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棲影鬼  作者: ゆきあさ
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来ていただいてありがとうございます!





透は千十星(ちとせ)を抱き上げたまま長い廊下を滑らかに歩いていく。庭の木々はまだ芽吹いたばかりで寂しいが春も盛りになればとても美しい景色になるだろう。


「ちょっと!下ろしてっ!」


(なんで?なんで?恥ずかしいっ、何これ?体重がばれるっ!!)


千十星(ちとせ)はパニックだった。


(この子、線が細そうに見えるのになんでこんなに軽々と?!あ、剣道で鍛えてるから?って今はそんなことどうでもいいっ)


「でも、怪我をしてるから」

透は千十星(ちとせ)の右手に視線をやった。

「あ、ほんと……」

千十星(ちとせ)の右腕の手首の辺りに切り傷が出来ていた。先程壊れた棚の破片で怪我をしたのだろう。

「いつの間に……いや、でも腕だけだし歩けるから下してっ」

千十星(ちとせ)は道場の奥の日本間の畳の上に優しく下ろされた。座布団をすすめられて思わず座ってしまう。

「女性の体に傷をつけてしまって申し訳ない」

透は頭を下げて謝ってきた。


(古風な男の子だなぁ。所作が綺麗)


「いえ、怪我したのはあなたのせいじゃないわ。妹を庇っただけだし」


(棚が壊れたのはトワのせいだし)


「妹さんをとても大切に思っているんですね」

透はふわっと微笑むと千十星(ちとせ)の怪我を丁寧に手当してくれた。


(この子、少し冷たそうな印象の男の子だけど、笑うとすごく優しい顔になるのね)


「手当、ありがとう」

「髪がほつれてしまっています。失礼」

「?!」

透は千十星(ちとせ)の後ろに回るとどこからか櫛を取り出して、千十星(ちとせ)の髪を梳かし始めた。

「待って!自分でできるから!」

「いえ、怪我は利き腕でしょう?それに一度やってみたかったんです」

そして綺麗に三つ編みを直してくれた。


(ちょっと、この子何でこんな事できるの?!自分でも練習してるの?それとも単に器用なだけ?)


千十星(ちとせ)の混乱が深まる。


「できました」

「あ、あ、ありがとう?」

「いえ、どういたしまして」

再び透はふんわりと笑った。




その後二人で道場に戻ると一同は板の間に横一列に並んで座っていた。もちろん正座だ。何故か七菜星(ななせ)も。ただ、七菜星(ななせ)だけはふかふかな座布団の上だった。


「で?」

透は冷たく問いかけた。


話を聞くと、モテるのに女っ気が無い透に七菜星(ななせ)を紹介して、あわよくば厳しい稽古から気を逸らしてもらおうと思ってたらしい。七菜星(ななせ)も憧れの先輩と話せると喜んでついていったようだった。


「お前達……。余計なお世話だ」

透の端正な顔には強い怒りの表情が浮かぶ。



「ごめんなさい。早とちりしてしまって。妹が連れて行かれたと聞いて頭に血が上ってしまって」

千歳は一同に向かって頭を下げた。

七菜星(ななせ)は姉の千十星(ちとせ)から見てもとてもかわいらしい。道を普通に歩いていても男の人に声をかけられる事も多く姉の心配は絶えなかった。妹も妹で結構男子とも仲が良くて、どんな人とも分け隔てなく付き合っていける人懐っこい性格で、姉とは正反対の性格だ。


「だから、最初からそう言ってたのにさぁ」

「問答無用で向かってくるんだもんなー」

「強かったけど」

七菜星(ななせ)をここまで連れてきた中等部の男子達は口々に文句を言った。


「お前達、言いたいことはそれだけか?」


「「「「すみませんでしたっ!」」」


透の冷たい声にビクッと体を震わせて一斉に手をつく男子達。


「こちらこそ申し訳ありませんでした。壊れた棚は弁償させていただきます」

あまりにも申し訳なくなって千十星(ちとせ)はそう申し出た。

「必要無いです。元々古くなっていたので、いい機会だから作り変えます」

透はそう言うと微笑んで千十星(ちとせ)を見つめた。



「「「「「おおおおおおーっ!!!!」」」」


どよめきが上がる。

「?」

何事?と千十星(ちとせ)も驚いたが、一同が驚いた理由は分からなかった。

「ずるーい!お姉ちゃんばっかり」

七菜星(ななせ)の不満げな呟きも千十星(ちとせ)には訳が分からなかった。





☽--------☽--------☽--------☽--------☽--------☽--------☽--------☽




深夜、午前二時の町。


世界が、空間が震え、異なる世界と重なる。


地面から湧き出てきた影達が押し寄せる。



「来るぞ、千十星(ちとせ)。今夜も気を抜くな」

「わかってる」

千十星(ちとせ)は上下ジャージ姿、足元はスニーカーという姿で日本刀を構えた。

「相変わらず、風情の無い姿だな……」

「うるさいっ。これが一番動きやすいのっ」


千十星(ちとせ)の右肩の上、空中に平安時代の狩衣に似た真っ白な衣服を着た真っ白な髪の少年が浮いている。千十星(ちとせ)に話しかけていたのはこの少年だった。昼間とは違い、今は耳に聞こえる声で会話をしている。トワと呼ばれた少年は人間ではなかった。


ぶるりと震えた影達が長い長い長い腕を千十星(ちとせ)とトワに向けて伸ばしてきた。

「来る。行くぞ」

「うん」





今夜も人知れぬ闇の中での戦いが始まった。








ここまでお読みいただいてありがとうございます!

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