五
来ていただいてありがとうございます!
「おはようございます。千十星さん」
(ああ、そうだった……。昨日はトワの事があって、結局神宮司君に断り切れなかったんだった)
朝の登校時間に千十星が自宅マンションのエントランスを出ると、そこには神宮司透が立っていたのだった。
「今日は七菜星さんは一緒じゃないんですね」
透は誰かを探すように周囲を見回している。
(あ、これはもしかして!七菜星の事が気になってるの?そうよね、やっぱりそうなるわよね。七菜星は可愛いから無理もないわ。昨日も仲良さそうに話してて、トワがちょっと嫉妬してたもの)
「今朝はトワが迎えに来て先に登校していったの。ごめんね」
「とわ君が……そうですか」
透は少し目を逸らし何かを考え込んだ風だったが、すぐに千十星に向き直った。
「鞄、お持ちします」
「本当に大丈夫よ?ほら、傷だって塞がってるし!」
千十星は包帯を外した右手首をひらひらと振って見せた。少し痛みは残っていたがそこは我慢した。傷は大したことは無かったが、実は軽く捻っており家では湿布を張っていた。
透は千十星の手をじっと見つめるとそれを軽く掴んだ。千十星の顔が一瞬歪んだのを見逃さなかった。
「まだ痛みがあるんでしょう?見ていればわかります。今朝だって……」
「え?」
「いえ。鞄、貸して下さい」
透はそう言うと、千十星の鞄を持って痛めた方とは反対の手を繋いで歩き始めた。
(え?ちょっと待って。このまま登校するつもりなの?)
「ちょっと待って!神宮司君!手を離して」
「……そんなにご迷惑ですか?」
(うう、なんでそんな捨てられた子犬みたいな目をするの?私がものすごく悪いことしてるみたいじゃない。でもさすがにこれは無理だわ……)
「……そうじゃなくて、恥ずかしいからっ。できれば手は離してくれる?」
真っ赤になった千十星を見てハッとする透。千十星が周囲を気にする様子を見てふっと微笑んだ。
「そうですか。わかりました」
そう言って千十星の手をそっと惜しむように離した。
「心配で少し気が逸っていたみたいです。すみません」
頭を下げる透を見て、千十星は何も言えなくなってしまった。
(そんなに気にかけてくれてたんだ……。本当に真面目で優しい子なのね……)
結局、今日も千十星は透の送り迎えを断ることができず、注目を集めながら登下校することになってしまったのだった。そして案の定、友人の佳乃と早紀に事情を事細かに説明する羽目になった。
「ちょっと待って下さい。奥山先輩!」
昼休み。五、六人の女子生徒達に声をかけられて、千十星は校舎裏に連れて行かれた。佳乃と早紀が青い顔をしていたが、大丈夫だと笑っておいた。
(タイの色が紺色……てことは二年生。話は絶対あれね)
「奥山先輩!!神宮司君とはどういう関係なんですか?」
「ほらきた。やっぱり……」
予想通りの展開にため息をつく千十星だった。
神宮司透はモテる。容姿端麗で、性格は真面目。穏やかで優しく、成績も優秀。加えて剣道部では全国大会の常連であるという。でも何故か女子に興味が無く、特定の女子生徒と仲良く話す姿さえ見られなかった。これまでは。
(そこに彗星のように現れたのが私ってことね)
千十星は佳乃と早紀に神宮司透に送り迎えをされることになった理由を説明させられた。その際に彼についての詳細な情報を貰っていた。というか聞かされていた。
一応、道場で怪我をしたので彼が責任を感じて荷物持ちをしてくれてるんだと軽く説明してみた。しかし。反応は思った通りのものだった。
「奥山先輩が勝手に怪我をしたんでしょう?」
「それなのに、神宮司君の手を煩わせるなんて酷ーい!!」
「どうせ、怪我にかこつけて神宮司君に近づきたかっただけなんでしょ」
透を好きな女子達はどうあっても千十星を非難したくてたまらないらしい。彼女達の目的は一つだ。どうやってでも透にくっついている千十星を引き離したいのだろう。そしてあわよくば自分が選ばれたいという思いもあるはずだ。
(何度も断ってるって言っても信じないんだろうなぁ……。どうしよう、これ。今日はゆっくりお昼ご飯を食べられないみたい。ちょっとお昼寝もしたかったのになぁ……)
千十星は遠い目をした。
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千十星が女子生徒に責められていた頃、神宮司透はあの桜の古木の場所で人を待っていた。
「僕が待っているのは人なのかな……」
透の脳裏には今朝の光景が浮かんでいた。
(あれは人じゃなかった。あの影は。そしてあの「とわ」とは何者だ?どうして千十星さんは……)
疑問はたくさんあった。千十星に直接問うという選択肢もあった。しかし恐らくはぐらかされてしまう。そしてそれを自分は受け入れてしまうだろうと透は考えた。それはどうしても嫌だった。
(知りたい。千十星さんの行動の意味を。そしてできるなら……)
「この俺を呼びつけるとは豪気だな」
不敵な笑みを浮かべて現れたのは「トワ」だった。
(やはり……)
「あなたに聞きたいことがあります」
桜の花びらが叩きつけられる。猛る風圧の中、透は竹刀を握り足を踏みしめその場に立ち続けた。
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