最強の仲間
飛行船を帝都から少し離れた雑木林に停泊させた。
「どうか、無事に帰ってきてください……」
スピカはそう言って俺たちを見送る。
帝国の地に踏み込んだのは、ただならぬ様相の強者たちだ。最強の冒険者に魔女、皇女に魔人と、帝国に喧嘩を売るには十分な顔ぶれで、彼らが俺の仲間なのだから、これほど心強いことはない。
彼らを率いて懐かしの帝都を目指した。
夜になり、空は黒く重い雲に覆われ始める。
「それじゃあナ!」
リオンはガーゴイルにつかまって、光のない雲間に消えていった。
魔人の姿のリオンは、帝都で目立つので別動隊として動いてもらうことにした。
城下町は静まり返り、中央広場の噴水は干からびていた。
街道は誰一人歩いておらず、人の代わりに篝火があちこちに設置されていた。
「……不気味だな」
ストーンがつぶやく。
その声も、街道に並ぶ商店の塀に反響して大きく聞こえた。俺が帝都を出ていく前は、昼も夜も馬車が行き交っていた通りだというのに。
おそらく篝火は、城から城下町を監視しやすいようにするためのものだ。
ということは、すでに城のどこかで俺たちのことを見ているのかもしれない。
「デウロン、これでも帝国に従うのか?」
城に向かうデウロンに、俺は投げかけた。しかし、デウロンはこちらを見ることさえせず、だんまりしていた。
帝国ではアルフォスが皇帝となり、戴冠式でさっそく国の方針を掲げた。
その政策とは、『モンスターとの共存』
軍事力の低下を回復するために、魔人と協定を結び、モンスター軍団を皇帝軍にするというものだ。
無論、ほとんどの執行官が反対したが、反逆罪として全員に死刑が言い渡された。
これらの情報はフォーロンや共和国の間者から俺たちに伝わったものだ。
そんな情報をデウロンに伝えても、ホーンでは納得してくれなかったが……帝都の凋落ぶりをみてデウロンは自然と駆け足になった。
城の門には兵士が一人だけ立っていた。
近づくにつれて空気が重くなっていくようだ。煌びやかな栄光のシンボルだった帝城は、もはや魔城と化して陰惨な空気を孕んでいた。
「待て! おまえたちは何者だ!」
デウロンの顔を知らないのか、門番が叫ぶ。
ひどく気が立っているように見えた。
「馬鹿者! わしの顔が分からんのか、メウ・デウロン将軍じゃ!」
「し、将軍!?」
かなり下っ端の若い兵士だ。もしかすると、反発した兵士は処刑されたか、どこかへ逃げたのかもしれない。
「……であれば、す、すぐに玉座に向かうよう……」
「まあ、待て。逃げ出したこの卑怯者どもを牢に繋いでからだ。でないと、また逃げられるではないか。……逃げたら、お前のせいにしてもいいのか?」
「す、すぐに牢獄に繋げ!」
なかなか言ってくれる。意外とデウロンは機転の利くやつなのかもしれないな。
「……ったく、人使いの荒い門番だな」
デウロンは俺たちを地下牢の監房に一人ずつ入れた。
鍵をかけられるとき、俺はデウロンに尋ねる。
「デウロン……皇后に忠誠を誓うのか……?」
「……」
何も言わず、デウロンは階段を上がっていった。
敵になるのか味方になるのか、どちらにせよデウロンは約束を守った。
「開錠」
城から逃げたときと同じ独房にいれられて、なんとも皮肉なものだ。まるでふりだしに戻った気分だ。
しかし今回は、国を捨てるのではなく、国を救うために脱獄する。ここから先、俺たちに立ちはだかるものは国を蝕む敵だ。
ストーン、アーシャ、マトビアの順で開錠すると俺の後ろに仲間が連なる。
その威風に気づいた囚人が顔を上げた。
「なんと! フェア皇子!!」
「……皇子様! 皇子様がもどられた……!」
「く、国を……帝国を救ってくだされ……」
監獄に繋がれた囚人は、おそらくモンスター側につかなかった執行官たちだろう。歯向かう軍人の類は、内乱の火種になるので殺されたようだった。
囚人たちの声は俺の脱獄を看守に知られぬよう、低く小さいものだったが、その掠れた声には不思議と強い感情がこもっていた。
「な、なんだお前たちは!」
階段から下りてきた看守の一人が叫んだ。
しかし、すぐに力なく倒れる。
透明になったアーシャの麻痺だ。
俺は歩を止めることなく、倒れた看守を跨いで玉座の間を目指す。
回廊を通ると、複数の衛兵が声をあげて迫ってきたが、次々に回廊に沈んでいく。
ビリビリと暗がりで青い光が見えると、通路に立っていた兵士たちはバタバタと倒れていった。
俺の進む先には、気絶した兵士が床に転がる。
大広間の大階段を上り、玉座の間の扉を押し開いた。
ほの暗く冷たさを感じる玉座の間は、松明のたよりない光しかない。
異様な臭いは、かつて戦場で嗅いだことのある血と灰の臭いだ。
天井窓から差し込む稲妻。
雷鳴のさなかでキョウリとアルフォスが俺を待っていた。




