18話 心優しき人達
「はぁ...やっちゃった...」
基地を出て商業区へと戻ってきたトーマとフェリス。
勢いに任せて兵士を辞めてきたフェリスだが、今になって無茶な事をした実感が湧いてくる。
「明日から無職じゃん..,」
「まぁそんなに気を落とすなよ。悪かったな、俺のせいでこんな事になってしまって。」
「それは良いのよ。アタシだってまさかトーマが拘束される可能性があるなんて思ってなかったし。」
「彼らも人々の安全のためにやってる事だしな、仕方ないさ。」
「...トーマはやっぱり良い人ね。もうちょっと違う形で出会えたら良かったのに。」
フェリスの言葉に引っかかりを覚えたトーマは、彼女が未だ何かに縛られていると感じて質問する。
「なあフェリス、俺はフェリスと旅が出来れば嬉しいんだけど、何かそう出来ない事情があるんじゃないのか?」
その言葉に彼女はトーマを見つめ、諦めたように苦笑いを浮かべる。
「そうね、ちゃんと話しておかないとね...ついてきて。」
そう言うなり、商業区を横切って路地裏に入ってゆく。
トーマは黙って彼女に従い、後ろをついて歩く。
前を歩くフェリスの背中は、怒られた子供のように小さく見える。
暫く路地裏を歩くと、急にひらけた場所に出る。
そこにあるのは、西洋風な2階建木造建築で、トーマは既視感を覚える。
『記憶を検索したところ、福島県の天鏡閣に似ています。見たところ老朽化は進んでいるようですが。』
(ああ、それでか。)
スッキリしたところでフェリスがトーマに振り返る。
「これが、アタシがここから離れられない理由...」
そう言うと、フェリスは建物の中にトーマを案内する。
中央のロビーの左右には大きめの部屋があり、片方から子供の声が聞こえる。
フェリスはその部屋に向かい、ドアを開ける。
「おーす、チビども!」
先程までの暗い雰囲気を霧散させ、元気に挨拶をするフェリス。
「あ!フェリスだ!」
「フェリス!」
「フェリス!遊びに来たの?」
「いっしょにごはんたべよ?」
そこには食事中の沢山の子供がいた。
食事そっちのけでフェリスのもとに集まり、思い思いに彼女を歓迎している。
子供達の身なりは決して良いとは言えず、皆同じような亜麻色の服を着ている。
(そうか、ここは孤児院か...読めてきたな。)
そこに、厳しくも温かみのある女性の声が響く。
「皆さん、まだ食事中ですよ。席にお戻りなさい。」
その声に子供達はピタッと動きを止め、そそくさと席に戻って食事を再開する。
「院長、食事中にごめんね。ちょっとみんなの顔が見たくて。」
「いえ、良く来てくれましたフェリスさん。今日はどうしたのですか?」
「...少し話をしてもいい?」
「分かりました。では院長室へ。」
そう言うと、フェリスとトーマを連れて2階の院長室へと向かう。
院長室の奥には執務机があり、その手前にローテーブルと、それを挟むようにソファーが置かれている。
どれも年季の入った、と言うよりボロい家具ばかりだ。
院長は2人をソファーに促し、自身も向かいのソファーに腰掛ける。
おそらく40歳前後と思われる院長だが、姿勢良く座るその姿はどこか高貴な雰囲気を纏っている。
「トーマ、紹介するね。この人はこの孤児院の院長のイリナさん。イリナさん、こちらはトーマ。」
「はじめまして、トーマといいます。」
「孤児院長のイリナと申します。宜しくお願い致します。」
『ARIAです、宜しくお願いします。』
(ちょっと笑いそうになるからやめて!)
