四
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「で?どういう事なの?これは」
神宮司透が帰った後、千十星はリビングに二人を正座させ仁王立ちでその前に立った。
「だって、だって!私も知らなかったのよ!朝学校に行ったら教室にトワがいたんだもの!」
七菜星はこぶしを握ってぶんぶん振った。
「トワ?どういうことなの?」
「七菜星は幼い頃に見初めた我が花嫁だ。昨日のような輩から七菜星を守る為にちょっと学校とやらに通う事にしたのだ」
「ちょっとって……」
どれだけの人の記憶を操作したというのか……。千十星は額を押えた。
「その花嫁っていうのやめて!私、認めてないもん!」
「はあ?この地の山の神である俺が選んだんだ。七菜星が認めるも何もないぞ!」
「ぶーっ!俺様キャラ禁止!それにトワは私の事別に好きじゃないでしょ?」
「何を言う?心の底から愛しているぞ」
「はい、嘘ー!」
「神は嘘つかないぞ!」
ぎゃあぎゃあと言い争う二人を前に、千十星は半ば諦めの境地で座り込んだ。昨夜、あまり寝ていない千十星は頭痛がしてきた。
「お姉ちゃん!大丈夫?!」
七菜星はあわてて千十星に近づく。
「平気。ちょっと眠いだけだから。悪いけど今から少し仮眠をとるわ」
心配そうな七菜星に微笑んで千十星は自室へ向かった。
「お姉ちゃん、顔色悪かった……」
「昨夜は影鬼が多く沸いたからな……」
「ちょっと、トワ!お姉ちゃんに無理させないでよ!」
「仕方が無かろう。千十星がやると聞かないのだから」
「私も戦えたら良かったのに……。大体なんでうちがやらなきゃならないのよ」
「そういう一族なのだ。奥山家は代々な。昔はこの町の数多くの家がそうだった、なれど今はもうかつての家だけが残り、技は廃れ伝承も途絶えた……」
話ながらトワは本来の姿に戻っていった。
千十星は自室で部屋着に着替え、ベッドに潜り込んでいた。
(七菜星ってば前はトワのことあんな風に嫌がってなかったのに……どうしたのかしら……今度ゆっくり話さなきゃ…………ああ、ふかふかなお布団……気持ちいい……)
千十星は今夜の戦い為に少しの眠りについた。
明け方、地面から沸き上がってくる最後の影鬼を切り伏せ、消滅させた千十星は刀を鞘におさめた。
「今日は遅くなったちゃったわ。遅いって言うかもう夜明けね」
朝日が眩しい。いつもならば午前四時を回る前には全ての影鬼を倒し終えて少し眠ることができていた。
「流石に今日は学校休んじゃおうかな、なんてね」
宙に浮いたまま腕を組んでいた本来の姿のトワが労わるような表情で千十星を見た。朝日を見ている千十星はトワの表情を見ていなかった。
「今夜の影達はしつこかったな」
「そうね。でも後もう少し。秋になれば七菜星の呪いも解ける」
うーんと、伸びをする千十星。
「それまでお前はもつのか?」
トワもまた朝日を見つめた。
「もたせてみせるわ。七菜星は連れて行かせない」
「そうか」
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早朝に自宅でもある剣道場を出た透はいつもと違う方へ走りに出た。毎朝決まった時間、コースを走るのが日課だったが、この日は何故か気が変わったのだ。
(最近、色々心境の変化があったからかもしれないな)
透の脳裏には一人の女の子の姿が映る。あの春の日やはり気まぐれで校舎裏の丘へ登った。入学式の後部活動の勧誘のチラシをノルマ分配り終えた透の足は自然とそちらへ向いたのだ。そして桜吹雪の中に佇んでいた女の子。タイの色で上級生だと分かったが、最初は新入生だと思った。
(こんな生徒いたかな)
中等部からの持ち上がりで、大体の生徒の顔は見覚えがあるような感覚でいたがそれは間違いだったようだ。
(見覚えが無いということは声をかけられたり、見られたりはしてないってことか)
透は顔が整っている自覚はあった。実際何人もの女性に話しかけられてきた。面倒ではあったけど、彼女達に悪気は無く、単に動物園の人気動物のように思われているのだろうと透はあきらめの境地にいた。
(まさか僕に竹刀を向けてくる女の子がいたなんてね。それも結構強い……)
千十星を想うと自然と表情が緩むことを透は自覚していない。そのために剣道の稽古後、道場の門下生達をかなり驚かせているのだが、もちろんそのことにも透は気が付いていない。
(千十星さんは年上とか気にしていたけど、僕は全然気にならない。千十星さんがその気になるまで気長にいこう)
透は走りながらそんなことを考えた。
走り始めた透はいつもの山の方へ向かうコースとは反対に町の中へ向かっていった。早朝のため車通りは無く当然ながら店は閉まっている。
(……おかしい……。いくらなんでも人がいなさすぎる)
コンビニにも人影が無い。早朝なので客がいないのは自然だとしても、店員の姿さえ見当たらない。配送のトラックが止まっていても運転手がいない。それどころか、全てが静止していて音もない。
(何だ?これは……)
不可思議な状況に戸惑っていた透の目に飛び込んできたのは、時間が止まったような街の中で意中の女の子千十星が獣のような形をした黒い影を刀のようなもので切り伏せていたところだった。
「も、もう限界っ!なんで今夜はこんなに多いのよっ!」
「今夜というかもう朝だがな」
千十星に答えたのはあの従弟の少年に見えた。見えたというのはそのままの意味で学生服を着ていない。それどころか、普通の服を着ていない。千十星は何故かジャージ姿だったけれど、彼はどう見てもおかしな恰好をしていた。強いて言うなら和装なのだが、平安貴族が着るような服装に真っ白な長い髪。体はうっすらと光を放ち、宙に浮いている。
(なんだ?これは。僕は何を見ている?千十星さんと一緒にいるのは奥山とわ……?)
この春から転入してきたと昨日聞いた千十星の従弟だという少年があり得ない姿であり得ない状態で存在している。
「そら、千十星、最後の一体だ、頑張れ頑張れ!」
「わかってるわよー!!トワも手伝ってよ!」
言い合いながら、人の形をしたような黒い影を千十星が切り伏せた。
その後、朝の光と共に町に音が、人の気配が戻って来た。
透はその後疲れ切った様子の千十星が自宅マンションへ帰るのを見届け、自らも登校の準備をするために一度家に戻ったのだった。
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