恐竜使い、草原をゆく (1)
このエピソードに出てくる恐竜
サウロロフス
アレクトロサウルス
タルボサウルス
タルボサウルス(幼体)
4月。
秋の間に集められた枯草は底をつき、家畜たちは解き放たれる。まるで野生に還ったかのように冬営地を駆け巡り、春の日差しに感応して萌え出ずる春の新芽を食べ、肥り、子を産む。羊の出産は、春先だ。秋に交尾期が集中するよう管理するため、その出産は春先の一か月もないうちに集中する。これは、紀元前から受け継がれてきた知恵である。なぜならこの時期生まれてくる仔羊は、一家にとっての収入源だからだ。
冬営地には、遊牧民たち以外にも砂漠をさすらう者たちがいた。それは隊商であり、ラクダにまたがってユーラシアを横断しながら、世界をつなぎ、経済を循環させている。
遊牧民たちのもとで生まれた羊は、牡と牝とで大きく運命が違う。牝に生まれれば、その一生は安泰である。しかし牡に生まれれば、最悪だ。ごく少数の種親候補をのぞいてすぐ、塩をまぶした毛皮として隊商に売られる。そうして得た資金によって、遊牧者たちは商人から遊牧では得られない茶や塩、金属製品といった生活の様々な必需品を入手するのだ。砂漠を旅する隊商は東西に世界を結ぶ。そして、ユーラシアに無数にある遊牧民の集団は、南北へと季節に応じて移動する。彼らの動きが、東と西に大きくわかれた世界の経済圏を結び、循環させ、駆動する。
彼らには掟がある。
「地面に血を垂らしてはいけない」
「地面を掘り、耕してはいけない」
それは砂漠に生きる民にとって、先祖代々受け継がれてきた鉄則であった。掟を破ることは許されず、それが何を意味するのかを問うことすら、禁忌とされた。
大地は神聖不可侵なものであり、遊牧民たちはその上で生かされ、遊ばされているに過ぎない。彼らは草原を駆け、星空の下で眠る。だが決して、血を地に落としてはならない。もしも落とせばどうなるのか――その問いの答えを知る者はいない。なぜなら、それを語ることさえ畏れ多いことだった。
遊牧者たちは信じていた。ひとたび掟を破れば、大地は復讐する、と。草は枯れ、風は砂を巻き上げ、家畜は痩せ細り、人々は飢える。天と地の均衡は崩れ、すべては報いを受ける。
誰も望まないことだ。だからこそ、彼らは決して掟を疑わず、ただ静かにそれを守り続けるのだった。
5月。
この砂漠は、たとえ春が来てもよく冷える。星に支配された、どこまでも透き通る夜の透明感。透き通った空は、大地の僅かなぬくもりをも宇宙に運び去ってしまう。外気温は、マイナス5度にもなる。
塩漬けを免れた仔羊たちはもうすっかりと立ち、大地を駆け回っている。しかし、それはこの大地をそろそろ去る時が来たことを物語っている。羊たちの群れは、徐々にまとまり、渡りの準備を始めていた。遊牧民たちの合図を待つかのように。
遊牧民たちは決して家畜を力でねじ伏せることはしない。だが、彼らを統率する術を心得ていた。羊の群れが本能に従って進もうとする方向をわずかに誘導し、全体の動きを統率する。それは集団を操る技であり、単なる牧畜ではなく、生きる術そのものだった。家畜と人との関係は、まさに軍隊と兵士の関係と同じであった。数百、数千という生き物の流れを肌で感じ、彼らがどのように動き、どのように混乱するのかを理解し、制御すること。それこそが、遊牧民が幼い頃から学ぶ技術だった。そして、それは戦場においても変わらぬ知識として活かされる。
血縁で結ばれた一家は一つのゲルを運び、約300頭の羊、15頭の馬、10頭のラクダ、そして家によっては数頭のロバを伴い、砂塵とともに移動を開始する。移動は20日をかけて行われる。馬は人を乗せ、ラクダはゲルを背負い、ロバは食料や家財道具を運ぶ。羊たちはその後を追い、時折仔羊が遅れて鳴き声を上げると、母羊が振り返りながら待つ。
一家の規模だけでも壮観だが、それが50以上の家族単位で構成される一族となると、その姿は戦の準備を整えた軍勢のようだった。彼らは楔形の陣形をとり、先頭には熟練の戦士が立つ。統率を乱すものは許されない。羊の群れを秩序正しく導けぬ者は、戦場でも兵を導くことはできぬとされていた。