ARIAの小ボケで、思わず吹き出しそうになるのを堪えるトーマ。
「イリナさんはね、元々貴族の出なんだけど、家を出てこの孤児院を作った人なの。」
「そうなのか、でもなんで貴族の家を出て孤児院を?」
素直な疑問を口にするトーマに、イリナが答える。
「私の実家はテセリにある子爵家だったのですが、良い貴族とは言えませんでした。領民に重税を課して自身は贅沢な生活を送っていたのですが、私はその違和感に耐えられず、20年ほど前に出奔したのです。」
「そんな事が...」
「しかし10年前に実家の爵位は剥奪され、今は新たに出来た貴族家が治めています。こう言ってはなんですが、自業自得です。」
「実家を出てからファネに辿り着いて、私財を投げ打ってこの孤児院を建てたんだよ。ね、院長。」
「ええ。ですがこれは私の道楽ですので、高尚な目的意識などは無いのですけどね。」
そう言うと、イリナは微笑む。
「それにこの孤児院があるのは、ここの領主様やフェリスさんのお陰なのですよ。」
その言葉に、トーマの想像は確信に変わる。
「なるほど。フェリスは孤児院を支援していて、この街を離れる事が出来ない。そういう事だな?」
その言葉に驚きつつも、フェリスは諦めたように答える。
「うん...実はさ、あの子供達の中に、ガトーと一緒のパーティだった奴の子供もいるの。ガトーに殺された後暫くは母親が育ててたんだけど、他に男作って逃げちゃったんだ...」
「マジかよ...」
「アタシは定期的にそいつの家に行ってたんだけど、その日は子供達しかいなくて、母親の名前を呼びながら泣いてたの。だからここに連れてきたってわけ。」
ガトーが生んだ絶望の波は、こんな所にまで届いていた。
そしてフェリスがファネを離れられない理由にも納得してしまった。
そして彼女は、目に涙を浮かべながら言う。
「だから、ね。アタシ...行けないの...子供達をほっとけないよ...」
消え入るような声でそう呟き、膝の上で握った拳に雫を落とす。
フェリスの想いを知ったトーマは、返す言葉もなくただ彼女を見つめていた。
「いい加減になさい。」
しかしその空気を切り裂くように、凛とした声が響く。
「フェリスさん、あなたには本当に感謝しています。ですが背負わなくてもいいものまで背負いすぎです。」
イリナは切って捨てるようにフェリスに言う。
「でも、唯一生き残ったアタシがあの子達を...」
「あなたは生きていた事を後悔しているのですか?そして罪滅ぼしのつもりで孤児院を支援しているのですか?」
「いや、そんなつもりは...」
弱々しく否定するフェリスにイリナは言葉を続ける。
「トーマさんといる時のあなたの表情は、今まで見たことのない安心感に包まれていました。それほどトーマさんの事を信頼しているのでしょう。そしてどこに向かうのかは存じませんが、本音では一緒に行きたいのでしょう?」
「・・・」
フェリスは沈黙で返す。
「トーマさん、彼女はとても責任感が強く、そのせいで押し潰されそうな状況です。連れて行ってあげてください。フェリスさんを解放してあげてください。私達はもう十分良くしていただきました。」
イリナは気丈に振る舞い、トーマにそう言った。
「孤児院の事は私が責任を持って運営します。お金の事は気にしないでください。子供達も自由で元気なフェリスさんの事が好きなのです。本来のあなたを取り戻してくれるのは、トーマさん以外にいないでしょう。」
ものすごく持ち上げられて居心地の悪いトーマだが、気恥ずかしさを隠して確認しておきたい事を口にする。
「フェリスの想いは分かりましたし、イリナさんの気持ちも分かりました。俺としては、フェリスと共に旅が出来ればと考えているのは確かです。でも現実問題、孤児院の運営費はどうされるおつもりですか?」
その言葉に、俯いているフェリスの拳が更に硬く握られる。
「正直に申し上げると、確かに資金難ではあります。ですがそれはフェリスさんに背負わせるのでなく、私が背負うべき問題です。」
その言葉を聞いたトーマは決意を固める。
(ARIA、俺は暫くこの孤児院に全力で協力するつもりだ。すまないが、ARIAの力を貸してくれ。)
『勿論です。何なりとお申し付けください。』
(ありがとう相棒。)
そして、イリナに告げる。
「イリナさん、申し訳ありませんがフェリスは連れて行きます。」
涙に濡れたフェリスの顔がガバッと上がり、丸い瞳でトーマを見つめる。
それを見たイリナの表情は慈愛に満ちた。
「そして今俺の手元にはガトーの懸賞金の一部である金貨が25枚ほどあります。これを元手にイリナさんと子供達で新しい商売を始めてみませんか?」
その提案に、フェリスとイリナはキョトンとする。
「運営資金を他人からの施しに頼っていては、またこういう事態が繰り返されるかも知れません。だから自分達の生活費は自分達で稼ぐんです。」
その提案を受け、イリナは納得したようにトーマに応える。
「確かに仰る通りです。ですが子供達に出来る商売というのは、どういうものなのでしょうか?」
『幾つか案がありますが、まずはこれから言う事をそのまま伝えてください。』
(わかった。)
トーマはARIAの言葉をなぞる。
「それについては幾つか案がありますが、まずは子供達について聞かせてください。手先が器用な子や、料理が得意な子、愛想の良い子はいますか?」
「そうですね、どれも思い当たる子達が数人ずついます。」
「なるほど。あとこの孤児院ですが、街の人達にはどう思われていますか?」
「街の方々にはとても良くしていただいてます。商品にならない野菜や果物を頂くこともありますし、子供達が危ない目に遭わないよう見てくれていますね。」
それを聞き、トーマは確信を持ってイリナに伝える。
「完璧です。それだけの条件がそろえば、孤児院は自力で運営費を稼げます。簡単にね。」
そしてトーマはプランの説明に入る。




