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5 助けて、加藤くん


 うー、うー……


 低い、獣の唸り声みたいなものが聞こえる。

 自分が浅い眠りの中にいるのが分かる。

 あー、今日の部活、基礎トレがきつかったからな。うっかり寝ちゃったよ。

 浅い夢の中でぼんやりとそんなことを考える。


 うー、うー……


 ああ、それにしてもうるさいな。何が唸ってんだよ。

 この音、まるで携帯のバイブ音みたいだよな。

 昔、大会の日の朝に寝坊したとき、顧問から鬼電が入って、携帯がずっと鳴っててさ。

 それがちょうどこんな感じの音。


 ……。


 これ、携帯が鳴ってねえ?


 俺の携帯じゃね?


 そこでようやくまどろみから覚めた。

 跳ね起きて、机の上の目覚まし時計を反射的に見ると、夜の十時過ぎ。

 夕飯の後、部屋のベッドに寝転んで雑誌を読んでいるうちに、ついウトウトしてしまったらしい。

 口許のよだれを拭いて、いまだにバイブ音を響かせているスマホを手に取る。

 電話かよ。

 よっぽどの緊急事態でもなければ、みんな大概のことはメッセージアプリで済ますのに。

 電話とは、ただ事じゃねえな。なんだなんだ。

 梶川か。井口か。まさか大橋先輩か。

 スマホの画面を見て、俺は息を呑んだ。


 『厳島 可織』


 画面には、着信中の文字とともにその名前が躍っていた。

 マジか。

 マジかマジかマジか。

 心の中で、大橋先輩みたいに「マジ」を連発してしまった。

 意味もなく三回咳払いする。

 うたた寝してしまったせいで、口の中がにちゃにちゃしている。

 これはいかん。机の上のウーロン茶のペットボトルを手にとって一口飲む。

 これでいけるか?

 いけるいける! 俺の心の中の悪魔が言う。

 だめです、もう一口飲んでおきなさい! 俺の心の中の天使が言う。

 俺はウーロン茶をもう一口飲む。これで心の中の天使もにっこりだ。

 スマホにもう一度目を落とす。

 間違いない。『厳島 可織』。

 厳島が俺に電話をかけてきている。

 そのとき、電流のように一瞬だけ違和感がよぎった。

 ……あれ?

 だが、その正体を確かめる心の余裕は(そして時間の余裕も)俺にはなかった。

 ああ、何してんだ、俺。まだ寝ぼけてんのか。

 とにかく出ないと。切れちゃう切れちゃう。

 厳島が俺に電話して来てくれてんだぞ。千載一遇のチャンスだぞ!

 何のチャンスかは分からないが、俺はスマホの受信アイコンを素早くスワイプする。

 汗で画面が、ぎにゅって音を立てる。

 一瞬の間をおいて、電話は繋がった。

 俺の耳にすぐに飛び込んできたのは、がさがさという背後のノイズ。

 これは外だ。

 すぐに分かった。風が吹いている音だ。こんな時間に、厳島はまだ外にいるのか。

「……もしもし」

 俺は言った。

「……加藤くん?」

 電話の向こうで、厳島の声がした。

 普段直接耳にするのとは違う、スマホ越しの声。

 俺の胸は高まった。

 厳島本人だ!

 誰かがいたずらで厳島の携帯から電話してきてる、とかじゃない!

 そんないたずらをしそうな奴が、梶川を筆頭に二、三人思い浮かんでいたのだが、全員の顔に墨でバツを付ける。こいつらからの電話じゃない!

「おう、厳島。こんな時間にどした?」

 俺は極力何もない風を装ってそう言った。

 口の中の舌離れがよく、俺は天使に感謝する。

 悪魔の言うことを聞いていたら、きっと「こんな時間に」の辺りで一回は、にちゃっとしたはずだ。

 しかし、次の厳島の言葉に耳を疑った。

「加藤くんなんだよね?」

 ……ん?

 厳島、俺に電話してきたんじゃないの?

「そうだよ、加藤くんだよ」

 おどけた感じでそう返してみる。

 はあっ、と電話の向こうで息を吐く音が聞こえた。

 胸にずっと詰まっていた息をようやく吐き出せた、というような息の吐き方。

 まるで厳島に直接息を吹きかけられたような、くすぐったい感じがして、俺は思わずスマホを耳から離す。

「よかった」

 吐き出した息とともに、厳島はそう言った。

「ん?」

 俺の胸にざわりと不吉な予感が広がる。

「どうした、厳島。お前、なんか……」

「助けて、加藤くん」

 助けて。

 聞き間違いじゃない。

 厳島は、確かにそう言った。

「私、学校にいる。ここから帰れなくなってる」

「え、それってどういう」

 そう言いかけたとき、電話の向こうのノイズが不意に途切れた。

「おい、厳島」

 慌てて呼びかけるが、もう反応はなかった。

 スマホの画面を見ると、すでに通話は終わっていた。




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