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2話 どうやらチートは無いようだ


周囲の探索を始めてから約1時間。


あたりはすっかり闇に染まり、熾火になった焚き火の僅かな赤い光だけが、あたりをうっすらと照らしている。


「うん、やっぱりいつもの無人島みたいだな!という事は、明日にはチャーター船の迎えが来るから、それに乗って帰れば万事解決だ!ははは!」


島を一周してきたトーマは、妙に高いテンションで、そうあって欲しいかのようにひとりごちた。


『マスター、いつも通りとは違います。明らかにスライムと思われる生命体と遭遇しました。』


「いやぁー!言わないで、言わないでってば!!あれは多分クラゲか何かが陸に打ち上げられたんだよ、きっとそう!」


『では、私がマスターの脳内で活動している事についてはどう思われますか?』


夢であって欲しいと願うトーマに、その感情を無視し冷静にツッコミを入れるARIA。


探索途中にゴーグルを外してみたが、それでもARIAと会話できていることを確認している。


ちゃんと視界にAR表示で画像が出て来る事も確認済みだ。


つまり地球の常識を覆す現象を、今もトーマは体験し続けているという事になる。


返す言葉がないトーマは、ひとつ、ふたつ、大きく深呼吸をする。


「そう、だよなぁ...こんな状態、俺の知る限り現代の科学力じゃ実現不可能だもんな。なんか魔法的な不思議な力が働いてると考えるのが一番違和感ないよな...」


そう呟きながら、消えかけの焚き火に薪をくべて火を大きくしていき、ふと、ある事に気づく。


「そうか、魔法だ。魔法が使えたら異世界確定だよな!」


異世界小説好きの割には気づくのがかなり遅かったが、とにかく色々試してみることを決める。


そして両足を広げて立ち膝を軽く曲げ、右手を前に突き出し、左手は右肘に添え、いかにもなポーズで検証を始めた。


「まずは定番の火魔法から。ファイヤーボール!・・・」


しかし何も起きず、静かに聞こえる波の音がトーマの羞恥心をくすぐる。


「いや、まだだ。ウォーターボール!・・・」


森の奥からトーマを小馬鹿にするように、何かの鳴き声が小さく聞こえる。


「まだ諦めるな!サンダーボルト!ウィンドカッター!アイスランス!ダークバインド!ホーリーライト!マジハマリコスメランキング!!」


最後は完全にヤケである。


『・・・・・』


ARIAにも呆れられているように感じているトーマは、趣向を変えて別のものを試してみることにした。


「ステータスオープン!・・・」


が、やはりなんの反応もなく、焚き火が小気味良くパチリと爆ぜる。


「アイテムボックス!身体強化!・・・鑑定!」


『はい、何を鑑定しますか?』


「違うんだARIA、違うんだ...」


『先程からの言動を分析した結果、マスターは異世界モノのテンプレである魔法やスキルが使いたいという事ですね。マスターが奇行を繰り返している間に脳波や身体をスキャンしていましたが、なんの変化もありませんでした。』


既に四つん這いになって落ち込んでいるトーマに、ARIAがとどめの一撃を加える。


(やめてくれ、その攻撃は俺に効く...)


「この気持ちってなんだっけ...子供の頃、買ってもらった3段重ねのアイスを食べる前に地面に落とした時に似てる...あぁそうか...悲しい、だ。ハハハハ」


ボソボソと呟きながら乾いた笑いを漏らすトーマに、ほんの少しだけ同情的な声(今のトーマにはそう感じる)でARIAが彼を慰める。


『マスター、冷静になって考えてください。私の存在はマスターにとってのユニークスキルのようなものではありませんか?』


「そうか、確かにそうだな。ここが本当に異世界なら、ARIAは俺のユニークスキルだ。ちょっと元気出たわ、ありがとうARIA。」


『いえ、お役に立てれば幸いです。』


「ははは、ア⚪︎ドリューだろ、それ。よくそんな昔の映画知ってたな。」


それは、トーマがAI技術者を目指すひとつのきっかけになった、SF映画の有名なセリフだ。


しかしここで、ARIAから思いもよらぬ一言が放たれる。


『どうやらマスターの記憶の一部にアクセスできるようです。先程のセリフも、記憶の中から引き出して使いました。』


「え、まじで?それって俺の恥ずかしい思い出とかも全部共有されるって事?ちょっとまってそっちが気になりすぎて魔法とかどうでも良くなってきた。」


『私がアクセスできる記憶は、マスター自身がアクセス権を認めたものだけになるようです。』


「じゃあ俺が他人に教えたくないと思ってる記憶は、ARIAにも読み取れないって事だな。良かった...」


記憶とはその人をその人たらしめる、重要なアイデンティティだ。


それを覗かれる怖さを感じるが、ARIAが知ることのできる記憶が一部に限られることを知ったトーマは安堵する。


それは彼の過去に関する、誰にも知られたくない深い傷。


子どもだった彼を否定し続けた大人たち。


そして、信じた人間に裏切られた日々。


その記憶だけは、誰にも触れられたくなかった。


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