遊牧の営みそのものが、戦争の訓練だった。羊の行進を率いる若者は、そのまま戦場においても兵を率いる役目を負う。敵が迫れば、羊を導くように兵士を操り、混乱を最小限に抑えながら戦線を維持する。騎馬遊牧民にとって、戦と生活は不可分のものであった。
剣を帯び、矢をつがえよ。
彼らは、ただの羊飼いではなかった。男だけでない。女たちすらも剣を帯び、矢をつがえ、弓を背負っていた。戦は常に彼らとともにあった。もし敵が現れれば、羊飼いはその瞬間に戦士へと変わる。集団の秩序を乱さず、一糸乱れぬ隊列を維持したまま、目にもとまらぬ速さで疾走し、馬から飛び出すような躍動により矢を射る。その速度は時速45㎞、射界は300度にもおよび、戦力は100の雑兵にも勝る。
その存在は、農耕民にとって恐怖そのものだった。耕す者たちは土に縛られ、村に縛られ、逃げることができない。だが遊牧民は違った。大地を自由に駆け巡り、食料も住処もすべて持ち運ぶ。必要ならば、刃を振るい、他者の富を奪う。そのように、農耕民には映った。しかし彼らにとって、そこに自由はない。すべては生きるためだ。戦すらも生きる手段の一つであり、彼らが家畜をと殺するように、そうしなければ生きていけない局面が、人生の中で一度や二度ではなく訪れた。
目指す先は、ゴビ砂漠。どこまでも、どこまでも広がるゴビの平原に、山の影はない。
冬は長く、そして苛烈だ。気温は氷点下五十度まで落ち込み、大地を覆う草は霜に焼かれて砕け、雪さえも昇華して久しい。夜が来れば、星々が大気の揺らぎもなく冴え渡る。乾いた空には雲がなく、光を遮るものもない。月が照らせば、地表の凹凸がくっきりと浮かび上がるが、風はそのすべてを無に帰さんとするかのように吹き荒れる。
ゴビ砂漠は砂丘の海ではない。むしろ、荒涼とした礫砂漠だ。赤茶けた砂礫が果てしなく広がり、岩の塊が点在する。風は容赦なく吹き抜け、時折、谷間に吹き溜まった砂を巻き上げ、朧げな砂塵の帳をつくる。見渡す限りの荒野に、生命の気配は希薄だ。
地平線は、ただ真っ直ぐな線ではない。風と時間が削り残した奇岩が、まるで龍の脊椎のように並び、果てしない大地に埋もれている。かつてここに海があった時代、厚く堆積した地層は隆起し、長い時を経て削られ、いまや骨のように痩せ細った岩の列をなしている。白く風化した石灰岩、赤みを帯びた砂岩、そして黒ずんだ玄武岩。それらが幾重にも層をなし、まるで過去の記憶が大地に刻まれたかのように横たわっている。
わずかに残る谷間には、乾いた川の痕跡が蛇行しながら続いている。夏になれば、短い雨季の雨が流れ込み、一時的なオアシスが生まれることもある。しかし、今は水の気配すらない。凍てつく大地に命を育むものはなく、ただ風が吹き抜け、岩を削り、砂を運び去る。
しかしこの過酷な地に生きる者たちにとって、この光景は何の変哲もない日常の一部でしかなかった。
戦は、常に不意に始まる。
一族の隊列が北へ向かい進む中、誰かが僅かに手綱を引いた。やがて、隊の流れが鈍り、全員の視線が地平線の向こうへと集まる。
そこに、異なる騎馬の影があった。
10㎞の距離を隔てて、地平線に点のように並ぶ騎馬隊が見える。皆が視力2.0を誇る騎馬武者たちにとって、それだけで十分だった。羊たちの群れの形、馬の走り方、隊列の崩れ具合、陽炎の向こうに揺らめく影──それらすべてが、見慣れぬ者たちの接近を告げていた。そして、瞬く間に異変を察知する。
「……違うな」
誰かが呟く。敵か、味方か。その判別は一瞬でついた。
彼らは自分たちではない。見知った一族ではない。砂漠を共有する仲間ではない。
見慣れぬ影が紛れていた。
最初に目に入ったのは、異様なシルエットだった。隊列の中央に、馬でもラクダでもない、見たことのない生き物がいる。その巨体はラクダに似るが、遥かに大きい。象のような厚みのある胴体に、胴体と同じほどもある太い尾を引いている。何もかもが異様だ。
