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16話 ファネの街

 

「おおお〜!これが異世界か!」


 駐屯地を出て、トーマが最初に発した言葉は、純粋な憧れから来るものだった。


 異世界小説好きの彼には、たまらなく刺激的な光景だ。


「日本建築ばっかりかと思ったけど、西洋風な建物も多くて面白いな!」


 ファネの街並みをひと言で表すなら"雑多"だ。


 京町家風の家があったり、煉瓦造りの商店が並んでいたり、よく言えば和洋折衷、悪く言えばB級映画によくある間違った日本観と言える。


 空腹を刺激する屋台の匂い。


 ヒューマン、獣人、エルフなど、道ゆく人々の多種多様さ。


 時折聞こえる喧嘩のような声。


 全てが新鮮で、異世界に来た実感が強くなってくる。


「トーマのいた世界ってどんな感じなの?やっぱりこことは違う?」


「そうだな、俺が暮らしてた街は、全面ガラス張りで何十階という高さの建物が乱立してて、人の多さもここの比じゃないな。」


「へぇ〜。想像つかないわね。全面ガラス張りなんて貴族の屋敷でもみた事ないわ。」


「でもみんな死んだ魚みたいな目をして馬車馬のように働いてたよ。この街は人の表情が明るいし、活気もあって好きだな。」


「そうなのね...トーマは向こうでどんな仕事をしてたの?」


「そうだな...分かりやすく言うと技術者かな。この世界よりも進んだ技術を使って、人々の暮らしが便利になる手伝いをしてたよ、ってのは言いすぎか。まぁ特に必要ないけどあったら便利なものを作ってたって感じかな。」


 地球とは全く違う文明を前にして、自分の仕事の価値について少しだけ考え直す。


「そうなんだ。なんかよく分からないけど立派な仕事なのね。」


「ははは、そう言ってもらえると救われるよ。でも俺はこの世界のシンプルさが羨ましいよ。」


「元の世界に未練はないの?もし戻る方法があったら...戻りたい?」


 フェリスが、今までひた隠しにしてきたトーマの心の奥底を覗くような質問をする。


 トーマはそれに答えられず、固まる。


(俺は、地球に帰りたいのか?未練が無いと言ったら嘘になるが、もし帰る方法が見つかったら...)



『トーマ、どうしましたか?』


 ARIAの声にハッと我に返る。


(そうか...地球に戻ればARIAとも...)


 帰りたいのか。そもそも帰れるのか。


 これはトーマの胸に重く残った。


「いや、なんでもないよARIA。てか今のは聞こえてないよな?」


『はい、トーマからパスが繋がらなかったので聞こえていません。』



 ーーでも、何を考えているのかは分かりますよ。



「ちょっと、2人だけで話してないでアタシにもわかるように言ってよ。」


「ごめんごめん、今はまだ帰るかどうかは保留だな。」


「そっか...まぁいいわ。ところで、もうすぐ商業区に入るわよ。」


「お!異世界ショッピングだな!武器とか防具って売ってるのかな?」


「ええ、色々あるわ。確かに装備は揃えておかないとね。」


「あーでもその前に腹減ったからなんか食いたい。」


「それならファネの名物があるから、それを食べない?アタシが奢るわ。」


 フェリスが嬉しそうにトーマを連れて目的の屋台まで歩く。


 しっぽがピンと伸びているあたり、その名物はフェリスの好物なのだろう。




「Oh…まさかのたこ焼き。」


『ここは日本でいう姫路市あたりになるので、タコの漁が盛んなのでしょう。』


 フェリスの好物とは、たこ焼きだった。


 ソースは無いものの、マヨネーズと塩で食べるスタイルだ。


「知ってるの?アタシは毎食これでも良いくらい好きなんだ〜。」


 フェリスが完全に気を抜いてニマニマとしている。いつものキリッとした雰囲気は皆無だ。


「ははは、そんな表情のフェリスは初めて見たよ。」


「わ、笑わないでよ!好きなんだから良いじゃない!」


 フェリスの顔が赤くなり、トーマからプイと顔を逸らす。


「おじさん!たこ焼き8個を2つ!」


「はいよ!って、フェリスじゃないか!最近見かけなかったけど元気にしてたか?」


 屋台の店主とは、どうやら顔見知りらしい。


 犬獣人だろうか、柔らかそうな毛並みの尻尾を振りながらたこ焼きを焼いている。


 こんなに明るい表情の彼女をトーマは初めて見る。


(ガトーの件がなければ、こっちのフェリスが素なんだろうな。)


