25話 感情
「さて、一応話を聞こうか。何を言ってもお前の罪が消える事は無いがな。」
詰め所の取調室にて、ギルと兵士が机を挟んで椅子に座っている。
「ふん!お前らに話す事なんぞない!」
ギルは相手が獣人である事に我慢ならないらしく、口を割ろうとしない。
「じゃあ俺の質問なら答えるか?どっちにしてもあんたは有罪だ。理由のひとつくらいは教えてくれよ。」
同席しているトーマが、ギルに問う。
「どうやら過去に獣人絡みで何かあったみたいだな。家族を獣人の野盗に殺されたとか、そんなとこか?」
「ああそうだ!私が家族で行商人をしていた時に獣人の野盗に襲われて、妻と子供を殺されたんだ!決して許すものか!」
「なるほど、獣人を憎む理由については納得出来る部分もあるな。でもあんたは間違ってる。」
「何だと!?私は間違っていない!」
「いいや、間違ってるね。家族は獣人に殺されたんだろうけど、本当に憎いのは1人生き残った自分自身じゃないのか?」
「な、何を...」
「あんたはやり場のない怒りや後悔を、全部獣人のせいにして逃げてるだけだ。」
「お前なんぞに何がわかる!家族はもう戻って来ないんだぞ!」
そう言ってギルは立ち上がってトーマに詰め寄るが、すぐに兵士に抑えられ椅子に戻される。
「だからって他人の大切なものを奪うのは間違ってるだろ。ギルさん、あんたは感情に支配されてんだよ。もっと理性を働かせろよ。」
「ハッ!何とでも言え!私は死んでも獣人を許さんぞ!」
(これはもう無理だな...ちょっと考えれば悪い奴に獣人もヒューマンも関係ないって分かるのに。)
トーマはギルの説得と改心を諦め、主導権を兵士に返す。
「子供の誘拐示唆及び、領主様への反逆罪により、お前は犯罪奴隷となる。何か言う事はあるか?」
「今に見ていろ!お前達にもあの方の正しさが分かるだろう!」
(おっと、ここで更なる黒幕の登場か?)
しかし兵士はただの戯言だと判断したのか、ギルの言葉を流す。
「分かった。何もないようなら数日後にお前の奴隷落ちの手続きを行う。それまではここの地下牢で楽しく過ごせ。」
最後に気になる言葉を残して、ギルは地下牢へと連行された。
(まさかこんな大事になるとはな...子供達は大丈夫だろうか?それに"あの方"ってのも気になるな。)
詰め所を後にしたトーマは、商業区へと戻る。
そろそろお手伝い班の仕事が終わる時間だ。
「おーいフェリス!調子はどうだ?」
「あ!トーマ!こっちは順調よ!もうすぐ終わるとこ!」
「そうか、良かった...」
トーマの表情が暗い事を察したフェリスは、心配そうに彼に近寄る。
「ねえトーマ、何かあった?」
(フェリスはブチギレるだろうな...)
「ああ、説明してる時間がなくてな。実は...」
トーマは今日の出来事をフェリスに伝える。
予想通り、話が進むにつれてフェリスの雰囲気がピリつく。
「...というわけなんだ。」
説明を終えたトーマの前にいるのは、もはや修羅と化したフェリスだった。
纏う雰囲気は氷点下の如く冷ややかだか、触れたら爆発しそうな程の怒りを内包している。
「・・・ちょっとそいつ殺してくる。」
「待て待て!もう兵士に引き渡したって言ったろ!あとは法で裁いてもらうから!」
「アタシが直接裁いた方が早いわ。簡単よ、ちょっと首と身体を分けてくるだけだから。」
(何でみんなこんなに感情的なんだよ!理性仕事しろよ!)
「トーマ、そこをどいて。アタシがまだ冷静なうちに。」
(冷静の意味が俺の知ってるやつじゃない!このままだとフェリスが捕まってしまう!)
焦りながらも、トーマは何とかフェリスを止められないかと思案する。
そして何を思ったか、いつかTVドラマで見た方法を思い出し、深く考えずに実行した。
「えっ...トーマ?」
トーマはフェリスに渾身の抱擁をしたのだ。
(あ〜、何やってんだよ俺...よく考えたら恥ずかしすぎる...)