その軍団には、通常では最も多くを占め、群れを作りながら歩くはずの羊や山羊がまったく見当たらない。
「……あれはなんだ?」
どよめきが走る。
誰もが、反射的に手を弓へ伸ばしていた。矢をつがえぬまでも、指は矢筒にかかり、馬の足を止めぬまま戦の準備を始める。
敵対するのか、交渉するのか。
それを決めるのは、あと数分。
馬たちが鼻を鳴らし、戦士たちは馬上で僅かに体勢を低くする。風が砂を巻き上げた。次の瞬間、どちらかが先に動けば──戦になる。
戦は、避けられない。
地平線の向こう、見慣れぬ騎馬隊は進路を変え、こちらへ向かってくる。馬とラクダの足音はまだ聞こえない。だが、砂塵の舞い上がり方で、彼らの進軍が速まっているのは明白だった。
彼らの隊列の中心には、異様な影がある。巨大な尾を持つ獣。象のように分厚い胴。見たことのない存在。未知なるものは、畏怖と警戒を呼ぶ。
「――狼煙を!」
その声と同時に、羊飼いたちは手綱を引き、羊たちの隊列をまとめにかかる。羊の群れは人の意図を瞬時に察し、まるで一つの生き物のようにまとまり始めた。戦になると悟れば、群れは常に中央へと収束する。蹄の音が波のように鳴り響く。遊牧民にとって、羊の統制はそのまま軍の統制と同じだった。羊が乱れれば軍が乱れ、羊が揃えば軍も揃う。
その間に、戦士たちは狼煙の準備に取りかかっていた。
敵の狼煙が上がる。
見たことのない色。鮮烈な赤褐色の煙が砂漠の空に広がる。
「何の合図だ……?」
訝しむ声が上がるが、もはや迷う時ではない。こちらも戦支度を整えねばならぬ。
羊飼いの一人が、革袋から乾燥させたオオカミの糞を取り出し、火を放つ。燻された煙は黒々とした帯を描き、空へと昇った。
これは、古来より伝わる戦の狼煙。砂漠の民にとって、黒い狼煙は決して交渉の色ではない。
草食動物の嗅覚を鋭敏に刺激するオオカミの糞を燃やした独特の臭いは、羊たちを完全に防御姿勢にまとめこみ、馬やラクダをはっきりと臨戦態勢にさせる。人と動物の間で危機感は無言のうちに共有され、一瞬のうちに一族は戦のために結束した。
馬が鼻を鳴らし、羊たちはボールのように固まって動かなくなる。
武器が抜かれ、弓が手に取られ、矢がつがえられる。
交戦まで、あと15分。
黒い狼煙を見た敵は、それでもなお進軍を止めない。遠く、地平線に黒と赤褐色の煙が交差する。砂漠は静かに、そして確実に、戦の刻を迎えようとしていた。
敵の軍容は、いままでみたどんな氏族とも異なっていた。
先陣を切って突撃するのは我々と同じで、馬に騎乗した弓兵、約100だ。集団の規模に比べればやや少ない。その動きは標準からすれば軽快だろうが、こちらが手塩にかけて育ててきた名馬とくらべればぎこちないものだった。
これだけなら、うち砕くことは容易だろう。しかし、50頭ほどからなるラクダも続いていた。ラクダはゲルを運ぶのに使うのが通例だが、この氏族では弩や弓兵を乗せ、戦闘用に用いているのだ。
しかし彼らを不安にさせたのは、そのさらに後ろから迫る巨体だ。
彼らはとにかく大きかった。見たこともない巨大な獣だ。それはもはや獣というより、筋肉でできた丘だった。前から見てもその横幅はすさまじく、足の幅だけで肩幅ほどもある。それが、二足歩行で突進してくる。
戦士たちは、二足歩行の生き物を鳥と人間以外見たことがなかった。ダチョウすらも彼らの生活圏にはいなかった。二足歩行で歩く巨大な生き物というだけで、不気味でほかならなかった。
巨体に背負われたのは、彼らの家財一式だ。ゲルも武器も、まるでそれが軽い荷物であるかのようにその背に載せられている。どころか、巨大な鞍に乗せられ、組み立てられたまま小さなゲルが載っているものすら二、三あるほどだ。
武装した兵士と家財一式を背負ったまま、象よりはるかに大きな巨体が迫る…それだけで恐怖だった。
