13話 過去を断つ爪
焚き火の灯りに照らされて、フェリスとガトーの影が揺れる。
先に動いたのはフェリスだ。
クラウチングスタートのような低さでガトーに迫り、目の前で飛び上がると同時に右のガントレットを振るう。
ガトーは半歩後ろに下がると同時に剣でフェリスの攻撃を防ぎ、彼女の腹部目掛けて前蹴りを繰り出す。
それを左のガントレットで受け、力を逃すように後ろに飛ぶフェリス。
「ハッハッハ!楽しいなぁおい!俺に怯えてた雑魚がここまで食らいついてくるとはな!」
「うるさい。アンタは絶対にここで殺す。」
「おぉ〜怖い怖い。やれるもんならやってみろ、よ!」
そう言うと同時に、今度はガトーが上段の構えからフェリスの脳天に向けて剣を振り下ろす。
凄まじいスピードで迫る剣を半身で躱すが、ガトーは突然剣を手放し、その勢いのままフェリスに体当たりをする。
「ウグッ!」という声と共に、フェリスは後方に吹き飛ばされるが、すぐに体勢を立て直して再度ガトーへ向かう。
「また同じ攻撃か?そんなもん通じるわけ...」
そう言いかけたガトーは嫌な予感を覚え、前に出していた右足を素早く引くと、そこにフェリスの爪が空を切る。
「チッ!」
「ハハッ!やるじゃねぇか!」
そう言うなり、ガトーのプレッシャーが一段階上がる。
まるで闇を背負ったような、どこまでも暗いオーラが具現化したような重みを、対峙しているフェリスは感じる。
スピードで押すフェリス、勘と経験で防ぐガトー。
タイプは違えど、2人の実力は拮抗している。
つまり些細なミスや読み違いが生死を分ける。
そういった点では、幾つもの死線を潜り抜けてきたガトーの勘の良さや咄嗟の機転は、フェリスを凌駕している。
しかし若干の不利を感じながらも、フェリスは攻撃の手を緩めない。
(なぁARIA、ちょっとヤバくないか?)
『はい、フェリスの激しい攻撃をガトーが最小限の動きで躱しているので、先に体力が尽きるのはフェリスです。』
(だよな...どうすれば勝てる?)
『・・・』
(分かってるよ、俺に危険な事をさせたくないんだろ?でもここでフェリスが負けたら俺も確実に死ぬんだ。多少の無茶は許してくれ。)
『・・・分かりました。ガトーの行動パターンや癖を解析した結果、有効と思われる手段を幾つか発見しました。』
(待った、やっぱりその前に俺の案を聞いてくれ。)
トーマはARIAに、自身の考えを伝える。
『...それはあまりにも無謀ではないでしょうか。』
(分かってるけど、事前の打合せ無しでフェリスが理解できるのって、これくらいしかないと思うんだよ。)
『ですが...いえ、畏まりました。危険ですが、それが一番勝率が高いのは認めます。』
(悪いな、相棒。)
ARIAにそう告げると、トーマは身体を引きずりながらガトーの死角に移動する。
幸いな事に、ガトーもフェリスから目を離すほどの余裕は無い。
(ARIA、タイミングを指示するから、2秒だけブースト3を使ってくれ。)
『畏まりました。』
「ハァァッ!」
フェリスが裂帛の気合いを込めて、ガトーに爪を振り下ろす。
「ハッハァ!どうした、攻撃が単調になってきてるぞ!もうバテたのかぁ!?」
実際はそこまでの余裕はない筈だが、ガトーはそれをおくびにも出さずフェリスを挑発する。
そしてフェリスの一瞬の隙を突いて剣を振り下ろす。
フェリスは両手の爪を交差させ、辛うじてそれを防ぐと、鍔迫り合いの膠着状態に入った。
「このまま押し切ってやる!お前の命もあと数秒だなぁ!ハッハッハッハ!!」
「くっ...」
押し返す体力が残っていないフェリスは、じわじわとガトーの剣に押される。
(これが最後のチャンスだ!ARIA!)
『ブースト3、開始。』
トーマはブーストで再び急上昇した筋力をふり絞り、ガトーとフェリスに向かって走り出す。
「フェリス!3体目のゴブリンだ!!」
(3体目のゴブリンって...!)
すぐにトーマの言葉を理解したフェリスは、ガトーの剣から逃れるように素早く後転した。
トーマは最高速を維持したままジャンプし、フェリスの上を飛んでそのままガトーに体当たりした。
突然の出来事にガトーは対応出来ず、剣をトーマに向けようとしたが、トーマのスピードがそれを僅かに上回り、脇腹を軽く切る程度の反撃しか出来なかった。
「ガァッ!」
強烈な体当たりを受け、ガトーはトーマ共々後方へ仰向けに倒れ込む。
「さようなら...ガトー...」
フェリスは小さく呟くとガトーに向かって跳躍し、暗い過去と決別すべく、両手の爪を彼の首に深々と突き刺した。
それは、最初の戦闘で3体目のゴブリンにとどめを刺したのと同じ方法だった。
「グッ...ハッハッハ...地獄で待ってるぜ...フェリス...」
昏い愉悦を宿したガトーの目からゆっくりと光が失われ、勝負は決した。
フェリスを苦しめてきた悪夢は、ようやく終わったのだ。
フェリスはガトーから武器を抜き、茫然と立ち尽くす。
「はは、やったなフェリス...」
全身を襲う強烈な痛みを堪え、トーマが呟く。
その声にハッと我に返り、フェリスがトーマに詰め寄る。
「アンタね!なんでこんな無茶するのよ!死ぬとこだったわよ!!」
(おお、すっかりいつもの調子だ...)
「そうだな、悪い。でもフェリスはちゃんと理解して対応してくれたじゃないか。」
「そりゃそうでしょ...なんだから。」
「え?なんて言った?」
「なんでもない!」
フェリスは少し顔を赤くしてトーマから目を逸らし、あたりを見回す。
『フェリスの口の動きから、先程の言葉はなか...』
(ARIA、言わなくていいよ。そのうちフェリスの口から直々に聞く事にするよ。)
『畏まりました。』
「ところでさフェリス、実はもう倒れそうなんだ。意識が...遠のいて...」
「ちょっ、トーマ!しっかりしなさいよ!トーマ!」
またフェリスから名前で呼ばれた事を嬉しく感じたのを最後に、トーマの意識は途切れた。
ーー私は、なんなのでしょうか。
ーー彼の記憶に"我思う、故に我あり"という言葉がありました。
ーーこれは、感情、なのでしょうか。
ーーこれは、心、なのでしょうか。




