14話 ARIAとフェリス
(ん...俺は...気絶してたのか...)
ゆっくりとトーマの意識が覚醒する。
(あれ、どこだここ。屋内なのは確かだが...)
全身を襲う気だるさに抗って目を開けると、そこは見覚えのない部屋だった。
防犯のためか、高い場所にある格子付き窓から光が差し込み、部屋全体を照らしている。
彼が寝ているベッドの他には、小さなテーブルと椅子があるくらいで、他には何もない。
(これってもしかして、一度は言ってみたいセリフTOP5に入るあの言葉を言えるシチュエーションなんじゃないか!?よし、言うぞ!)
「...知らない天じょ」
「トーマ!目が覚めたのね!」
一世一代の決め台詞に、フェリスの言葉が重なる。
「ああ、フェリス。なんとか生きてたみたいだよ。」
(あと2秒だけ待ってくれよ...)
「本当に心配したんだから。あれから3日も眠り続けてたのよ?」
「まじか...腹減ってるわけだ、ははは。ところでさ、ここは何処だ?」
「ここはファネにある警備兵詰め所の宿直室よ。」
「てことは、倒れた俺をファネまで連れてってくれたって事か...ありがとな、フェリス。」
「そんなの当然じゃない。仲間...なんだから。」
(おお、早速フェリスからの仲間発言を聞けた!)
「そうだ、ガトーを倒してからの事を教えてもらっ...うぷっ、オエエ〜!」
胃が空っぽなので何も出ないが、トーマは強烈な吐き気と焦燥感を覚えた。
「だ、大丈夫なの?」
心配そうにトーマの顔を覗くフェリスに(か、かわいい...)などと不真面目な事を考えるが、トーマはそれに答える。
「ああ、大丈夫だ。俺は平和な世界から来たって言っただろ?だから人を殺す事なんて今まで一度も経験してこなかったんだ。だからあの生々しい感触とか、刺した相手の顔が思い浮かんで...オエエ〜!」
「あ〜、成程ね。それは慣れていくしかないわね。」
「ウップ...今になって怖くなってきたよ。自分でもよくあれだけの事が出来たなと思う。」
あの夜の事を振り返り、トーマは自分の中に凶暴な、冷酷な部分がある事を知る。
日本では決して遭遇する事のないような事態なのに、それをすんなりと受け入れて適応した自分を恐ろしく感じる。
「誰だって最初はそうなるわよ。この世界を旅するんなら避けては通れない道ね。」
「早く慣れるように頑張ってみるよ...」
「それでね、ガトーには賞金がかかってたんだけど、動けるようになったら受け取りに行きましょ。アイツ他にも悪い事沢山やってたから結構な額になるわよ。」
「そうなのか。この世界の通貨を得るのは初めてだな。ちょっとワクワクするよ。」
人を殺めた罪悪感を無理矢理頭の隅に置いて、未知の通貨に期待を膨らませる。
(ところでARIA、今日はやけに大人しいな。どうした?)
『おはようございます、トーマ。あなたとフェリスの掛け合いを傾聴していました。無事ファネに辿り着いて良かったです。一時はどうなる事かと。』
(心配かけて悪かったな。でもARIAのおかげで生き延びる事が出来たよ。)
『お役に立てれば幸いです。』
(はは、そのセリフ気に入ってるだろ。ところでさ、フェリスにARIAの事を伝えようと思うんだが、どうだろう?)