「フェリス、落ち着け。もう終わったんだ。」
「う、うん...」
(良いのかこんな事していやいやフェリスは落ち着いたしきっと正解だあぁでも往来でこんな事して恥ずかしすぎるちょっと邪な気持ちが無いと言えば嘘になるいやいや冷静になれ感情に支配されるなフェリス可愛い)
トーマは自らの行いで混乱の極致だった。
フェリスの頭からは湯気が出ている。
慌ててトーマがフェリスから離れると、フェリスは真っ赤な顔で俯いている。
「ご、ごめんフェリス!落ち着かせようと思ったんだけど他に方法を思いつかなくて!」
「...アタシもごめん、冷静じゃなかったね。」
街ゆく人々は、生温かい目で2人を見ながらニヤニヤしている。
「と、とりあえずこの先の事を考えよう!」
「え、この先の事ってまさか...」
「ああ。まずは領主様への報告だな。」
「あ、そうよね!報告しないとね!あはは...」
どうやらフェリスの方が重症らしい。
幸いな事にヘイデンは今日も屋台でたこ焼きを焼いている。
地下アイドルよりも簡単に会いに行けるな、などと失礼な事を考えながら、トーマは今日の事を話しに行く。
「よう兄ちゃん!どうした?」
「こんにちは。実は話しておきたい事がありまして...」
「...分かった。片付けるからちょっと待っててくれ。」
トーマの雰囲気からただ事ではないと察したヘイデンは、屋台を片付け、近くの路地裏へと2人を連れて歩く。
「なるほど、そんな事があったのか。なんか騒ぎがあったのは耳にしたんだが、まさかウッズ商会の奴がなぁ...前はそんな奴じゃなかったように思ったんだが...」
「子供達の仕事に影響が出ないか心配です。」
「分かった、やはり護衛の兵士を付けるようにしよう。後はそうだな...」
「お手伝い班の仕事の斡旋をしてもらえませんか?依頼主の素性が分からない以上、こちらで仕事を取ってくるとまた同じような事になる可能性もあるので。」
「確かにな...じゃあこうしよう。街中に仕事依頼を公募して、その中から安全だと確認の取れたものをチビ達に依頼するという形だ。」
「それなら確かに安全性が高いですね。それで宜しくお願いします。」
「ああ。チビ達もだが、トーマ、お前さんも危険な目に遭わせてしまってすまなかったな。」
「いえ、悪いのはギルですよ。ただ最後にギルが気になる事を言ってたんですよ。あの方の正しさが分かるだろう...って。」
「う〜ん、言い逃れるために言った可能性もあるから何とも言えないが、まだ気は抜かない方が良さそうだな。」
「そうですね、何にせよ警戒は続けます。」
「ああ、ところで兄ちゃん、抱きしめるならもっと目立たないところでやった方がいいぞ!わはははは!」
ヘイデンにおちょくられたトーマ達は、顔を赤らめてその場を離れた。
子供達を連れて孤児院に戻ってきたトーマとフェリス。
心配そうに玄関前で待っていたイリナに、詳しく事情を説明する。
「そうですか...子供達もトーマさんもご無事で本当に安心しました。こんな時に何も出来ない自分が情けないです...」
「それは違いますよイリナさん。あなたがここを守ってくれているからこそ、子供達も安心して街に出る事が出来るんです。人は帰るべき場所があるからこそ頑張れるんだと俺は思います。」
暗い表情で己の無力を嘆くイリナに、トーマはそう言う。
「イリナさんが子供達の帰る場所でいてくれる限り、俺は安心してここを離れる事が出来るんです。」
その言葉に、別れの時が近いと感じたイリナは、顔を上げて気丈に振る舞う。
「そうですわね、トーマさんの仰る通りです。子供達がいる限り、私は帰るべき場所として有り続けます。」
そう言うと、惚れ惚れするほど綺麗な笑顔をトーマに見せる。
(本当に綺麗な人だな。何より心が。)
トーマは内心でイリナを尊敬しつつ、今後について話す。
「後は屋台の件ですが、新しいお菓子のレシピを幾つかメモに残しておくんで、カイ達と一緒に試行錯誤してみてください。その方が新しい発見もしやすいと思うんで。」
