三
来ていただいてありがとうございます!
「奥山先輩、迎えに来ました。帰りましょう」
千十星はため息をついて席を立った。ここは校舎の三階、三年生の教室だ。なのに戸口には透の姿がある。二年生の透の教室は二階で透がいるはずがない。
「キャーッッ!!」
クラスの女子達の黄色い悲鳴が上がる。どうやら神宮司透は三年生の女子にも人気があるようだ。
「あのね神宮司君、朝も言ったけど大した怪我じゃないから私は大丈夫。わざわざ荷物持ちなんてしてもらわなくても……あ」
透は 千十星から鞄を取り上げてしまう。
「家までお送りします」
にっこりと微笑む透に再び悲鳴が上がる。
「…………あ、ありがとう」
(今すぐの説得は無理そうね……)
「じゃあ、佳乃、早紀、また明日ね」
千十星は振り返って挨拶したけれど、「明日ちゃんと説明しなさいよ」と佳乃と早紀の目が言ってる。
(明日は面倒なことになりそう……)
「ええと、神宮司君部活はいいの?剣道部なんだよね?」
透と二人で校門の方へ歩きながら 千十星は尋ねた。もしも部活を休んでいるのならそちら方面からも説得するつもりだったのだ。
「学校の部活動には週一回の参加なんです。家で稽古をつけてもらえますし、うちの道場の剣術は少し特殊な型もあるので、学校の部活とは合わないというか……。少し説明が難しいのですが」
「そ、そうなんだね」
千十星は町中のマンションに住んでいる。先祖をさかのぼると町の北にある白上山の麓に住んでいたらしいが、 千十星が物心ついた頃にはもう現在のマンションでの記憶だった。
「あのね?うちと神宮司君のおうちの道場は方向が違うでしょ?帰るのが遅くなってしまうから本当に気にしないで……」
「お気になさらず。稽古の一つにもなりますから」
(いやいやいや、こんなにゆっくり歩くのが稽古になるはずないでしょ?)
心の中でツッコミを入れながら、何とか透を説得しようと試みる 千十星だったが全く上手くいかない。そうこうしているうちに 千十星の住むマンションに着いてしまう。
「せっかくだしお茶でも飲んでく?ここまで来てもらったんだから。昨日 七菜星が買って来てくれた美味しいケーキもあるわよ」
「いいんですか?」
絶対断られるだろう、と構えていた 千十星だったが、意表を突く答えに少々面食らった。
(ケーキとか好きなのかしら?ちょっと意外。和菓子のイメージだったわ。ん?お煎餅かしら?でもちょうどいいわ。なんとか説得して明日は迎えに来ないようにさせないと)
リビングルームのソファに座った透の前にお茶とケーキを並べ、 千十星もクッションの上に座った。
(うーん、うちのマンションにはびっくりするほど不似合いな男の子ね。紅茶より緑茶の方が似合いそうだけど、ケーキにはやっぱり紅茶よね)
透が一口紅茶に口をつけたのを見届けてから、 千十星も紅茶を飲んだ。
「先輩のご両親にもお詫びとご挨拶をしたいのですが、土曜日ならご在宅ですか?」
いきなり言われて 千十星は紅茶をふきそうになる。
(この程度の怪我で親に挨拶なんて大袈裟だわ……。それにこの怪我は自分でやったのに……)
絆創膏で済んでしまいそうな小さな怪我に包帯を巻いてくれたのだ。透はものすごく真面目なのだろうと 千十星は無理矢理自分を納得させた。
「お詫びもご挨拶も要らないわ。何度も言うけどこの怪我は自分のせいよ。……それに、うちは両親、もういないの。五年前に事故でね」
「……すみません」
ハッとした顔の後、申し訳なさそうに頭を下げる透。
「ううん。気にしないで!十分なお金を残してくれたから今は 七菜星と二人暮らしなの」
「そうですか……」
しばらくの間無言の時間が続く。
(ああ、昨夜も遅かったから……。あったかいもの飲むと眠くなってきちゃう。ダメだ!この子を説得して明日はもう来ないでもらわないと!クラスの女子達の視線が痛すぎるっ!)