敵軍は、騎馬兵を先頭に扇状に散開している。部隊の中心が直撃するのを避け、側背に回り込めば勝てはしないにしても、相手に損害を与えることは十分可能なはずだった。
女子供すらもが騎馬に跨っている。その混乱の中で、少年は愛馬を見失ってしまった。どの家の誰かはわからない。土壇場で馬を奪い去ってしまったのだ。
彼は全てを失った。過酷な自然の中生き抜き、生きるためには間引きも辞さず、勇武こそが最も尊ばれる社会において、この土壇場で戦えない男に未来はなかった。
弓を構え、皆が去った本陣を守るのが彼にできる最後のことだった。
騎馬隊は鋭いV字状にまとまり、側背の先陣に向けて一糸乱れず矢を射た。
騎馬運動にとって、最も重要なのは運動エネルギーだ。先に加速すれば高い運動エネルギーを得ることができるが、馬のスタミナは短く30分ももたない。適切な距離で加速し、最大の運動エネルギーと最大の火力を集中させ突破するのが、この状況では有効だった。そのままあの巨獣がいる本陣を衝くことも、容易なはずだった。
敵はその点においてあきらかに後れを取っていた。馬を早期に走らせすぎた。両隊が交差するとき、敵の馬は既に疲れが見えており、こちらの動きに追従できず後れを取った。人馬一体が基礎である騎馬隊において、馬の疲れは兵士の疲れと同等以上に重要な点だった。しかも「包囲網」はあまりにも薄く、突破しろと言わんばかりであった。軍団はそのまま側方に回り込み、巨大な獣に向かって突進しようとした・・・が、その時だった。
最初に異常をきたしたのは、馬だった。馬たちは初めて見る全長10mを超える巨大な獣・・・サウロロフスとのちの人々は呼ぶらしい・・・に恐怖し、動きを止めてしまったのだ。
騎兵は運動エネルギーをもった、それ自体が矢だ。失速した矢は貫く力を失い、折れる。
巨大な獣の背から打ち出される無数の矢が穿ち、大地を赤く染めた。
馬も戦士たちも、逃げ出そうとした。
しかし、その瞬間だった。
絶対にありえない方向から矢が飛んできた。
後背からも敵が来たのだ。それらもまた、見たことのない獣に跨っていた。長い脚はすらりと伸び、軽装の騎兵を1人背負っている。その姿は、鳥とトカゲを足して二で割ったようだった。翼はなく、その代わりにほんの小さな、2本指の腕があった。ここまでの間誰も気づかなかったほどに隠密性に優れ、速度は早くないながらも着実にこちらを追っていた。もはや戦意を喪失した馬は、背を向けて逃げ出し、あっという間に間を開けた。しかし、何かがおかしい。
見知らぬ獣は、全くと言っていいほど疲れる気配を見せなかったのだ。馬の体力は全力疾走で30分もすれば切れる。引き延ばされた距離はどんどん縮められていき…弓矢が一方的に降り注ぎ、最後にはその獣に並んだ、刀のように鋭く頑丈な歯によって引きちぎられる。
少年はその様子を、ただ見ていることしかできなかった。もはや戦意を喪失した少年は部隊が迫ってくる前にありったけの弓矢を持って岩陰へと隠れ、息を殺してそこで待つ。
そこで起きたのは、目を覆わんばかりの大虐殺だった。
全滅だった。
彼らは、歯向かったものを皆殺しにし、あえて血を大地に注いで汚した。
さらにそこらじゅうを掘り返し、血にまみれた大地を舐め、口々に呪文を唱えるのだった。
「荒ぶる大地の記憶に眠りし古の巨獣たちよ。」
「遥かなる時の彼方より、力強く地を揺るがしたものたちよ。」
「いま、勇ましきものたちの血と肉を与える。」
「いにしえの力が蘇りしとき、大地が震え、空がひっくり返るだろう。」
「かつてその足音が大地を揺るがし、息吹きで風を巻き起こしたように。」
「命を求めるいさましき者を糧とし、その身体に力を与えよ。」
彼らは、まるで大地そのものを犯すかのように、深く周囲を覆い尽くし、血と持ち込んできた怪しげな薬を練りこみ、何度も何度も深く掘り返し、何かを見つけては並べていった。
その狂信者たちが草原を汚して何をしようとしているのか、少年にはわからなかった。
全てを奪い去った奴らに対するひたすらに浮かぶ憎悪の念だけが頭にあったが、いま飛び出しても狂信者たちの言う”生贄”に加わるだけであることを知っていた。
