15話 フェリスの献身
『全身をスキャンしましたが、日常生活を送る分には問題ないレベルまで回復したことを確認しました。』
(ありがとうARIA。スマホもパソコンも無い世界のベッド生活はまるで拷問だな。あとトイレが辛い...ボットン便所てやつは初体験だ...)
『日本にもまだあると思いますが、使った事が無かったのですか?』
(他人の糞尿のフレグランスを嗅ぎながら用を足すのはちょっとな。無人島の野グソの方が100倍マシだな。)
トーマが目を覚ましてから更に2日、ぎこちないながらもやっと歩けるようになった彼は、フェリスと共に街に出かける事にした。
「だいぶ身体の調子も戻ってきたし、そろそろ出かけようと思うんだ。」
「その前にやらなきゃいけない事があるでしょ?」
「え、なんかあったっけ?」
とぼけるトーマに、フェリスは目を三角にして詰め寄る。
「取り調べよ!と・り・し・ら・べ!何のためにファネに来てると思ってるのよ!」
「はは、悪い。なんか有耶無耶にならないかな〜ってちょっと思ってみたり...」
「ならないわよ!アタシの休暇もかかってるんだからね!」
クロイから聞いた一週間の休暇の事は、きちんと覚えているフェリスだった。
「取り調べは何処でやるんだ?」
「ファネの基地でやるわ。ここから徒歩移動で30分くらいね。」
「取り調べってクロイと同じような事を聞かれる感じかな?」
「さぁ?もうちょっと詳しく聞かれるんじゃない?まぁアタシも護衛任務の一環として同席するから、心配はいらないわ。」
「そうか、フェリスがいてくれると心強いよ。」
「ま、まぁね。トーマの事は良い人だってアタシからも伝えるから安心して。」
トーマは素直に思った事を口にしたが、それがフェリスには嬉しかったようだ。
「それじゃ、早速行くか?」
「そうね、もう話はつけてあるからいつでも大丈夫よ。」
「しかし5日もファネにいるのに、この部屋以外見てないってのは変な感じがするな。」
「基地までに商業区があるから、色々見ながら歩いたら楽しいんじゃない?」
街の散策に想いを馳せていたが、先立つものがないトーマは、ふと懸賞金の話を思い出す。
「あ!先に懸賞金の受け取りってできるか?せっかくなら買い物もしたいし。」
「ふっふっふ、そう言うと思って既に懸賞金は用意してあるわ。」
「マジかよ...フェリス最高。」
「じゃあ早速手続きをするから、書類にサインしてね。」
そこでトーマは衝撃の事実に気づく。
「あ、俺文字書けないわ...」
「・・・それは予想外だったわ。」
『お呼びですか?』
「ARIA!文字のラーニングをお願いします!」
『勿論です。』
「なに?ARIAが文字を書くの?」
「書くのは俺だけど、ARIAが文字を超高速で学習して俺の脳に定着させてくれるんだよ。」
「そんな事出来ちゃうんだ...凄いね。」
「いやぁ、それほどでも。」
『・・・』
フェリスの素直な賞賛に、何故かトーマが照れる。
「なるほど、これが異世界の文字か。さっぱり分からん。」
硬そうな紙に書いてあったのは、トーマの知らない文字だった。
(これって1文字につき1つの意味を表す形式の文字体系かな?ここの言葉と同じで。)
『その可能性は高いと思われます。まずは書面の内容をフェリスに読み上げてもらいましょう。』
「そうだな。フェリス、悪いけどこれ全部読み上げてくれる?」
「分かったわ。え〜と、」
フェリスが書面を読み上げる。
それをARIAが言葉と照らし合わせ、高速で文字を学習してトーマの脳にペーストしていく。
全ての文章を読み終えたところで、フェリスがトーマの様子を伺う。
「どう?書けるようになった?」
「言葉を覚えた時もそうだけど、なんか不思議な感覚だな。5秒前まで知らなかった文字が読めるようになってるわ。」
『この程度は朝飯前というやつです。』
「はは、この程度は朝飯前らしい。あとさ、俺の名前の書き方を教えてくれ。トーマ・スズキだ。」
「いいよ。トーマ...スズキ...と。そういえばフルネームを聞いたのは初めてよね?」