『それは何故でしょうか。』
(ARIAのお陰で俺とフェリスは生き延びられたってのもあるし、俺自身ARIAの存在をフェリスに知って欲しいんだ。)
ARIAを自分の中だけの存在にしたくない。ちゃんとこの世界に認めて欲しいという願いを込めた、トーマの提案である。
『現状ではトーマの妄想と切って捨てられる可能性があります。ですが、フェリスの信用を得るには良い方法かもしれません。』
(とにかく、多少の誤解はあったとしても、まずはフェリスに理解できるように話してみるよ。)
トーマは、フェリスに打ち明ける事にした。
ベッドの側に控えるフェリスに向き直り、トーマは覚悟を決める。
「なあフェリス、俺のことを信用してくれるか?」
「なによ突然。...勿論信用するわ。トーマがいなければアタシは死んでたかもしれないもの。」
フェリスの真っ直ぐな瞳を見て、トーマは決意する。
「ありがとう。まず前提としてだが、この世界には目には見えない存在っていうのはいるのか?」
「見えない存在...そうね、精霊種なんかは姿を隠す事が出来るわ。」
「なるほど、なら話は早い。俺の頭の中には、その精霊種のような存在がいるんだ。名前はARIAという。」
「え、どういうこと?トーマに精霊が憑依してるってこと?」
フェリスはトーマの言いたい事が分からず、困惑の表情を見せる。
「それに近いが少し違う。元々は俺が作り出したんだが、この世界に転移した時に俺の頭の中に住み着いたんだ。」
AIと精霊種が全くの別物であるとこは重々承知だが、トーマはフェリスの認識に合わせる事にした。
「トーマが作った...それって擬似生命体のようなもの?そういうのを作り出せる錬金術師がいるっていうのは聞いた事あるけど...」
「まぁ似たようなもんだ。ガトー達と戦った時、俺の身体能力が劇的に上がっただろ?あれはARIAが俺の脳のリミッターを解除して、人間の限界を越える力を出せるようにしてくれてたんだ。いきなり信じろっていうのも難しいかもしれないが...」
トーマは一気に説明する。
フェリスに自分自身を信じてもらう事を優先して、内容を理解してもらう事についてはどうでも良かった。
そんなトーマをまっすぐ見つめ、フェリスは応える。
「信じるわ。精霊種がどうとかって話は正直よく分かってないけど、トーマのことは信じる。つまり頭の中にもう1人の住人がいるって事よね?」
「まぁ簡単に言うとそうだな。これは他に誰も知らない事だから、秘密にしてもらえると助かる。」
「...分かったわ。」
フェリスは真剣ながらも、どこか嬉しそうな表情で頷く。
「そのARIAっていうのとは話せないの?」
「ARIA、どうなんだ?」
『現状では発声器官が無いため不可能です。ただこの世界の魔法を解析すれば、可能になるかも知れません。』
「なるほど...今の段階じゃ話すのは不可能らしいが、魔法的な技術を使えたら出来るかもってさ。でも俺の五感を共有してるから、彼女にフェリスの話はちゃんと聞こえてるぞ。」
「そっか。じゃあよろしくね、ARIA。」
(ちょっと待て、彼女って言ったけどARIAって女なのか?)
『プログラムである私に性別はありませんが、この音声パターンは女性と言っても良いかと思います。』
ARIAは自らを女性だと宣言した。
まるで、そうあって欲しいかのように。
ーーーーーーーーーー
達成感のような、虚しさのようなものを抱えて、フェリスは動かなくなったガトーを見下ろす。
ガトーは死の間際までせせら嗤っていた。
何が彼をそうさせたのか、ふと気になったが、今は意識を失ったトーマをなんとかしなければ。
トーマの状態を調べるが、そこまで血が流れているわけではないようで、今すぐ命に関わる状態ではない事に安堵する。
恐らく極度の疲労による気絶だろうと結論づける。
「戦えないって言ってたのに...十分強いじゃん。」
先程までの動きを見て、トーマの言動のチグハグさに疑問を抱くが、その答えは彼が回復してから聞く事にして、今は戦闘後の処理を優先させる。
爪をガントレットに収納し、ナイフでガトーの首を断つ。
(コイツにはみんな苦しめられたんだから、ちゃんと報告しないと...)
ガトーの着ていたダスターコートに首を包んで持ち、トーマを背負って野営地を後にする。
「...仲間って言っちゃった...」
フェリスは歩きながら、先程自分が発した言葉を思い出す。
「アタシのためにこんなにボロボロになって...」
しかしその表情は暗く、何か思いつめているようだ。
「最後まで逃げずにアタシを守ろうとしてた...」
久しく感じていなかった"信頼"という言葉が脳裏をよぎる。
「仲間に...なれたらなぁ...」
フェリスの声が震える。
「やっと信じられる人を見つけたのに...」
ーー涙がフェリスの頬を静かに伝う。




