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4 おい、声でけえよ


 夕焼けの中を、杉村と並んで歩く。

 もう少し秋が深まったら、もうこの時間には真っ暗になってしまうだろう。

 大通りを歩けば家までもっと近いけど、あっちは歩道が狭い。自転車を押して、二人で並んで歩くのは無理だ。それじゃ一緒に帰る意味がないわけで。

 だからちょっと遠回りだけどこの、昔は川だったっていう遊歩道を歩く。車も来ないし、この時間は人も少ない。

「加藤、次の大会っていつ?」

 俺の隣をぶらぶらと歩きながら、杉村がそう尋ねてくる。

「来月の頭。杉村は?」

「私は今月末」

「おお、近いな。試合出られそうなのか」

「うん、三年生も引退したしね。加藤は?」

「俺ら陸上部は、レギュラーとかねえからさ。成績はともかく、大会には全員出るんだよ」

「そっか。そういうところは陸上部っていいな」

「だろ?」

「でも、入賞狙ってるんだろ?」

「まあな」

 そんなことを、とりとめもなく話す。

 杉村はうちの学校の硬式テニス部に入りたくて入学してきた人間だ。

 ここのテニス部はそれだけ強いのだが、杉村は三年生が引退する前から早くも補欠メンバーに名前が挙がっていたくらいの実力がある。

「飯尾先輩、うまいんだけど無口でさあ。何考えてるのかよく分かんないんだよねー」

 杉村のダブルスでペアを組んでいる先輩の話を聞いているうちに、俺は厳島のことを思い出した。

 うちのクラスで杉村のペアって言ったら厳島だからな。

「そういえば厳島、元気になったのかなあ」

「ああ、可織ね」

 杉村も少し顔を曇らせる。

「今日ちょっと変だったよね」

「な」

 今日の厳島を思い出して、二人とも何となく無言になる。

「何かあったのかなあ。今までこんなことなかったよな」

 俺が言うと杉村は、んー、と唸るような声を出した。

「でも、今日だけじゃないよね」

「え?」

「可織、たまにふっと遠くに行っちゃうことがある」

「遠くにって」

「あ、言っとくけど、本当に遠くに行くわけじゃないからね」

「分かってるよ。心ここにあらず、みたいになるってことだろ」

「おー、加藤にしては的確」

「バカにしてんのか」

「してるよ」

 俺が「きい」となりかけたところで、「でもまあ」と杉村は声のトーンを変えた。

「可織も何か抱えてることがあるのかもね」

「何かって?」

「それが分かれば力になってあげられるのかもしれないけど」

 杉村は小さくため息をつく。

「最後のところに、可織、壁があるから」

「そうなのか」

 杉村にしては意外な言葉だった。壁があったら、ハンマーを持ち出してきそうなタイプなのに。

「杉村でも越えられない壁か」

「まだ、ちょっとね。あと少し時間が必要かな」

 杉村は言った。

「色んなものに気を使ってるのかもしれない。あんなに大人で優しい子、会ったことないもん」

「そうだな」

 それには同意する。あんなに穏やかに何でも受け入れてくれる女子には、今まで会ったことがない。俺が厳島のことを好きな理由の一つでもある。

 もちろん、それだけが理由じゃないけどね。

「今日もバレー部の練習には行ったみたいだけど」

「体調悪いんじゃなかったのか」

「やっぱり、どっちかっていうとメンタルの方だったんじゃないかな」

「そうか」

 ああ見えて、厳島はバレー部員なのだ。

 穏やかな厳島が、体育館で凛とした声を出して躍動している姿は、それはそれですごくいい。

 何というか、ギャップが。

 可愛いんだよなあ。

「加藤、キモ。変な顔してる」

「お前、あんま軽々しく人にキモとか言うんじゃねえよ。傷つくだろ」

「じゃあその顔にふさわしい形容詞、教えてよ」

「しゅっとしてる、とか」

「しゅっとしてから言えよ」

 ちっ、と舌打ちして二人で睨み合った後、俺は咳払いして「まあ厳島も」と言う。

「部活で思いっきり汗かいて、気分が変わるといいな」

 うちのバレー部は決して強豪ではないが、練習は結構ハードらしい。

 厳島も体育館で飛んだり跳ねたりしてるうちに、心配事がなくなるといいんだけど。

「そうだね。明日には元気になってるといいな」

 杉村が頷く。

 そろそろ、こいつと別れる場所だった。

 だが、逸れるはずの脇道に差し掛かっても、杉村はそのまま俺の隣をついてきた。

「お前、そっちの道だろ」

 自転車を押しながら顎で脇道を指すと、杉村は、こいつにしては珍しく、「あ」と「う」の中間くらいの変な声を出した。

「どうした、メガネウラの羽音みたいな声出して。ご先祖でも乗り移ったのか」

「何で私の先祖が巨大トンボなんだよ」

 杉村は俺を睨んだ後で、少し赤い顔で、「あのさ」と言った。