千十星が説得を始めようとしたその瞬間、透が口を開いた。
「奥山先輩……、いえ、 千十星さん。僕と結婚してください」
冗談かと思われたが、透の目には真剣な色があった。
「……………………はい?」
理解が追い付かず、問い返す 千十星。
「ありがとうございます」
何を思ったかお礼を言い、頭を下げる透に 千十星は慌てて否定をする。
「いやいやいやいや!「はい?」って肯定の「はい」じゃないよね?疑問符ついてたよね?」
「そうでしたか?僕としては貴女に怪我をさせてしまった責任を取りたいと思っています」
真面目で真剣で真っ直ぐ……。どうやら透は本気のようだ。
(やだなにこの子、考え方が古風……じゃなくてぶっ飛んでる。……でも、なんだ、そっか……怪我の責任を取って、なのね)
「あのね?怪我って言っても本当に大した怪我じゃないし、第一私が勝手に暴れただけで自業自得というか……」
(正確に言うとトワの神通力?のせいなんだけど)
「作り付けの棚を壊せるほどの剣技の持ち主なんて、僕にとっては理想的な結婚相手です」
(お嫁さんの選考方法がおかしいわ、この子。高校二年生だよね?真顔で結婚相手って。普通彼女をつくる方が先だよね?)
「私年上だよ?」
一応確認してみたが透は気にしてないようだ。
「そうですね。僕は二年生であなたは三年生です。が、特に問題は無いかと」
さらりと言い返して透は静かに紅茶に口を付けた。所作がとても綺麗な男の子だ。
「えっと、私達くらいの年だとまだ、その、恋人とか彼女とかをつくるのが先なんじゃないかな?」
(私も彼なんていたことないから偉そうには言えないんだけど……)
「 千十星さんが望むならそういうワンクッションを置くのもいいと思います。どちらにしても結果は同じですが」
「だから、そういうのはちゃんと好きな人に言わないとダメよ?」
聞き分けの無い子どもに言い聞かせるように 千十星は透に向かって人差し指を振って見せた。
「僕は……」
「おいおい、なに 千十星を口説いてんだよ?俺に断りもなく!」
突然、聞き慣れた、ある意味聞きなれない声がリビングルームに響いた。
(貴方は誰?ってトワ?なんでトワがうちの学園の制服着てるの?)
千十星と透の前に現れたのは何故か桜山学園高等部の制服であるブレザーを身につけたトワだった。髪もいつものような長い白髪ではなく、短い金髪になっている。
「先輩?ここで妹さんと二人暮らしなのでは?」
何故か透は非難の目で 千十星を見ている。
(なんで私はこの子にこんな目で見られてるの?っていうか、トワって他の人には見えないんじゃなかった?なんでこの子に見えてるの?ああの笑い方!顕現してる!もう!ややこしいことになるじゃないの!こうなったらこの神宮司君をどうやっても関わらせないようにしなくちゃ!)
「この子は親戚なの!従弟!時々私達の様子を見に来てくれてるの!」
急いで考えを巡らせ、慌てて取り繕う 千十星。
「いとこって結婚できるんですよね?」
ぽそりと 千十星には意味不明な言葉を呟く透。
「そう従弟だ!俺の目が黒いうちは 千十星はその辺の野郎にはやらないぜ!」
(目が黒いうちって、トワの目はそもそも蒼色でしょ?)
「キャー!なんで神宮司先輩がうちにいるのー?!」
トワ(人の姿)の後ろからひょいっと七菜星が顔を出した。
(なんで 七菜星とトワが一緒に帰って来てるの?一体どういう事なの?)
「私も!紅茶とケーキ!食べるー!!」
「お、俺もー!」
七菜星とトワにねだられて 千十星は立ち上がり、キッチンへ向かった。
(カオスだわ……)
意外にも和気あいあいと楽しそうに話してる三人?を見ながら、色々と諦めたような気持ちで 千十星はお湯を沸かし始めた。
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