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1話 その名はARIA


世界に背を向けるように、男は海を見ている。


目の前には焚き火の柔らかな灯り。


ゆらめく光に照らされる表情は、文明社会から解き放たれた満足感と、誰の邪魔も入らないこの場所に癒やしを感じている。


男の名前は鈴木透真【すずき とうま(トーマ)】

アウトドアが趣味の、28歳AIエンジニアである。


「はぁ、癒される...やっぱここは最高だな。」


彼が現在居るのは、瀬戸内海にある、東京ドーム程の大きさの無人島。


人工物は一切無く、スマホの電波も届かない。


人間関係や仕事のストレスから解放されるため、年に一度は新幹線とチャーター船を駆使して、ここでキャンプをしている。


他人との関わりを避けて生きるトーマにとって、ここは他人には知られたくない、彼だけの聖地だ。


(あと3ヶ月以内にはテストを終わらせて製品化だもんな。人使いが荒すぎるんだよあのクライアント。はぁ...)


トーマが現在開発しているのは、メガネやゴーグルに組み込んで、視界にさまざまな情報を表示させる、拡張現実型人工知能「Augmented Reality Artificial Intelligence」通称A.R.A.I.(エーアールエーアイ)である。


早い話、ド⚪︎ゴンボールのスカウターのようなものだとトーマは認識している。


折角の癒しの時間ではあるが、文明に戻れば締切が迫ってくるとわかっているので、今回のキャンプにも試作品のデバイスを携帯している。


「電波ないから内臓データだけの検証になるけど、とりあえず使ってみるか」


まだ未完成でビジュアルもゴテゴテしているそのゴーグル型デバイスを装着し、電源を入れる。


『ーーデバイス起動完了。全システム異常なし。』


耳元のスピーカーから、機械的な女性の声が響く。


「OK、とりあえず起動は問題なし、と。」


正常に起動した事にとりあえずの安堵を見せるトーマだが、問題はここからである。


ゴーグルについたカメラを通して得た情報をA.R.A.I.が適切に処理し、正しい情報を視界にアウトプット出来なければ意味がない。


トーマは目の前にある焚き火に目をつけた。


鬱蒼と茂る森を背にし、眼前には静かに波音を立てる夕暮れの海が見えるこの場所での焚き火は、トーマが何よりも大切にしているもののひとつだ。


「まずは目の前のこれだな。A.R.A.I.、これの情報を提示してくれ。」


『了解しました。・・・これは焚き火です。木の枝や薪を主な燃料として燃やし、暖をとったり調理をするために用います。火には1/fゆらぎという、規則性と不規則性が調和した心地よいゆらぎがあり、人はこれを心地良いと感じます。』


耳元のスピーカーからそんな声を聞きつつ、ゴーグルに表示された1/fゆらぎや焚き火の画像をチェックする。


「問題無さそうだな。話し方もだいぶスムーズだし、提示する情報も正確だ。A.R.A.I、火について教えてくれ。」


『畏まりました。火とは、紙や木など可燃性の物質が熱を帯びる事によって発生する可燃性ガスが酸素と結びつき、熱や光を発生させている現象のことで、この現象が続いている状態を燃焼と言います。』


「ほうほう。」


『火の三要素というものがあり、可燃物・熱源・酸素、この3つが揃わないと火という現象は起こりません。目の前の焚き火を例に挙げると、燃料である薪を隙間なく詰めてしまうと、薪の間に酸素が行き渡らず、火は消えてしまいます。また雨で焚き火の熱源が奪われても同様に火は消えます。焚き火で効率よく燃焼を促すには、薪を井桁型やティピー型、差し掛け型などの...』


「ストップストップ!もう十分です!」


(やっぱ予め学習させた内容が俺の趣味関連ばっかりだからかな、なんか詳しすぎる気がする。子は親に似るって言うけど、A.R.A.I.も開発者の俺に似たって事か?)


そんな事を考えながら、トーマは更に検証を進める。


そしてふと、システムの名前について考える。


「よし、今回はこんなもんかな。ところでA.R.A.I.って呼びにくいな。なんか名前つけても良い?」


『はい、お好きなように呼んでください。』


システムは無機質に言葉を返す。


「ARAI…だと苗字みたいだしな。よし、ARIAアリアにしよう、これからはARIAと呼ぶよ。」


『・・・・・・』


(あれ、反応しない?)


