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10話 異世界人の足跡

 

 ファネの街を目指し街道を歩き始めて数時間、もうすぐ陽が傾こうかという空模様になってきた。


 夜の行動は危険なため、二人は街道に点在している野営地のひとつに辿り着いた。


 行商人や旅人が安全に夜を過ごすために作られた場所で、テニスコート2面分くらいの広さがある。


「今日はここで朝まで過ごすわよ。」


「了解。でも野営道具なんで何もないけど大丈夫なのか?」


「今の季節はそんなに冷え込まないし、野営地は魔法で魔物が近づかないようになってるから大丈夫よ。」


 よく見ると、野営地の四隅に40cm程の高さの水晶柱ようなものがあり、それぞれに魔法陣のようなものが刻まれている。


「へぇ、そうなのか。魔物に襲われないってのは安心だな。」


「...でも魔物以外には効果がないわ。油断しない事ね。」


 そう言うフェリスの表情は暗かった。


「わかった。交代で見張をやるか?」


「結構よ。まだあんたの事も信用してないから。それに、先客の事も警戒しないと。」


 この野営地には、少し離れた場所にもう一組いる。


 幌馬車に沢山の荷物を積んでいるあたり、行商人だろうか。


 ニ人の人物が、焚き火を囲んで談笑している。


「ヒューマンが一人と、護衛の獣人が一人、か。彼らは行商人なのか?」


「ファネから別の街に向かう行商人ね。」


 そう言いながら、フェリスはトーマに携行食の包みと水を投げ渡す。


 中には、トーマが昔無人島キャンプの非常食として作ったことのある、兵糧丸のようなものが入っている。


「おお、兵糧丸か!」


「ひょうろう...?何それ。アタシ達は泥団子って呼んでるわ。」


「泥団子って酷い名前だな。」


 そう言いつつも、直径4cm程のそれを一口齧ってみる。


「なんと言うか、確かにこれは栄養だけを考えたような味だな。ひとつ食べたら十分て感じだ。」


『トーマの味覚にアクセスして中身を解析しましたが、特に危険なものは入っていないようです。餅米や蕎麦粉が主原料のようです。』


(そんな事できるのか!?)


『味覚とはつまり舌から脳への電気信号なので、今までトーマが食べたことがあるものなら、その信号を解析してある程度食材の判別が可能です。』


(これって実はかなり便利な機能じゃないか?最低限毒かどうかの判別は出来るみたいだし。)