「ああ、そうだったな。俺はフェリスがフェリシファル・トゥアリスというのは知ってるぞ。野営地でガルグに聞いたからな。」
「な〜んだ、知ってたのね。ちゃんと自己紹介しようと思ってたのに。」
「なんかごめん。この世界では名前と苗字っていう構成が一般的なのか?」
「ヒューマンはそうだけど、苗字がない人も結構いるわよ。クロイ達も苗字は無いわ。」
「へぇ〜、そうなのか。」
「貴族とかは長い名前が多いわね。あとエルフも。」
「なるほど、そのあたりはどこでも一緒なんだな。」
そんな話をしながら、トーマは書類にサインをする。
ガリアークの文字体系は韓国語に近いようで、母音と子音を組み合わせて1文字を構成するようだ。
「あ、ところでさ、この世界の通貨ってどうなってるんだ?金貨とか?」
「他の国は知らないけど、ガリアークだと単位はアークよ。賤貨1枚が10アーク、銅貨1枚が100アーク、大銅貨1枚が1000アーク、銀貨1枚が1万アーク、金貨1枚が10万アーク。それ以上の硬貨もあるけど、基本的に見る事は無いわね。」
「そうなのか。ガトーの懸賞金はどれくらいの金額になるんだろ?」
「600万アーク。懸賞金としてはかなり高額な部類よ。」
「それってどれくらいの価値なんだ?」
「そうね...普通の人なら3年くらいは暮らせると思う。」
「え、そんなにか!なんか実感が湧かないな...」
意図せず大金が手に入った事に驚くトーマ。
日本で考えると、一千万円相当になる。
(でも死にかけて、人も殺して高級車1台分か...そう考えると微妙だな。)
「まぁこれくらいならアタシも稼いできてるし、良い武器とかを買えば一瞬で無くなるわよ。」
しかしフェリスは元冒険者なだけあって、この程度の報酬は何度も稼いでるらしい。
「へえ〜、冒険者って夢のある職業なんだな。」
「そうね。でも冒険者になったやつが1年後に生き残ってる可能性は50%くらいだから、命の価値としては安いかな。」
冒険者の厳しい現実を聞き、フォーシアでの命の軽さを思い知る。
「それじゃ、懸賞金持ってくるね。」
そう言ってフェリスは部屋を出る。
トーマは気になっていた事をARIAに聞く。
「ARIA、俺が気絶してる間にフェリスはどんな様子だった?」
ARIAはトーマが寝ていても、聴覚などから周囲の情報を得る事が出来るので、彼が眠っている間の事も当然把握していた。
『ずっとトーマの容態を気にしていたようで、彼女は1日の大半をこの部屋で過ごしていましたよ。包帯や額の濡れ布をこまめに取り替えたり、熱も頻繁に確認していました。トーマに向かって小さく何かを呟いていた時も何度かあります。』
「そうか、仕事とは言えなんか悪いことしたな。」
『途中で他の兵士が交代すると言ってましたが、彼女はそれを拒否していたので、ここに居たくて彼女自身が選択した事だと判断します。』
「そう...なのか...」
ガトーを倒した夜のフェリスの様子を、ARIAは語らなかった。
「トーマ、持ってきたわよ。金貨で60枚分ね。」
戻ってきたフェリスの手には、小さめの革袋に入った大量の金貨。
「おお〜、これが600万アークか。じゃあ半分はフェリスのだな!」
「え、アタシはいいわよ。護衛任務の一環としてガトーを倒しただけだから。それにトーマが手下達を倒してなかったら、アタシも生きてはいなかったし。」
「い〜やそう言うわけにはいきません。実際ガトーと戦ったのはフェリスだろ?逆に俺が半分でも貰うのが図々しいってもんだよ。まぁ半分貰うけども。」
フェリスはトーマの提案に驚き、青い目を大きく瞬かせたが、やがて諦めたように苦笑する。
「...分かったわ。とりあえず半額は預かっておく。」
そう言うと、金貨30枚を取り出して自前の革袋に入れ、残り30枚を革袋ごとトーマに渡す。
「ありがとう。さて、そしたら行こうか!商業区へ!あとついでに取り調べ。」
「基地に行くのが目的でしょ!買い物はついで!」
『トーマ、フェリスの瞳孔が開いて耳が水平になっています。つまり怒っています。』
意外と真面目なフェリスに笑いを堪えながらも、トーマは5日間過ごした駐屯地を後にする。




