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閉ざされた夜の校舎、君と二人きりで  作者: やまだのぼる@アルマーク4巻9/25発売!


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18 その子さ、実は


 俺は階段を駆け上がる。

 上だ。厳島の声が聞こえたのは、3階か4階。

 だけど、教室のちょうど真上からじゃなかった。だから、はっきりとした場所までは分からない。

 どこだ。でも、どこにいたって見付けてみせるからな、厳島。

 三階。

 階段を上り終え、廊下に出る。二階と同じ、無機質な薄暗い廊下が伸びている。

 奥まで目を凝らしてみたけど、見通せる限りのところに厳島の姿はない。

 念のため、非常灯の緑色の光に照らされたフロア案内図に目をやる。

 地元民の俺は、たいていの教室の場所は入学前に把握していたから、案内図なんてちゃんと見るのはこれが初めてかも知れない。

 だけどやっぱり、見るまでもなかった。

 三階は普通の教室ばかりだ。

 廊下の両側に、二年と三年の教室が並んでいるだけだ。

 ここじゃないな。

 厳島がいるのは、この階じゃない。

 静まり返っている廊下。言葉ではうまく言えないけど、厳島はここにはいない気がする。

 多分、上だ。

 俺が階段に戻ろうとした時だった。

 不意に、人の声が聞こえた。

「えっ」

 思わず廊下を振り返る。

 ざわめきのような、はっきりとしないくぐもった声が、暗い廊下のずっと奥から聞こえてくる。

 話している人間の姿は見えない。だけど、それは確かに人の声だ。それも複数の。

 ざわざわとしていて、意味の取れる言葉としては聞こえない。それでも、向こうで人が喋っているんだということは分かる。

 俺たちのほかにも、まだ誰かいたのか。

 意外な気持ちだった。

 さっきまで、この校舎に俺と厳島以外の誰かがいる気配は全く感じなかったのに。

 それはまるで、ノイズのようなざわめきだった。

 何を言っているかは分からないけど、声の感じに緊迫感がないことは分かる。なにせ、ところどころで笑い声まで聞こえてくるからだ。

 ……ここは、慎重にいこう。

 何かの手がかりになるかもしれない。

 俺は、静かに廊下を歩いた。両側に並ぶ二年と三年の教室の前を、耳を澄ませながらゆっくりと通り過ぎる。

 だが、どの教室も静まり返っていた。

 この教室からじゃない。ここでもない。ここも違う。そうやってとうとう、廊下の端まで来てしまった。

 そこにあるのは、非常階段へ通じる扉。声は、その扉の向こうから聞こえてきていた。

 ……外かよ。

 こんなに近付いたというのに、相変わらずその声は何を言っているのか分からなかった。

「……って」

「……が」

「……して」

 そんな、意味の取れない断片だけが微かに聞き取れる。

 女の声だ。

 それだけは分かった。何人かの女が話している。でも、どれも厳島の声じゃない気がする。

 息を深く吸う。

 怖い。

 この扉を開ければ、得体の知れない声の主とご対面することになる。それが俺たちみたいにこの校舎に迷い込んだ普通の人間だったらいいが、あのナイフを持った人影みたいな化け物の可能性だって十分ある。

 いや、そっちの可能性の方が高いと思っている。

 だって、こんなに近付いても何を言ってるか分からないって、明らかにおかしい。何か奇妙な力が働いていると考えたほうが自然なんじゃないだろうか。

 といっても、ここでずっとぶるぶる震えてるわけにはいかない。

 この校舎のどこかで、厳島が助けを待っているとしたら、俺はこんなところでもたもたしてはいられない。

 厳島に繋がる何かかもしれない。少しでも手がかりになりそうなことは、きちんと確かめないと。

 ビビるな、加藤智之。勇気を出せ。

 自分のほっぺたを両手で叩く。

 ぴしゃ、と思ったより大きな音が出た。あ、やべ、と思ったが、扉の向こうからはその音に反応することもなく声が聞こえ続けていた。

 よし。

 がちゃり。ドアの鍵を外す。

 ええい!