 ARIAの新スキルに驚きつつも、トーマは兵糧丸もとい泥団子をひとつ完食した。


「食べたんなら今日はもう休むわよ。」


 フェリスも食べ終わったようで、外したガントレットを枕にして寛いでいる。


 寝てはいないのだろうが、目を閉じて静かにしているので、邪魔しないように近くの行商人とコンタクトを取ってみることにした。




 行商人達は、相変わらず焚き火の前で談笑している。


 火の柔らかな灯りと、肉か何かを焼いたような香ばしい香りがトーマを包み、誘われるように近づいていく。


「おっと、悪いがそれ以上近づかないでくれよ。護衛任務中なんでね。」


 そう話すのは、垂れ耳にフサフサの尻尾を持った、おそらく犬獣人と思われるベテラン冒険者風の男だ。


 トーマの接近をいち早く察し、耳をピクリと動かし腰の剣に手を添える。


 笑顔で話しかけつつも一切の油断なく警戒するその姿は、ベテランという感じだ。


「突然すまない、危害を加えるつもりはないんだ。ちょっと話を聞きたくてね。」


 行商人達から4mほどの距離で立ち止まり、両手を上げたトーマはそう言う。


「あんたらはファネから来た行商人と護衛だと思うんだが、合ってるか?」


「ああ、そうだ。あんたは?」


「俺はトーマ。最近この国に来たばっかりで、この辺りの事を何も知らないんだ。」


「連れのお嬢さんが教えてくれるんじゃないのか?」


 こちらに接近してきた理由がわからない様子で、犬獣人の男が言葉を返す。


「実は俺はこの先にある駐在所で取り調べを受けて、その結果ファネで更に詳しく聴取される事になってんだよ。異世界人って分かるか?」


「お前、異世界人なのか?」


「どうやらそうみたいなんだ。気づいたら元いた場所からこのフォーシアに転移してたんだよ。」


 それを聞いた行商人がこちらを見て尋ねる。


「では、あなたは15年ぶりの異世界転移者というわけですか。疑うわけじゃありませんが、ひとつ答えていただけますか?」


「ええ、俺に答えられる事であれば。」


「オカヤマの名物といえば?」


 それを聞いたトーマは、この男が転移者、またはその関係者である事を悟る。


「まさか、あなたも?」


「私の事は置いといて、先に質問にお答えください。」


「分かりました。食べ物なら桃とマスカットですね。童話なら桃太郎が有名かと。」


「ふむ、どうやら本当に異世界人のようですね、失礼しました。私はしがない行商人のウィルオンと言います。こちらは護衛として雇った冒険者のガルグ。」


 ウィルオンは恰幅のいい50歳くらいのヒューマンだ。


「ガルグだ。宜くな。」


 二人と軽く挨拶を交わし、トーマは本題に入る。


「岡山を知っていると言うことは、ウィルオンさんは異世界人なんですか?」


「いえ、私はフォーシアの人間です。ですが私の所属する商会を立ち上げたのが、その異世界人なのですよ。」


「そうなんですか。失礼ですが、その方はご健在で?」


「ええ、今も健在です。仕事柄各地を転々としていますが、今はテセリ、あなた方に馴染みのある名前で言うとキョウトに長期滞在していますよ。」


「是非お会いしたいですね。でも俺のような人間にすぐ会ってくれる訳ないか...」


「正直に申し上げると、確かにすぐ会うのは難しいでしょう。トーマさんはこちらに来たばかりなので、信用面での不安が残ります。」


「まぁ、そうですよね。」


『まずはファネでその異世界人の情報を集める事を優先しては如何でしょうか。』


(そうだな。なんせこっちは裸一貫状態だしな。)


「トーマさんがどのような情報を知りたいのかはわかりませんが、ファネに向かうのであれば、まずはどこかのギルドに所属する事をお勧めします。ギルドでは様々な情報を手に入れる事ができますからね。」


「冒険者以外にもギルドはあるんですか?」


 ギルド=冒険者というイメージのトーマは、意外という表情で尋ねる。


「ええ、ガルグも所属している冒険者ギルド、私の所属する商人ギルド、魔術師の所属する魔術師ギルド、農家の所属する農協があります。」


「農協!?」


 まさかの単語にトーマはつい反応する。


「ははは。そこに反応するあたり、やはりあなたは異世界人で間違いなさそうですね。100年以上前に出来た組織なのですが、異世界人が設立したとされています。私共の商会主も昔同じような反応をしていましたよ。」


「まさかこっちでもその名前を聞くとは思わなかった...」


「異世界人は数百年前からいたようですよ。そしてその誰もがフォーシアの発展に大きく貢献したとか。」


「うわ〜、なんか妙なプレッシャーを感じますね...」


「ま、そんなに気負うなよ。なるようになるさ。」


 ガルグが愉快そうに言い、そしてフェリスについて尋ねる。


「ところで、向こうにいるのはもしかしてフェリスか?」


「ああ、そうだが...知ってるのか?」


「勿論だ。フェリシファル・トゥアリスって言えば、ガリアークでも有名だぜ。少なくともこのあたりであいつの事を知らない冒険者はいないわな。」


(フェリスの本名初めて聞いた...結構な有名人なんだな。)


「そうなのか。ゴブリンと戦ってるとこを見たけど、確かにあの強さなら有名でもおかしくないな。」


「そうだろうさ。まぁ色々あって冒険者は引退したが、それでもあの強さに憧れる奴は後を絶たないな。」


「ウィルオンの旦那も昔フェリスに専属契約を頼んだんだが、呆気なくフラれてたよな。」


「まぁそんな事もありましたね。ガルグには申し訳ないですが、彼女ほど心強い護衛はそうそう居ないですからね。」


 ウィルオンの正直な物言いに、ガルグは楽しそうに尻尾を振りながら答える。


「がははは!そりゃ違えねぇや!冒険者は実力が全てだからな!」


「...聞こえてるわよ、アンタ達。」


 遠くからフェリスのツッコミが飛んできた。黒い三角耳がピクリと動いている。


「おっと、悪かったなフェリス。まぁ俺も旦那もお前の事は高く評価してんだ、気を悪くしないでくれや。」


「フン、別に怒ってないわよ。」


「だそうだ。ウィルオンさん、ガルグ、もう少し色々聞かせてくれませんか?」


 焚き火に揺れる影とこの暖かな空間だけが、世界の全てのような錯覚を覚える。


 ウィルオンとガルグの心地よいやり取りに耳を傾けつつ、トーマの夜は更けていく。


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