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閉ざされた夜の校舎、君と二人きりで  作者: やまだのぼる@アルマーク4巻9/25発売!


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15 はい、忘れた


「杉村さんって……誰?」

 それはまさに青天の霹靂、予想もしていなかった言葉だった。

「え、杉村って、ほら、あの」

 厳島が冗談を言っているわけではない……というか、そういう類いの冗談を言う子ではないことは重々分かっていたのに、それでも俺はそれを冗談として処理しようとした。

「棍棒をテニスラケットに持ち替える形で進化した、俺たち現人類とは別の人類。口の悪さでは他の人類の追随を許さない、あの杉村優香だよ」

 そんな風に言ってみると、厳島は本当に困った顔をした。

「ごめん、その人は加藤くんの知り合いなんだろうけど……私の知らない人、だと思う。それともどこかで会ったことあるのかな、もしそうだったらごめんなさい」

 それに答える言葉も思いつかず、俺は困惑した表情の厳島を見つめていた。

 杉村を知らない?

 どうして? そんなわけないじゃないか。

「だって俺たち、同じクラスだぜ」

 俺は杉村の席を指差す。

「ほら、あそこ」

 厳島は首を振る。

「あそこは山田さんの席だよ」

「いや、山田はその隣……」

 そう言いながら、気付いた。俺は立ち上がって教室の机を見回す。

 そうか、これか。

 教室に入った瞬間に感じた違和感。どこがどうというわけではなかったけれど、今やっとはっきりした。

 俺は端から机を一つ一つ数えていく。そして、俺の考えが間違っていないことを確認した。

 机が、一つ少ない。

 杉村の机が、消えているんだ。

「ええと、厳島」

 突然机を数え始めた俺に、厳島は不安そうな顔をしていた。

「何?」

「普段、昼休みって誰と一緒にご飯食べてる?」

「誰とって」

 厳島はますます困惑した顔をする。

「知ってるでしょ。いつも加藤くんとおしゃべりしながら食べてるじゃない」

「そ、そうか。そうだよな」

 確かにそれは嘘ではない。

 俺も厳島と少しでも絡みたいもんだから、いつも自分の席で隣向いて飯食ってるけども。

 だけど、そこにはもう一つ大事なピースが欠けてるだろ。

 杉村優香。

 どうしてあいつの存在がなかったことになってるんだよ。

「梶川は、いるんだよな」

 まだ納得できずに、俺は確かめた。

「このクラスって、梶川は」

「うん、いるよ」

 厳島は頷く。

「だって、さっき加藤くんも梶川くんの話してたじゃない」

「お、おう。そうだった」

 そうだ。梶川の話はさっきした。厳島も楽しそうに聞いていた。

 でも確かに杉村のことを口にしたときの厳島は、ちょっと様子が変だった。

 それが違和感の正体だったんだ。

 首を傾げたり、曖昧に笑ったり。今にして思えばあれは、俺の言うことはよく分からないけど、とりあえず話を合わせておこう、という感じの笑顔だったのか。

 どういうことなんだろう。

 杉村のいない世界。俺は、そういう世界に迷い込んだのか。

 いや、でも、杉村なの? 何で杉村なんだよ。

「加藤くん、大丈夫?」

 厳島は悩む俺を心配そうな顔で見ている。自分だって不安だろうに、気遣ってくれている。そういう優しさは、普段の厳島と変わらない。

「うん、いやまあ、ちょっと驚いたけど」

 俺はどうにか気を取り直そうとした。

 杉村がいないってことは衝撃だったけど、それと今の俺たちの状況とは、直接的には関係がない。

 クラスに杉村がいなかろうが、梶川や山田やほかの誰かがいなかろうが、結局今ここにいるのは俺と厳島の二人だけなのだ。俺たち二人で助け合って朝を迎えて、日が昇っても元の世界に戻れなければ、二人で力を合わせて何とか脱出するしかない。

 むしろその差異は、ここを脱出するうえで何かのヒントになるかもしれない。

 俺は、厳島の顔を見た。

 もしかして、俺たちは別々のパラレルワールドから来た人間同士だったりするんだろうか。

 ここから脱出できたら、それぞれがお互いの世界に帰って、もうこの夜のことはきれいさっぱり忘れてしまう。たとえばここは、そんな世界なのだろうか。

 それは分からないけど、少なくとも今の俺が大事にしなきゃならないのは、目の前にいる厳島だ。

 俺の言動のせいで厳島を不安にしちまってたら、それこそ本末転倒だ。俺がここに来た意味が全くない。

 ……よし。

 俺は、にやりと笑った。

「はい、忘れた」

「え?」

「杉村のことは、とりあえず忘れた。厳島が知らないやつの話をしても仕方ないもんな」

「……うん」

 厳島は安心と不安がごちゃ混ぜになったような、何とも言えない顔をした。

「喉、渇いたな」

 本当は別に大して渇いてもいなかったのだが、この空気を変えるためにそんなことを言ってみた。

「うん」

 厳島は素直に頷く。

「何か、買いに行く?」

 教室を出て、廊下の突き当りまで進んだところに、自販機がある。

 この異常な状況でちゃんと動いているかどうか分からないが、もし買えるものなら何か買って飲みたい。

 水道水も出るだろうけど、さすがに味気ない。

「いや、俺が見てくるよ」

 幸い、財布は持ってきていた。

「動いてるかどうか分かんないしさ。厳島はここで待っててよ」

「え」

 厳島の顔が曇った。

「一人になるのは怖い。行くなら一緒に行こうよ」

 まあ、そりゃそうか。

「そうするか」




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