 ノブを捻って、思い切って扉を押し開けた。夜の湿った空気が、風になって吹き込んでくる。それに思わず瞬きしてから、俺は声の主を探した。……が。

「……なんだ、これ」

 思わず、間の抜けた声を上げてしまった。

 そこはやはり、非常階段の踊り場だった。乳白色のコンクリートで固められた、無機質で殺風景な場所。

 予想に反して、そこには誰もいなかった。だけど、階段の手すりに、奇妙なものがくくり付けられていた。

 ボイスレコーダーだ。

 ちょうど片手で握れる程度の細い小型のボイスレコーダーが、手すりに黒い紐でくくり付けられて、まるでミノムシみたいにぶらぶらと揺れていた。

 さっきから聞こえていた声は、そこから発されていた。

「なんだよ、もう」

 拍子抜けして、思わず息を吐き出す。

「誰だよ、こんな……」

 ボイスレコーダーからは、絶え間なく声が流れ続けていた。

 俺の耳を覆っていた見えない膜が剥げたかのように、その声は鮮明になっていた。今ではもう、何を喋っているのかはっきりと聞き取ることができた。

「一年生の、ほら、あの子」

「ああ、分かる。三組の子でしょ?」

「えー、なになに?」

「梶川くんだっけ。すらっとしたかっこいい子」

「かっこいいよねー」

「ばっか。そっちじゃねえよ」

「なになに。何の話?」

「あの子のほかに、誰か目ぼしい子いたっけ」

「だから男の話は今してねえんだってば」

 複数の女子の声。全然気取らない口調で、四人か五人くらいのグループが喋っている。

 話の感じからして一年生じゃない。きっと上級生だろう。ここは、二年生と三年生の教室のある階だから。

「じゃあ何の話してたの? 女子とかどうでもいいじゃん」

「どうでもいいんなら黙ってろって。こいつはほっといていいから、私に教えて」

「一年の女子で一人だけ、春野山から来てる子がいるんだよ」

「春野山? 遠っ!」

「毎朝、何時起きだよ」

「え、でも二組のタエちゃんって子なんか、県外から来てるんだよ。そっちの方がヤバくない?」

「今は、タエの話はいいんだよ。で、その子がどうかしたの? 家が遠いってだけ?」

「違う違う。どうしてその子がわざわざ春野山なんかから来てるのかっていうとさ。私、向こうに知り合いいるから聞いたんだけど」

「うんうん」

「その子さ、実はちゅうが」

 そこで突然音声は途切れ、ザザザザザ、というノイズに変わってしまった。

 何だよ、これ。

 春野山? そこから一人で来てる?

 それに該当する一年生を、俺は一人しか知らない。

 厳島だ。

 この音声って、厳島の噂をしてるところか。中途半端なところで終わりやがって。

 その子、実は?

 実は、何だよ。何が言いたいんだよ。

 だが、ボイスレコーダーはざあざあと音を立てるばかりで、それ以上何も喋ってはくれない。

 それでも俺は、しばらくボイスレコーダーを見つめていた。

 こんなところで、厳島の噂話を耳にすることになるとは思わなかった。

 あまり愉快な話とは言えなそうな雰囲気だった。

 何でこんな物が仕込まれているんだろう。まるで厳島を標的にしたかのような、こんな悪趣味な……

 突然、がたん、と物音がした。

 上だ。

 俺は非常階段の先を見上げる。だが、誰もいなかった。

 耳を澄ませて次の音を待ったが、結局、物音がしたのはその一度だけだった。

 音はすぐ上から聞こえた。この上にあるのは……

「音楽室、か」

 と、不意にボイスレコーダーのノイズが止まった。

「で、それからさ」

 またさっきの女子たちの会話が始まった。

「あ、れが、で、から」

「そんなの、が、で、しょうが」

 始まったと思ったら、今度はぶつぶつと途切れてしまって、まともに聞き取れない。

 なんだ、こりゃ。壊れたのか、電池切れか。

 おかしな会話を垂れ流しながら、ぶらぶらと揺れるボイスレコーダーを見て、小さくため息をつく。

 これじゃ何の話なのかまるで分からない。しばらく待ってはみたが、直る気配はない。

 とりあえず何かの役に立つかもしれないから持っていこうかと、ボイスレコーダーに手を伸ばした時だった。

「……あ」

 気付いてしまった。

 ボイスレコーダーが流し続ける、女子生徒たちの途切れ途切れの会話。複数の違う声が喋っているけれど、それを全部一つの流れとして聞いてみると。

「どうし」

「て」

「いっしょ」

「に」

「しな」

「なか」

「た」

「の」

「どう」

「して」

「一緒」

「にしな」

「なかった」

「の」


 どうして一緒に死ななかったの。


 何だ、これ。

 手を伸ばしたままの姿勢で固まっていると、突然ボイスレコーダーが、

「どうして!!」

 と叫んだ。

 それと同時に、黒い紐がぶつりと切れ、ボイスレコーダーは落下していった。

 下からは何の音もしなかった。落ちたレコーダーが地面のアスファルトにぶつかる音も、何も。

 俺はしばらく動けなかった。突然のことに驚いたから、というだけじゃない。

 最後の叫び声だけは、厳島の声だったように聞こえたからだ。




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