九
来ていただいてありがとうございます!
「大丈夫?眠くない?神宮司君」
「僕も仮眠をとっています。全く問題ありません。それより透でいいですよ、 千十星さん」
深夜に戦いがあっても普通に学校へ来た透は、 千十星の送り迎えをやめなかった。さすがに透の体力を心配した 千十星だったが、透が譲らないことはもう理解していたので説得はしなかった。 千十星は透をマンションに招き、お茶とおやつをふるまうことにした。
(七菜星の為にこんなブラックな仕事をするくらいだもの。説得しても無駄よねぇ)
千十星は熱々のほうじ茶と、帰り道で買ってきたたい焼きを透に勧めた。
「はーい!今日のおやつですよー。もうすぐ七菜星も帰って来ると思うから、待っててね」
「 千十星さんはいつからこんな生活を?」
透は「いただきます」とほうじ茶の湯呑に口をつけた後、静かに尋ねた。
「ずっと両親が影鬼退治をしてたんだけど、五年前に亡くなってから引き継いだの」
千十星はふうふうとほうじ茶を冷まして一口飲んだが、熱いのが苦手らしく一瞬顔をしかめた。
「そうですか。大変でしたね」
透はそんな 千十星を微笑んで見つめている。学校の女子生徒達が見れば卒倒しそうなほど甘い笑顔だった。
「うん。でもあと少しなの」
「あと少し?」
「うん。沼の神様の呪いは七菜星が十六歳になったら解けるのよ!」
「どうしてその年なんだろう……」
「うーん。トワが言うには七菜星の力が強すぎてそれ以上は抑えきれないんだって」
「七菜星さんにも 千十星さんのような力があるのか」
透は戦う 千十星の姿を思い出す。刀をふるう 千十星の姿はうっすらと白い光をまとっているように見えていた。
「うん、そうなの。あ、ねえ、このたい焼き小倉とクリームがあるんだ!半分づつしない?」
透が頷くと 千十星は嬉しそうに半分に分けたたい焼きを透の皿にのせた。
「ふふ。七菜星ともよくこうやって分けっこしてるのよ。弟が増えたみたいで楽しいわ」
「……弟」
千十星の無邪気な笑顔に軽くショックを受ける透。
(トワは七菜星のことを離さないと思うから、神宮司君が義弟になることは無いんだろうな……。そういえば、七菜星ってトワとか神宮司君の事どう思ってるんだろう?)
そんな今更な疑問を浮かべながら、 千十星はお気に入りのお店のたい焼きを頬張る。ソファに座った透の顔が少し青ざめているのに気が付かない。
「 千十星さんは……僕が嫌いですか?」
「え?ううん。嫌いなんて思ったことないよ?」
千十星にしてみれば、出会った時は送迎とか求婚とか戸惑うこともあったが、妹の為に一緒に戦ってくれた透の事はもうすでに家族だと思っていた。
千十星はなくなってしまったお茶を淹れようと、急須を持ってキッチンへ向かった。
(うちには電気ケトル無いのよね。お母さんがやかん派だったから。買おうかなぁ……)
コンロの前に立ってお湯を沸かす 千十星のすぐ近くに気配があった。見上げると透が 千十星のすぐ横に立っていた。
「神宮司君?」
千十星の細い肩に透の手が置かれた。
「……透と。さっき、僕を嫌いじゃないって言いましたよね?」
そっと肩が押されて透に向かい合う。
「い、言ったけど」
「じゃあ好きですか?僕は………… 千十星さんが好きです」
「…………え?」
(あれ?あれ?あれ?透君って七菜星を好きなんじゃないの?)
パニックになった 千十星を透は逃がさないように壁際に追い詰める。透の細い指がコンロの火を止めた。次第にゼロ距離になっていく二人の体に更に焦る 千十星。
(ちょっと待って……!これってどういう状況ーっ?ああ、結構背が高いんだ……ってそんなのは前から知ってるわよ……っ)
「僕はあなたの弟じゃない……」
透の顔が近づく。
「答えてください。 千十星さん」
互いの吐息が触れ合う。
「あ、待って……透君……」
思わず透と呼んだ 千十星を見て、透の顔に喜びが浮かび一瞬動きが止まる。
「ただいまぁー!」
七菜星の元気な声が家に響いた。
「わあ!神宮司先輩来てるの?いらっしゃいませー」
リビングに入って来た七菜星はご機嫌で透に挨拶している。すでに透はソファに戻っていた。恐るべき早業だった。
「あ、たい焼きー!買ってきてくれたの?お姉ちゃん、ありがとー」
七菜星はキッチンでコンロの前に立ってる 千十星に声をかける。
「私もお茶欲しい……あれ?お姉ちゃんどうしたの?顔赤いよ?風邪ひいた?」
「おかえり、七菜星。ううん。今お湯沸かしてたから……」
「ほんとに大丈夫?最近影鬼の数多いみたいだし、疲れてない?」
トワから話を聞いているのか、七菜星は 千十星をかなり心配している。
「平気よ。早く手を洗ってきて」
「うん……。わかった。でも火、ついてないよ、それ」
「え?あ、やだ……」
千十星は慌てて点火した。
一方リビングでは制服姿のとわが透に近づき意地悪く笑い、小さく声をかけた。
「惜しかったな。次は頑張れよ」
「……余計なお世話だ」
透は苦々しげな顔で返した。
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