願いと巡礼の迷い、そして。(二番・岩殿寺)
御朱印ブームにあやかり、御朱印というトレンドに興味を持った、女子大生、結城光。
四国の霊場の次に有名な“日本百観音霊場”のうちの一つ、坂東三十三観音霊場巡礼に興味を持ち、鎌倉にある一番・杉本寺で発願を達成した光はTGD柑奈とと共に次の札所、二番・岩殿寺に向かう。
彼女に待つ、出会いとは?
――朝は涼しかったが、昼に差しかかる頃には夏の陽射しが強さを増していた。
杉本寺での参拝を終えた光は、境内を後にして坂を下り、鎌倉駅へと向かっていた。
柑奈『パイロット、徒歩で約20分。鎌倉駅より横須賀線利用で逗子駅へ。乗車時間、およそ7分です』
光『次は……逗子、か。電車で移動する巡礼って、なんか不思議な感じ』
柑奈『近未来巡礼モデルにおいて、公共交通機関の活用は一般的です』
鎌倉駅で小さなパンを買い、昼食がわりに頬張りながら電車に乗る。
やがて逗子駅に到着し、駅前の通りを線路沿いに鎌倉方面へと戻るように歩いていく。
柑奈『目的地、第二番札所・岩殿寺まであと400メートル。推定到着時刻、12時32分』
光『暑いねぇ……さっきまで涼しかったのに』
柑奈『外気温、現在31.6度。パイロットの体温上昇を確認。水分補給を推奨します』
緑に覆われた細い道を抜けた先に――木立の影に包まれた、しんと佇む山門が現れた。
光『……森の中にあるみたい』
柑奈『ここより境内。温度差にご注意ください』
—
苔むした石畳を進み、左手に寺務所を見つけながら、そのまま奥へと向かう。
前方に現れる120段の階段。
光『……わっ、高っ!』
柑奈『観音堂はその上にあります。参拝には段数の登攀が必要です』
汗が頬を伝う。光はゆっくりと階段を上っていく。
—
観音堂にたどり着いた時、蝉の声は遠くに溶けていた。
石段の上は別世界のように静かで、風の音だけが微かに吹き抜けていた。
光は、ゆっくりと手を合わせた。
光(……三十三ヶ所、ちゃんと巡れますように。その先で――私の“願い”が、見つかりますように)
柑奈『参拝ログ、正常記録。第二番札所・岩殿寺。山号:海雲山。本尊:十一面観世音菩薩。記録完了』
光『ありがとう、柑奈』
—
階段を降り、再び寺務所の前に立つ。
「ピンポン……ピンポン……」
感音センサーの音が響き、やがて扉が開く。
落ち着いた雰囲気の男性――住職が現れた。
住職『……観音堂では、手を合わせたかね?』
光『はい。しっかりと』
住職は光を一瞥し、微かにうなずいた。
住職『よろしい。御朱印の記帳を希望かね?』
光『お願いします』
柑奈が寺務所前で軽くホバリングし、内蔵された端末を開く。
住職は静かに手元の操作端末を取り出し、柑奈のデバイスと接続。
数秒の認証と操作の後――端末上に墨文字のような御朱印が浮かび上がる。
柑奈『御朱印記帳を確認。第二番札所・岩殿寺。観音霊場印、正式登録』
光『……ちゃんと、記録されたんだ』
住職『御朱印は記念ではない。これは祈りの証だ。……その意味を忘れぬよう』
光は深く一礼した。
—
帰り道、蝉の声がまた戻ってきた。
光『ねえ柑奈。祈るって……なんだろね。まだよく分かんないけど、ちょっとずつ分かってきた気がする』
柑奈『パイロットの認識変化、学習データに反映しました。引き続き、記録を継続します』
光は苦笑しながら、手で汗をぬぐった。
—
その時、すれ違うひとりの女性。
黒髪のロングヘア。カジュアルな中にも洗練された雰囲気。
柑奈のセンサーが軽く反応音を鳴らす。
柑奈『周囲のTGD信号を検出。同一メーカー機体:型式不明。通信反応あり』
光(……なんだろ、今の人)
振り返ったが、その姿はもう木立の向こうに消えていた。
—
柑奈『パイロット、現在時刻は13時24分。次の目的地、第三番札所・安養院までの推定移動時間は約28分。拝観終了時刻は16時です』
光『よし、午後の部スタート!』
そう言って光は、汗を拭いながら再び歩き出した。
(第2話 完)
参考文献
車でめぐる坂東三十三観音(坂東札所霊場会)
二番・岩殿寺参拝!次は三番・安養院。
タイムリミットが迫る中で、TGD柑奈にアクシデントが迫る!
柑奈との出会いを真摯に受け止めて光は何を思うのか?