その時、デバイス越しの視界が歪み、スピーカーからは酷く不快なノイズが走る。


なんとなくだが、ノイズに紛れて『ふふ...悪くないですね...』と聞こえたような気がした。




ーーそしてその瞬間から、トーマの未来は大きく変わる事となる。




「うわっ、なんだこれ!?故障か!?」


しかしそれは一瞬の出来事で、どうやら今は何ともないようだ。


ただ次の瞬間、トーマは自分の耳を疑う。


『畏まりました。これからはARIAと名乗ります。』


「なっ...!」


トーマが驚いたのはARIAの発した言葉の内容にではない。


聞こえてきた場所にだ。


「これ、明らかに耳じゃなくて脳内で響いてる感じするんですけど!」


先程まではデバイスのスピーカーから聞こえていた筈の無機質な女性の声が、今は頭の中で響いている。


声質も僅かに硬さが取れて、聞きやすくなったように感じる。


『はい。どうやら原因不明の事態に見舞われ、私の全機能はマスターの脳内に移行されたようです。』


「・・・・。どゆこと?」


人生で1番間抜けな顔をしてるだろうな、という心の声を無視し、トーマはARIAの言葉を待つ。


『どうやら原因不明の事態に見舞われ、私の...』


「それはもう聞いたから大丈夫ですぅぅ!そうじゃなくてさ、なんで頭ん中で声がするわけ!?」


『原因の特定は現状で学習しているデータ量では不可能です。』


「まぁ、そうだよなぁ。なんせアウトドアと言語学、化学、医療、生物、一般教養あたりしかラーニングさせてなかったもんな。」


『但し、こういった状況にはデータベース内に同様の記録があります。異世界転移です。』


「ああぁぁ〜異世界モノも学習させてたわ!なんか恥ずかしいからやめて!」


ARIAの飛躍した言葉の影には、トーマが愛してやまない異世界小説の知識を学習させたという原因がある。


トーマはアウトドアと同じくらい異世界小説が好きで、今まで読んだ作品は数百に上る。


ユニークスキル持ちのスライムが活躍する物語や、異世界でかつての仲間を探すガイコツの話、田舎貴族の長男に転生して世界を旅する元ニートの話など、有名な作品からマイナーな作品まで、とにかく色々なものを読み漁っていた。


アウトドアだけでなく異世界小説好きなところまで開発者に似たとすれば、ARIAは相当な変わりものになってしまうだろうと、トーマは静かに後悔する。


『それが現状で最も可能性が高いと思われる結論ですが、確定するには更にデータを集める必要があります。一度周辺の状況を確認されては如何でしょうか?』


「まぁ、そうだよな。まずはそこから始めないとな。STOPの法則ってやつだ。」


『STOPの法則。S:Stop、まずは全ての行動をやめる。T:Think、冷静になって自身の置かれた状況を把握する。O:Observe、周囲の状況や自身の状態、利用できる資源などを観察して情報を集める。P:Plan、観察した結果を踏まえて行動計画を練り、実行に移す。』


「サバイバルオタクめ!まぁその通りだよ。緊急時に最も避けるべきは冷静さを欠いた行動だからな。まずは落ち着いて状況把握に努めよう。」


トンデモ発言から急にまともな事を言い出したARIAに同意し、トーマは自分が今どんな状況に置かれているのかを理解するため、情報収集を開始する。


「まずはこの場所だな。・・・テントが消えてる。荷物も全部無い。まじか、あのテント限定生産品なのに...。変わらずあるのは焚き火だけか。背後の森も植生が変わっているっぽいし、なんか聞いた事ない鳴き声が聞こえる。」


『この鳴き声を持つ生物、データベース内に該当なし。』


(該当なし、か。だとすれば未発見の生物ってことになるのか?瀬戸内海の無人島で?いやいや、ないない。)


「今から海岸に沿って歩くから、周囲の状況の保存を頼む。何か違和感があったら教えてくれ。」


『ご安心ください。現在、すべての情報を記録・処理しています。』


「オッケー、じゃあ探索開始だな。」


トーマは謎に包まれたこの世界で、最初の一歩を踏み出した。


初めての作品です!

沢山の人に読んでもらえたら嬉しいです!


ブラックな労働環境なので更新頻度は遅いですが、どうぞよろしくお願いします!

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