑だ。自分はまだ死にたくはないからな。」
ハーマンの言葉に異世界における無詠唱の異質さを知り、ゾッとするトーマ。
(それほどか...今後は隠れて使うか、相手に永久に沈黙してもらうかどっちかだな。我ながら物騒な考えだ...)
『身の安全を考慮するとそれが最適かと。』
「おいおい賑やかだな。俺は魔法はからっきしなんだが、無詠唱ってのはそんなに凄いのか?」
御者席からギャボが問う。
「なんかそうみたい。」
「凄いなんてものではない。この世界の常識を覆したと言っても過言ではないんだ。お前達も口外しない方が身のためだぞ。」
当の本人であるトーマと、無詠唱を目の当たりにしたハーマンの温度差が凄い。
「愚か者はドラゴンの前に立つってやつだな。口外はしないでおこう。」
マイスがこの世界独自の慣用句で、トーマに言う。
「そうしてもらえると助かるよ。俺もまだ死にたくないしな。と言うわけで今のナシ!」
「だからナシには出来ないって!見ちゃったもん!もっと考えて行動してよね!」
フェリスの尤もなツッコミが入る。
「はい、軽率でした...」
数時間後、一行はファネとトロングルの中間地点にある宿場町に着く。
町と言っても、宿が3軒、鍛冶屋と飲食店と厩舎が1軒ずつ点在した小さな集落だ。
(なんかこういうの良いな。江戸時代の旅籠屋もこんな感じだったのかも。)
「宿はそれぞれで取ってくれ。俺とギャボは顔馴染みのところがあるからな。」
「ああ、分かった。また明日。」
トーマがそう答えると、マイスとギャボは馬車を厩舎に預け、町の端にある宿屋へと向かった。
「ハーマンは一緒じゃないのか?」
「自分はあの2人に誘われる形で同行しただけだからな。別行動の方が気が楽だ。」
そう言ってハーマンは目の前にある宿屋へと向かう。
しかし途中で足を止め、トーマ達を振り返る。
「そうだ、興味深い魔法を見られたお礼ってわけじゃないが、ひとつ忠告を。」
「忠告?」
「あの2人はここ半年ほど様子が変だ。何やら裏で画策しているように思える。今回の同行理由についても、自分は何も知らされてない。」
(なるほど、危険人物はあの2人か。)
「...分かった。気に留めておくよ。」
ハーマンの背中を見送りながら、フェリスがトーマに耳打ちする。
「ねぇトーマ。もし襲撃があるとしたら今夜の可能性が高いわよ。」
「まぁそうだよなぁ。俺が襲撃者でも目立ちにくい夜に行動するだろうしな。」
トーマ達が、ARIAから声がかかる。
『トーマ、1つお願いがあります。』
(急に畏まってどうした?)
『この世界の魔法の原理を把握したので、それを最適化するために4時間ほどください。全てのリソースを割くので、その間会話やサポートは出来ません。ですが最適化が完了すれば魔法を行使出来るようになるので、急ぎたいと考えています。』
(リスクとメリットを天秤にかけてその結論に至ったなら文句はないよ。フェリスと一緒に居ることにする。)
ARIAは魔法という新たな力を得るため、解析と最適化の作業に入った。
「どうだ?」
「やはり異世界人で間違いなさそうだ。」
「しかし無詠唱か...異端どころの話じゃねぇな。」
「結論を。」
「奴はあの方の脅威となり得る。排除だ。」
「分かった。では手筈通りに。」
トーマ達に暗い影が忍び寄る。