「梶川くんってさ。彼女とかいるのかな」

「へえ?」

 思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「梶川?」

 杉村は、夕焼けの中でもはっきりとそれとわかるくらいに真っ赤な顔をしていた。

「やめろ、こっち見るな」

 片手で自分の顔を押さえて、もう片方の手で俺の視線を遮ろうとする。

「やっぱりいい。忘れて。何でもない」

「いや、何でもなくねえだろ」

 なんだ、こいつ。おもろっ。

「梶川か」

「何でもないってば」

 杉村が両手を振る。おもろっ。

 本当なら、もっとからかいたいところだったが、杉村があんまり恥ずかしそうにしているので、さすがにかわいそうになった。

 っていうか、恥ずかしそうにしている杉村は、なんだかすごく女の子していて可愛かった。

 はっ、これもまたギャップ萌えっていうやつか。

 もしかして俺は、ギャップに弱い男なのか。

「梶川、彼女いないぜ」

「え」

 杉村が、手で顔半分を隠して、俺を見上げる。

「噓だ」

「いや、いないって」

 梶川には、やばい元カノはいるけど(そしてそれは俺も今日聞いた)、今付き合ってる子はいない。

 教室でも部活でも毎日話してる俺が言うんだから、間違いない。と思う。

 同じ中学の井口もそう言ってたから、大丈夫だろう。

「噓だ。あんなにかっこいいのに」

 杉村は、ふるふると首を振る。

「騙されないからな」

「彼女がいた方がいいのかよ」

「い、いるなら諦めがつくじゃんかよ」

 何だ、その健気な発言。

 不覚にも、ちょっとどきりとしてしまう。杉村なんぞに。

 くそ、梶川のやつ、見る目あるじゃん。

「いないって言ってんだろ。いたら、絶対そういう話するタイプだもん、あいつ」

 なんせ、元カノに刃物ちらつかされた話をあっけらかんとするやつだからな。

「そ、そうなんだ」

 杉村は赤い顔のままでぎこちなく頷く。

 そうか、そうか、と口の中で呟いた後、杉村は、

「それが知りたかっただけだから」

 と急に機械みたいにぎくしゃくと回れ右をする。

「じゃあね。また明日」

「あ、そうだ。待て待て」

 俺は杉村を呼び止めた。

 ちょうどよかった。すごいタイミングじゃねえか。

 さっき梶川に言われたことを伝えてやったら、絶対喜ぶだろ。

「今度さ、梶川と一緒に遊びに行かね?」

「ええっ!!」

 杉村は、ちょっと近所迷惑なくらいの大声を出した。

「おい、声でけえよ」

「だ、だって」

 杉村はなぜか涙目で後ずさる。

「変なやつが急に変なこと言うから」

 誰が変なやつだ。

「梶川がお前と遊びに行ってみたいって言ってたんだよ」

「ええっ!!」

「だからうるせえって」

「いや、だって、ええっ!!」

 だめだ、会話にならねえ。

「みんな部活がない日にさ。俺と梶川と、杉村とそれから」

 ここ。そう、ここが最も大事。

「厳島と。四人で遊びに行こうぜ」

「可織?」

 杉村がその名前に反応する。

「可織、来てくれるかな」

「そこはがんばってください」

 俺は工事中の看板くらいの深さのお辞儀をした。

「……あ、そういうこと」

 納得したらしい杉村が、俺の肩を思い切り叩いた。痛い。

「あんた策士だね、加藤! 私にかこつけて、可織と一緒に遊ぼうなんて!」

「なんだよ、嫌ならいいんだぜ」

「嫌なわけないでしょ」

 杉村はすごいテンションで俺の肩をばしばしと叩く。痛い痛い痛い。

「一緒に幸せになろうね、加藤」

 梶川と同じこと言ってやがる。

 っていうか、俺の気持ち、杉村にもバレてたの?

 厳島本人にばれてないのかと心配になるレベルで、周りにバレまくってるんですけど。

「じゃあ俺は梶川に話つけるからさ、お前は厳島に話つけろよ。全員の都合がいい日ってなかなかないだろうから、早めに決めとこうぜ」

「うん、そうだね」

 杉村は素直に頷く。

「がんばろうね、加藤」

「おう」

 すごいテンションのままの杉村が両手をぶんぶんと振りながら脇道に消えるのを見送ってから、俺は自転車に跨った。

 うし。それじゃあ帰りますか。

 一仕事終えた感じで、屋根の連なりの向こうに微かに残る夕焼けの赤色を頼りに自転車をこぐ。

 あーあ。

 明日は厳島、元気になってるといいなぁ。

 そんなことを考えながら、キコキコキコキコ。

 四人で、どこに行こうかなあ。厳島も来てくれるといいなあ。

 呑気に鼻歌を歌いながら。

 この時の俺はもちろん、これから起こるとんでもない事態について、全く予想もしていなかったわけだ。




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