「兄ちゃんは初めて見る顔だな!」


「そうですね、最近ここに来たばっかりなんですよ。」


「そうかそうか、折角だからサービスしてやるよ!フェリスの顔も見られたしな!」


「ありがとうございます。ところでその白いソースって...」


「お、マヨネーズの事か?これは15年ほど前に来た異世界人のコウスケって奴が作ったんだ。奴はこれで大儲けしたらしいぞ。羨ましい話だな!わははは!」


 豪放磊落な店主に好感を持ちながらも、コウスケ・ハヤシについて考える。


「へぇ〜。確かここにウッズ商会の行商人が来るって聞いたんですけど、店はあるんですか?」


「ああ、あるぞ!この道をまっすぐ歩いて5分くらいのとこだ!デカい店だからすぐ分かると思うぞ!」


「おじさん、たこ焼きまだ〜?」


「すまんすまん。ほら、12個入りにしといたぞ!」


「やった!ありがとう!」


 フェリスが銅貨6枚を支払ってたこ焼きを受け取り、近くの広場にあるベンチに座って食べる。


「あ〜普通に美味いわ。ちゃんとダシも効いてるし、なんならこっちの方が好きかも。」


「でしょ?冷めるまで時間かかるのが難点だけどね。」


(そっか、猫獣人だから猫舌なのか。)


 横でハフハフ言いながらたこ焼きを頬張るフェリスを見つつ、異世界のたこ焼きに舌鼓を打つ。




「さてと、次はウッズ商会だな。武器とかあれば見てみたい。」


「鍛治工房じゃなくていいの?ウッズ商会にも武器はあるけど。」


「まだどんな武器が自分に合ってるのかも分からないんだ。まずは既製品で試してみる事にするよ。」


 そんなやりとりをしながら歩いていると、目の前に、他よりも明らかに大きな建物が聳える。


「凄いな...これってまるで油屋だな。絶対コウスケ・ハヤシの趣味だろ。」


 その建物は、名前を取られた少女が働く某映画の旅館にそっくりだった。


 5階建てで壁は赤く、屋根は若草色。


 顔の大きな老婆がいたら完璧だと妄想しつつ、トーマは店内に入る。


「店の中は百貨店、と。コウスケさん自由すぎるって...」


 1階店内の様子は外観と打って変わって、日本の百貨店のように理路整然と商品が陳列されている。


 入り口付近にフロア案内図もあり、突然日本に戻ってきたような錯覚を覚える。


「え〜と、武器は3階ね。早速行きましょ。」


 混乱するトーマを連れて、フェリスは3階へ上る。



 3階には、武器や防具が所狭しと陳列されている。


 ショートソード、ロングソード、クレイモア、レイピア、槍、斧、ハンマー、ナイフ、暗器、弓、スリングなど、武器だけでもかなりの品揃えだ。


 防具も同じくらい沢山の種類がある。


「3階はドン⚪︎ホーテ...もう驚くのにも疲れてきた...」


『トーマ、記憶から当該店舗を調べましたが、カラフルな手書き風POPが無いので、どちらかと言えばホームセンターの方が近いように思います。』


(ARIAさんや、何を真剣に言ってるのかな?)


「やっぱりここの品揃えは1番ね。価格も手頃だし、流石ウッズ商会。」


「まぁこれだけ沢山あるんだ、俺に合う武器も見つかるんじゃないかな?」


 そう言って店内を散策していると、見覚えのある刃物を見つけた。


「これって、フクロナガサじゃないか?」


『東北の猟師が使っていたナイフですね。刀身と一体化した中空の柄が特徴で、木の棒を刺して槍としても使えます。』


「やっぱそうだよな!マタギが使ってる動画を見たことある。ちょっと憧れてたんだよな。こんなものが売ってるなんて、流石異世界人の店。」


 そこに置いてあるフクロナガサは刃渡25cmほどで、柄の中ほどに小さな穴が空いている。柄に刺した木の棒を釘などで固定するための穴だ。


 商品説明の紙がぶら下がっていて、鋼材は“魔鋼"と書いている。


「フェリス、この魔鋼ってなんだ?」


「ああ、それは魔法を通しやすい鋼の事ね。魔術師なら、魔鋼を媒介にして魔法を使うことが出来るわ。あと刃の自動修復機能もあるわよ。」


「え、すご。じゃあどんなに手荒に使っても最終的には元通りになるって事だよな?」


「真っ二つに折れたりしない限りはね。」


「よし、これにする。」


「トーマのくせに良い選択ね。他のは見なくても良いの?」


「おい酷くないか?ロングソードはどうせ扱えないし、斧を振り回す筋力もないからな。俺にはこれくらいが丁度な気がする。」


 そしてトーマは恐る恐る値札を見る。


 そこには50万アーク、金貨5枚分の価格が。


(高っけー!日本円でざっくり100万円くらいか?家が建つ!)


『トーマ、落ち着いてください。100万円で家は建ちません。』


(すまん、あまりの高さにびっくりしてしまった。でも必要経費だよな、うん。)


「フェリス、これ買ってくるよ。」


「うん。じゃあアタシは暗器でも見とくね。」


(物騒だなおい...)


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