奴らが欲しているのは血ではない。勇気なのだ。
その証拠に、狂信者たちは羊たちや無抵抗だった幼い子供や女たちを殺しはせず、ただ誘拐するだけだったのだ。さらにそれらに対して、
「殺してはならぬ、大地は勇ましくない血を欲してはおらぬ」
と、狂信者たちは口々にそう言うのだった。
ひっそりと身を隠していた彼は、凍てつく深夜に狂信者たちが土を掘り進めているのをみた。底から出てきたのは、骨だ。かれらは周囲を一周するように溝を掘り、枝で何かを描き始める。
かれらは火を焚き、周囲で踊り、どこの言葉ともつかない長大な呪文を唱え、怪しげな薬を焚いた。火は赤へ、緑へ、紫へと色を変え、
そして、ほんとうに信じられないことが起きた・・・
大地に埋もれた骨に、肉が付いていく。そして、ついに重々しく立ち上がったのだ。
その姿は、少年が今まで目にしたどんな生き物とも違っていた。
ただただ巨大で、ただただ恐ろしかった。どんな神話の魔物ですらもかなわない迫力がそこにはあった。なにせ、あのゲルを背負った獣と同じほどの大きさがある。
その体はあのゲルを背負っていた獣に比べればより細身だが、より筋肉質で引き締まっていた。
そして、口に並ぶのは一尺はあろうかという鋭い牙だった。あれはやばい。とみるだけで確信した。
その獣・・・のちにタルボサウルス・バタール「畏れ崇められる竜 勇者」という物騒な名前で呼ばれる獣を知るものが、いるわけもない。神話より古代から生き返った獣は凍てつく空を一瞥すると、腹の底が震えるような低い咆哮をあげた。
「犠牲になった多くの戦士の勇猛なる血を讃え、崇め、ともに生きよ」
狂信者たちが一斉に唱えると、巨獣はその巨大な足を踏みしめながら、彼らと共に歩み始めた。
少年はその姿を目に焼き付けた。
凍てつく夜の冷気と満天の星空が、あまりにも眩しくて眠れなかった。
彼の心は、ただひたすらに恐怖と興奮で満ちていた。
同時に胸の中では、彼自身も認知しえない、何か野望に似たものがが渦巻きはじめていた。
翌朝。
異形の獣を連れた狂信者たちは、どこかへと去っていた。
彼はきょろきょろと振り返りながら、彼らが怪しげな儀式を行い、怪物を呼び出したところまで行きつく。
そして・・・”彼”に気付いた。
それはふさふさとした毛に覆われ、じっと足元の地面にうずくまっていた。その色合いは砂漠に僅かに生える草の色そっくりで、驚くほどの保護色だった。それは鳥のような姿でありながら羽毛ではなく毛が体を覆っていた。それはなかば前を向いた大きな瞳でじっと、少年を見つめていた。
「お前も、おいて行かれちゃったんだな。」ふと口をついて言葉がこぼれた。
勇ましきものたちに。
少年はそう思いながら、恐る恐るその獣に近づいた。触れると、その体は驚くほど冷たく、まるで死んでしまったかのように硬く固まっている。しかし、わずかに脈を触れた。
少年はあきらめなかった。
そっと獣を抱きかかえるようにして温めてやる。そうしなければ、本当に死んでしまうところだった。獣はしかし、甦った。しばらく震えながらその体がぴくり、ぴくりと動き出し、震える脚で大地をつかみ、その長い脚が鳥のような姿を見せた。
その瞬間、少年の心に強く何かが芽生えた。それは単なる同情や憐れみではなく、何かもっと深い、理解を超えた感覚だった。
これが、少年とその獣の出会いだった。その出会いが世界史を大きく変え、世界をかつてなかったほどの血に染める結果にまで行きついたことは、このときまだ誰も知らない。
恐竜いいですよね。恐竜×騎馬遊牧民はやってみようと前から思っていて、戦術に関しても練っていたところです。
Tarbosaurus bataarって、すごい名前ですよね。
畏れ多くも崇められる竜 勇者 (なお敢えてモンゴル語使っているのに誤記したのはどういうこと)
畏怖を呼ぶ、だけどTarbo-って畏れ多くも崇められる、というニュアンスでしょ。禍々しい儀式にピッタリじゃないですか。
