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閉ざされた夜の校舎、君と二人きりで  作者: やまだのぼる@アルマーク4巻9/25発売!


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27 行き先は決まっていた


 暗闇。


 飛び散った光が一瞬にして視界を遮ったと思ったら、俺はまた闇の中にいた。

 後ろから力いっぱい抱き締めたはずの厳島の姿はない。

 と思った次の瞬間、視界が開けた。

 窓から、夕焼けの光が差し込んでくる。その眩しさに、思わず目を細める。

 またあの黄昏の時間に戻されたのかと思ったが、違った。窓から見える景色が、俺にもはっきりと見覚えがあったからだ。

 ここは、俺たちの通う蒼神高校。俺が今いるのは、部室棟の二階の廊下だ。

 ……なんで、こんなところに。

 窓から下を見た俺は、思わず声を上げた。

 そこに、もう一人の俺がいたからだ。

 もう一人の俺は制服姿で、自転車に跨って今にも漕ぎだそうとしていた。ちょうど部活が終わって家に帰るところみたいだ。

 何だ、これ。

 俺は部室棟の二階から、地上の俺を見下ろしている。

 シュールな絵面だった。

 戸惑う俺の隣に、誰かが立った。

 そいつも俺と同じように、窓から乗り出すようにして下を見る。

「……厳島」

 それは厳島だった。部活を終えて帰ってきたところのようで、まだ練習着のまま、首からかけたタオルで汗を拭きながら、自転車に跨る俺を見下ろしている。

 と、厳島が窓に手を掛けた。優しい笑顔をしていた。

 窓を開けて、

「加藤く……」

 と呼びかけようとした時だった。

「加藤、待て加藤!」

 それは杉村の声だった。自転車の俺が、めんどくさそうに振り返る。

「何だよ、杉村」

 テニスラケットのバッグを背負った杉村が、両手をぶんぶんと振っていた。

「一緒に帰ろうぜ」

「ええ? 別にいいけどさ。お前んち、すぐそこじゃん」

「いいじゃんか、同じ中学同士でたまにはさ」

 あ、これ、今日だぞ。

 そこまで聞いて、ようやく俺は気付いた。これは今日の夕方、帰り際に俺と杉村が実際にした会話だ。

 俺が自転車を押し、その隣を杉村が歩き、二人はゆっくりと遠ざかっていく。

 そこまで見届けてから、厳島は静かに部室棟の窓を閉めた。さっきまでの笑顔から一変、唇を噛んで寂しそうな顔をしていた。そのまま厳島は何も言わず、バレー部の部室の方へと歩き去っていく。

 そのときまるで何かを感じたかのように、自転車を押していた地上の俺が振り返って窓を見上げた。だけどもうそこに厳島の姿はない。

「どうした、忘れ物か?」

「いや。何でもねえよ」

 俺はまだ窓際に立っているのだが、地上の俺の目には見えていないようだった。そのまま、何事もなかったかのように杉村と去っていく。

 ぴしり、とどこかで何かにひびが入ったような音がした。


 次の瞬間、俺の身体は、ぐん、と世界から遠ざかった。

 暗転。

 再び俺は、闇の中に放り出された。冷たく、澱んだ空気に満ちた場所だった。

 ここがどこなのか、すぐに分かった。

 目が暗さに慣れると、窓から差し込む月明かりで、もうすっかり見慣れてしまった景色が浮かび上がった。


 教室。


 俺はまた帰ってきていた。

 奇妙な力で閉じ込められた、夜の学校。厳島と二人で逃げ込んだ一年三組の教室に、たった一人で。

 だけど、俺はもう困惑したりはしなかった。だって、やるべきことが見えていたから。

 深呼吸して、心を落ち着ける。それから、自分の頭の中を整理した。

 今までのことを一つ一つ思い出し、じっくりと考えた。そして、俺の頭の中に出来上がったのは、ひどく現実離れした結論だった。そんなバカな、と笑う自分も頭の中にいたが、それをはっきりと否定してくれる材料も見付からなかった。言い方を変えれば、辻褄が合ったのだ。

 その通りであってほしいとは思わなかった。むしろ、全然見当違いであってくれたらいいのに、と思った。だから、もしも別の結論が思いつけば、俺は喜んでそれに飛びついただろう。

 でも、そうはならなかった。俺の限界はここだった。

 だからこの結論に従って動くことを決めた。

 今夜、この学校で起きたことは、全部。


 厳島の、一人芝居だった。


 一人芝居、という言い方が適切かどうか、俺には分からない。でも俺の乏しいボキャブラリーではそう表現するしかなかった。

 今夜、この学校には、最初からずっと俺と厳島の二人しかいなかった。

 校庭で追いかけてきた、謎の黒い影も。

 音楽室に座っていた黒い影も。

 俺と一緒にこの教室に逃げ込んで、すぐそこの席に座って俺を見ていたあの少女も。


 その全員が、厳島だったんだ。


 ポケットを探る。

 冷たい金属の手触り。スマホはそこにあった。

 そっと取り出してみる。

 この学校の中では役には立たないスマホ。だけど、ここから出てる目には見えない電波が、俺たちが戻るべき日常に繋がっているような気はする。

 だから、今なら分かる。

 厳島。お前は、中学時代のあの日、お前に絶望を運んできたスマホで。

 今度は俺に助けを求めてきたんだな。

 それなら、助けに行くしかないじゃねえか。

 白馬の王子様にしては、だいぶ薄汚れてますけどね。

 俺の心の中の天使が言う。

 ヒーローにしちゃ馬力が足りねえしな。

 俺の心の中の悪魔もそう言って天使に同意した。

 お前ら、最近仲いいな。

 心の中の二人にそう言ってから、もう一度、深呼吸する。

 そう、お前らの言う通り。

 どうかっこつけたって、俺は俺だ。立派な大学生にはなれねえし、車の運転だってできねえ。手から変な光線も出ねえし、神から授かった光り輝く鎧も装着できねえ。

 だから、俺のままで助けに行く。

 だって、厳島が呼んだのは、他の誰でもない俺なんだから。

 助けを呼ぶ厳島の電話に出たのは、この世界で俺一人だけなんだから。

 俺はスマホを操作して、確認した。

 一番最初に覚えた違和感。その正体がはっきりとした。それで、覚悟を決めた。

 教室を出ると、俺は迷うことなく、暗い廊下を歩いた。

 階段を下りる。行き先は決まっていた。

 玄関前の廊下。入学式の日、クラス表の貼りだされていた場所。

「やっぱり、ここにいたのか」

 俺の声に、彼女は振り向いた。制服のスカートが揺れる。

「加藤くん」

 厳島は俺を見て、悲しそうに微笑んだ。




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