六
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(ふん。俺の圧に屈せず、真正面から見据えてくるか。なかなか。こいつにも幾ばくかの能力があるようだな。この地に生きるものならば当然か……)
「何が聞きたい?今朝見ていたのならば、察したこともあるだろう?お前は随分と聡いと七菜星からも聞き及んでいる」
トワは 千十星と七菜星の従弟の「奥山とわ」としてではなく透と相対している。勿論本来の姿だ。
「僕が見ていたのを知っているのですね。 千十星さんはどうしてあんな時間にあんなものと戦ってる?危険はないのか?あなたと 千十星さんはどういう関係なんだ? 千十星さんは一体いつから……っ」
風圧が更に強まり、透の言葉が途切れた。
「…………」
( 千十星に夢中か……。何なんだこいつは……。昨日の様子から見て、てっきり七菜星に興味があるのかと思っていたが……)
「む、そういえば七菜星との話は全て 千十星のことだったか……」
ブツブツと呟くトワを見て訝しむ透。トワはコホンと咳払いをした。
「見ていたのならばわかるだろう。あれはお前の踏み込むべき領域ではない」
風圧が強まる。透は理解する。これはこの目の前の存在からの圧だと。
「僕は引くわけにいかない。もし、 千十星さんが危険な目に合っているのなら」
「…… 千十星か……。何故あの娘に拘る?あって間もない他人に」
「そんなものはわからないさ。けれど僕は彼女を放ってはおけない」
「…………そうか。俺と同じか」
突然風が止み、透は前につんのめりそうになった。それまで宙に浮いていたトワが透の前に降りてきた。地に足をついた瞬間トワは昨日のような制服を着た奥山とわの姿になっていた。透は何かしらの許しを得たのだと思った。
「 千十星さんが戦っていたあの黒い影は僕達に害を為すものなのか?」
「そうだ。影鬼という。影に棲む鬼。人の妄念のなれの果てだ。深夜に湧き出してくる」
とわは桜の幹に体を預け腕を組んだ。
「あなたは精霊ですか?それとも神?」
「かつては神と呼ばれていたかな。この白上山一帯を統べている」
「白上山の神か……」
透は山頂を見上げ、とわは愛おしそうに眼下の町を眺めた。
「 千十星さんはあなたに命じられてその影鬼と戦っているのか?」
「元々は俺の役目だ。命じてはいないな。 千十星は自ら進んで戦っている。俺は強制はしていない」
「そんな…… 千十星さんはどうしてそんな危険なことを……」
「 千十星と七菜星の家は代々俺に仕える家だった。昔はそんな家がこの町にたくさんあったものだ。二人の両親もまた今の 千十星と同じように影鬼と戦っていた。 千十星は亡き両親の後を継いだのだ。七菜星の為に」
「七菜星さんの為?」
「そうだ。 千十星の妹にして我が花嫁を守る為に」
「七菜星さんがあなたの花嫁?」
「そしてそれゆえに悪しき神に呪われている」
「呪われて……?」
とわが痛みを堪えるような表情をしたため、透の質問は一瞬途切れた。
「む? 千十星が……」
「 千十星さんがどうかしたのか?」
「取り囲まれて責め立てられているようだな」
「なっ、どこだ?! 千十星さんはどこにいる?」
「校舎裏だ……」
聞くや否や透は走り去っていった。
「やれやれせわしないことだ。 千十星なら大丈夫だろうに」
一人残されたとわはため息をつき、その場から姿を消した。
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「さっきから反応無いですけど、奥山先輩、話聞いてます?」
「人の話をちゃんと聞かないとか失礼すぎですよぉ?」
「そうですよ?私達の話ちゃんと理解できてますか?」
「先輩って試験の順位、いつも中くらいかそれ以下なんでしょ?頭悪い、いえ、良くないんでしょうね?」
「そんな人、神宮司君に相応しくないと思うんですけど?」
(もう、言いたい放題だわ……。どうでもいいけど昼休み終わっちゃうから早く解放してくれないかしら)
千十星はあくびを我慢して、目に涙がたまった。
「あらあら、とうとう泣いちゃいました?」
「やだー!私達が苛めてるみたい」
「姉がこんななら、妹も同レベルなのかしら?」
「確か一年生に奥山先輩の妹がいるんですよね?顔だけは先輩と違って可愛いみたいだけど」
「顔だけ可愛くても、お姉さんと同レベルの頭じゃ可哀想よね……っ」
千十星の眼光が鋭くなり、目に見えない圧力が 千十星を取り囲む二年生達を押し付けた。
「な、何……?」
彼女達はじりじりと後退りを始めた。
「妹、今の話に関係ないよね?」
千十星は笑っている。でも彼女達の顔には汗が浮かびその場に立っているのも辛くなってきていた。辛くて逃げ出したいけれど、その場から動くことが出来ない。
「なによ……何なのよ、これぇ……」
もはや皆半泣き状態だった。
「関係ないよね?」
また一段圧が強まり、ついには泣き出す者も出てきた。
「 千十星さんっ!!」
突然、透が校舎裏に姿を現した。
「神宮司くん!」
透は他に目もくれずに 千十星に駆け寄った。
「ちょっと!学校では先輩でしょ?」
「すみません。 千十星先輩」
(できれば奥山先輩って呼んで欲しいなぁ。これじゃ誤解されちゃうよ)
そうは思ったが、嬉しそうににこにこ笑う透を見てるとこれ以上厳しいことは言いづらくなってしまう 千十星だった。
「なんで?そんな笑顔で……」
「それに名前呼びって……」
「そんなに仲良さそうに……」
「あんまりよ……」
「君達は誰? 千十星先輩に何をしたの?」
(え?神宮司君この子達知らないの?)
実のところ透にはこの二年生女子達に見覚えはあった。けれどクラスメイトでもない彼女達の名前までは覚えていなかったのだ。覚える必要も無かった。
「酷いっ」
一人の女子が駆けだすともれなく全員が駆け出し走り去ってしまった。
「逃げた……!追います!」
「待って!もういいわ!」
「でも、彼女達に何か酷いことを言われたんでしょう?」
「ううん、大丈夫だから」
(あの子達も十分酷い目に合ったと思うし……)
「神宮司君って罪な子よねぇ……」
「?」
ため息をついた 千十星を見て、透は不満そうに首を傾げたのだった。
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