今回は生贄を用いた蘇生魔術を使って恐竜を復活させます。
なのでモンゴルにいるものしか復活させられませんが、時代は問いませんのでアンドリューサルクスとかマンモスとかでも望めば復活させられるでしょう。
纏めてみると、四足動物、とくに馬などの有蹄類は短距離で加速でき、瞬間時速では恐竜をはるかに上回る速さを出すことができ、小回りの面でもはるかに上回るでしょう。そのため、騎馬を用いた相手に対し恐竜騎乗で通常の騎兵機動を行ったとしてもそのポテンシャルを生かせないどころか馬にはるかに劣る場合すら考えられます。これは騎乗した人間がもつ弓矢が主武装である場合、さらに顕著です。
しかしながら、恐竜の強みは他にあります。内臓を揺らさないように配置された、振り子状に動作する足とバランスの取れた体重配置は、長距離で安定した走行を可能にします。つまり騎馬兵に対しては初手で相手の大規模な動きを誘い、疲れで失速し始めたところを追撃するのが最も効果的と考えられます。獲物が立ち止まってしまって攻勢にでられると大変困るのは、獲物のサイズがそこまで大きくない(少なくともティタノサウルス類やディプロドクスに比べれば)にもかかわらず、T. rexがあんなに大きくがっしりとして重くならざるを得なかったことを思わせます。
つまり恐竜騎兵を運用するにあたって重要なのは、敢えて攻撃しやすそうな場所を作って馬を突撃させ、勢いが衰えたときに追撃をかけることであろう、ということです。
その性質が最も似ているのは、ラクダです。今回は研究対象にしませんでしたがラクダ騎兵は少ないながらも各所に存在し、その動きを研究すれば、よりリアルな恐竜騎兵の運用が可能になることでしょう。
そのため舞台をたとえば中世ヨーロッパとすると、その特性がなかなか生かせないことになります。戦象が全く流行らなかっただけでなく、戦ラクダもヨーロッパでは流行りませんでした。恐竜騎兵は基本的に、機動力より持久力を生かした追撃戦を仕掛ける必要があるでしょうから、開けた方がいいはずでしょう。というわけでモンゴルにしました。
モンゴルは恐竜発掘のイメージが強いですが、土を掘ることに非常に強い忌避感を持っている土地でもあります。そのため農耕民と遊牧民の対立が続いたわけですが、土を掘るということは表土を風化させ、大地を覆って砂などの細かい物質を守っている小石層(砂漠舗装という意味のDesert pavementとかいう)や植物の根といった土壌保護を担うものを失えば、草も生えないほど土壌が劣化するからです。ましてやフカフカに耕してしまえば、あっという間に風で飛んで行ってしまいます。
土を掘るな、というのは各地の砂漠地帯に見られるので、この邪教徒たちは砂漠の出身ではないか、もしくは砂漠出身ながらも敢えて禁忌を犯すものたちなのかもしれませんね。後者だろ多分。
血で汚すな、に関してもおそらくそれに似た理由があるのでしょうが、むしろオオカミが来るからではないかという話もあります。あとは特にラムなんかだと、血が入っていた方が味が濃厚だというのはあるかもしれません。
オオカミと言えば、なぜモンゴル・・・いや騎馬遊牧民に共通するといっていい建国神話が狼と鹿なのでしょうか。これらはむしろ森林におもに生息するものなのでとても不思議です。
もし次回を書く機会があれば、ですが…モンゴル人が愛するジビエであるタルバガンや、モンゴルを代表する、猛烈にすばしこくて猛烈に警戒心の強い草食動物であるモウコガゼルを幼体のタルボサウルスと力を合わせてなんとか狩り、寒い夜を焚火でともにしのぎ絆を深めていく様子を描くかもしれません。また、この狂信者たちの脅威に晒された遊牧民の各氏族がその連携構造を変え、恐竜使いとなった少年を仲間に引き入れていく展開が続くでしょう。一番の問題は。。。草原で最大のヒーローであるチンギス・ハーンのサクセスストーリーがあまりにも壮大なので、へたに書いてもそれを越えられない点にありそうですね。