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閉ざされた夜の校舎、君と二人きりで  作者: やまだのぼる@アルマーク4巻9/25発売!


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14 実はさっきからずっと


 俺はどうやら、自分の与り知らぬところで厳島の好感度をずいぶんと上げてしまっていたようだ。

 本当だったら、げひひ、こりゃめっけもんだぜ、と喜んだ方がいいのかもしれない。

 でも自分がすっかり忘れていた、というか、相手が厳島だっていう意識も全然なかった、ほんとに何気ない行為に対して、そこまで深く意味を汲み取って感謝してくれていたってことに、すごく申し訳ない気持ちがあった。

 もちろん、めちゃくちゃ嬉しい。だけど、それ以上に申し訳ない。複雑な気分。

 確かに今そう言われてみれば、厳島は席が俺と隣になって、最初から当たりがすごく柔らかかった。俺に対して優しかった気がする。

 誰に対しても優しい子だろって言われればそれまでなのだが、それにしたって俺の話をすごく良く聞いてくれたし、お菓子のおすそ分けも単なる隣の男子にしてはずいぶんと多かった気がする。

 もちろん俺も今までの人生経験で、それを俺への特別な好意から来るものだ、などと思い上がった勘違いをすることは地獄への片道切符だということは重々分かっていたので、自ら厳に戒めていたのだが。

 結論から言うと。


 俺、実はかなり好かれてたんじゃね?


 なに、このテンション上がる展開。

 なんかよく分からんけど、どさくさに紛れるチャンスなんじゃね?

 紛れちまえ紛れちまえ! と俺の中の悪魔が言う。

 どさくさというのは、紛れるためにあるのです。と俺の中の天使が言う。

 珍しく二人の意見が一致した。つまり、ゴーだ!

「お、俺も嬉しかったよ」

 天使と悪魔にそそのかされるままに、俺は言った。

「厳島と隣同士になってさ。やったーって思ったもん」

「嘘ばっかり」

 厳島がそう言って、笑いを含んだ目で俺を睨む。

「そんな無理に話を合わせなくてもいいよ。最初は加藤くん、私に全然興味なさそうだったもん。退屈しのぎに話しかけてくる感じだった」

 うっ……

 俺の中の天使と悪魔が同時に俺から目をそらす。

 お前ら……

 はい。そのとおりです。

 その頃はまだ、何度も名前を出される方には申し訳ないですが、桐野とか弓原とか、そういった本当に分かりやすく可愛い子に目が行っておりました。誠に申し訳ございません。

 恥ずかしながら、厳島の良さに気付き始めたのは、席が隣になって結構経ってからです。

 そして、俺、厳島可織が好きだ! ってなったのは、あの日のあの出来事からです。

 微妙な半笑いで固まった俺を見て、厳島は噴き出した。

「加藤くん、嘘下手すぎ」

「はい、すみません……」

 素直に認めるべきことは認めよう。

 自分の過ちは認めたくないものだと、かつて赤い軍服のエースパイロットも言っていたらしいが、それはともかく、俺は自分の過ちを潔く認められる男でありたい。

「でも! でもな!」

 しかしそう付け加えることは、どうか許していただきたい。

「今は楽しいぞ! 毎日楽しい! 厳島の隣の席で!」

「そんなに大きな声で言わなくてもいいよ」

 厳島は笑った。

「おばあちゃんじゃないんだから、聞こえます」

「いや、大事なことだからな!」

 顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

 月明かりって、顔色をどれくらいはっきりと浮かび上がらせるんだろう。厳島にも、俺の顔が赤いってバレてるんだろうか。

「今は厳島の隣で良かったって、ほんとに毎日毎日思ってるからな!」

 ああ、やっぱり俺の顔が真っ赤なのは厳島にはバレバレだった。

 だって、俺の目の前で厳島の顔が真っ赤になるのがはっきり分かったからな。

「声が大きいよ」

 厳島は赤い顔のままで人差し指を唇に当てた。

「さっきの変なやつに聞こえたら、どうするの」

 あうち。

 そうだった。危うく忘れるところだった。

「悪い」

 俺が謝ると、厳島は首を振った。

「別に、謝らなくてもいいけど」

 それから小さな声で、

「ありがとう」

 と言う。

「お、おう」

 何が「おう」なのか知らないけど、俺はそう言った。とにかく顔が真っ赤なので、それ以上何を話しても変な空気になることだけは分かった。

 厳島も同じだったのかもしれない。深夜の教室で顔を赤くした二人の間に、ぎこちない沈黙が流れた。

 ぎこちないけど、決して気まずい沈黙じゃない。何というか、お互いに気持ちを噛み締めてるみたいな、そんな沈黙。

 この気持ちを、ちょっとこのまましばらく味わっていたい感じだった。だからそのまま沈黙に身を委ねていても良かったんだけど、俺は例の約束を思い出した。

 梶川と杉村に頼まれている件。四人で遊びに行く話。

 せっかくだから、話しておこう。

 明日の朝になったら、この世界がどうなっているのかは分からない。

 何もなかったみたいに元通りになってるのか、それともやっぱり俺たち二人以外のあらゆるものがいない世界のままなのか。

 それは全く分からないけど、この不安な夜を乗り越えるためには、俺たちには明るい話題が必要だった。少なくとも、俺には。

「そういえば、厳島」

 俺はそう切り出した。

「ん?」

 厳島が俺を見る。その声に、少し鼻にかかったような甘さがあって、どきりとする。

「なあに?」

「今度さ、四人で遊びに行かないかって、梶川に誘われてるんだ」

「四人で?」

 厳島が瞬きする。

「梶川くんと、私と加藤くん?」

 そう言って指を折って数えて、それから不思議そうな顔をした。

「あとは、誰?」

「あとは、杉村」

 俺が言うと、厳島は顔をこわばらせた。

 沈黙。

 今度のは、さっきの心地よい沈黙じゃない。全然違う、気まずい何かだ。

「だめ、かな」

 沈黙に耐えきれなくなって、俺はそう尋ねた。さっきのいい雰囲気は俺の勘違いで、やっぱり学校以外のところでまで、俺と会いたくはないのかな。

「……加藤くん」

 厳島は、困った顔をしていた。

 俺は死刑宣告を受けるような気持ちで、次の言葉を待つ。

「あの、実はさっきからずっと聞こうと思ってたんだけどね」

「うん」

 だけど厳島が言った言葉は、俺の理解を越えたものだった。

「杉村さんって……誰?」




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