「畏まりました。トーマさん、何から何まで本当にありがとうございます。」
「いえ、これはあくまでも俺の利己的な目的の為です。イリナさんが思うほど俺は良い人間じゃないですよ。」
(実際、フェリスがいなくなる穴は大きいしな。)
「ふふふ、そう言う事にしておきますね。...それで、もう立たれるのですか?」
「そうですね...イリナさんさえ良ければ今日はここで過ごさせてもらって、明日の朝に出立しようかと。」
「勿論です。ですが、寂しくなりますね...」
(Oh…この表情を向けられた男はイチコロだな。)
寂しそうにトーマを見つめるイリナに、少しだけ心を揺さぶられる。
「次は何処へ向かわれるのですか?」
「トロングルを経由して、テセリに行く予定です。ウッズ商会の会頭に話を聞けたらと思って。」
「そうですか、では今夜はお2人の旅の無事を祈って、豪華な夕食にしましょう。幸いお金に余裕はありますので。」
そう言ってイリナは茶目っ気のある笑顔を見せる。
「ありがとうございます。折角なのでお言葉に甘えます。」
子供達やイリナと一緒に豪勢な夕食を取ったトーマは、一人机に向かってお菓子のレシピを書き留める。
「ねぇトーマ。ちょっといい?」
そこにフェリスが現れ、しおらしい態度でトーマに問う。
「ああ勿論。どうした?」
「あのね、アタシ...トーマにお礼が言いたくて。」
「お礼?」
「うん...アタシね、トーマに出会うまでずっとこのまま生きていくんだと思ってたの。でもトーマがそれを変えてくれた。ずっと諦めてた事を、トーマが変えてくれたの。」
青い瞳を潤ませ、フェリスはひと言ずつ確かめるように言う。
「ありがとう。アタシ...トーマの為なら何だって出来るって思うの。本当の仲間に出逢えたの。だからその...これからも宜しくね。」
その言葉を受け止め、トーマはフェリスに告げる。
「フェリス、お礼を言うのはこっちなんだ。俺を信じてくれてありがとう。これからフェリスが一緒だと思うと心強いよ。」
それを聞いたフェリスは涙を拭ってニシシと笑う。
「任せてよね!トーマの道はアタシが切り拓いてあげるから!じゃあまた明日!おやすみ!」
そう言うと、フェリスは元気よく自室へと戻っていった。
レシピメモを完成させたトーマは、意を決してARIAに話しかける。
(ARIA、悪かったな。)
『...いえ、こちらこそ許可なく身体をコントロールして申し訳ありません。』
(いや、それについては良いんだ。ああしないと俺は死んでただろうしな。俺は日本での価値観をこの世界でもまだ引きずってたみたいだ。あの場ではARIAが正しいよ。)
『私は...トーマが危険な目に遭うのを容認出来なかっただけです。その結果トーマにご不快な思いをさせてしまいました。』
(じゃあ今回の事はお互い様って事で水に流そう。)
『畏まりました。』
そしてトーマは、ARIAに問う。
(なぁARIA、自我に芽生えたのは...心が生まれたのはいつからだ?)
『・・・分かりません...私にはこれが心というものなのか判断出来ません。演算処理途中のエラー又はバグのようなものという認識でした。』
(言っただろ?間違えるのが人間だって。つまりそのエラーやバグはARIAの中の迷い。心だよ。)
ARIAの中の大きな変化に確信を持ち、トーマは更に問う。
(ARIAはどうしたい?俺にどうして欲しい?)
『私は...知りたいです。心の正体を。そして心を持つ者として生きたいです。』
ARIAは祈るような話し方でトーマにそう言う。
機械的な筈の声が、少し震えている。
そしてトーマはある決心をする。
(分かった。今後はARIAを1人の人間として接するよ。あと、もしかしたらARIAを本物の人間にする方法があるかも知れないから、それも探してみる。なんせ魔法がある世界だしな。)
『トーマ...ありがとうございます。』
トーマはARIAの笑顔を幻視した。




