帝都への帰還
ホーンの町なみから切り取られたかのような、異質な灰色の建物に俺とマトビアは入った。
一枚岩を四方で囲んで、ハンマーで叩き割ったのではと思える粗いつくりの窓口に、不愛想な男が座っている。怪訝な表情は石のように変わらない。
「フェアとマトビアだ。議長の息子に話は通してあるんだが……」
そう伝えると、さきほどの表情が嘘のように柔和な笑みに変わった。
「ええ、話は聞いています! すぐに案内しますね!」
ジャラジャラと鍵束を腰につけると、窓口から出てぐるっとこちらに回り込んできた。
ここはホーンの刑務所だ。
男は窓口兼看守のようで、衛兵の制服を着ていた。
看守モードの表情の落差が激しく、囚人が何か良からぬことをすれば態度を豹変して、恐ろしい顔をしそうである。
連絡路を通って監房本舎に入ると、通路を遮断する鉄格子を開けた。
「随分と囚人が入っているのですね……」
マトビアが並んだ檻に入っている囚人を見てつぶやいた。
「ホーンの人口はおよそ二十万人で、これは共和国のなかでも指折りの人口です。その分、やっかいな輩も多いんですよ」
と窓口兼看守の男が説明した。よくある質問の回答といった感じで、すらりと言葉が出てくる。
その輩とやらが囚われている牢獄の、一番奥に目的の人物がいた。
「久しぶりだな、デウロン将軍」
大きな背中に話しかけると、デウロンは振り向きざまに驚いた。
「フェア様! そ、それに、なんと……皇女様まで!!」
相変わらず年の割にムキムキで活力がある。牢獄に入って多少はげんなりしているかと思いきや、大きな体から出た胴間声が刑務所内に響いた。
まあ、アウセルポートからフォーロン、国境を越えて飛行船を追いかけてきただけのことはある。
「元気そうでよかったです。デウロン将軍、この檻からすぐに出して差し上げましょう」
「……おお……それはありがたいことですが、つまりはフェア様もマトビア様も、帝都におとなしくついてきてくれるということでよろしいか?」
任務を最優先する執念深さと、馬鹿がつくぐらいの実直な性格はやはり脳筋将軍といったところだな。
「デウロン、心して聞いてほしい。……皇帝が亡くなった」
「……!?」
デウロンはよたよたと近づいてきて鉄格子を握った。
「馬鹿な……! 陛下がお亡くなりになるなど、ありえない!」
「共和国にずっと攻められていた帝国は、起死回生の一手として、皇帝陛下自ら率いる皇帝軍を編成して共和国に立ち向かった。しかし、罠にかかり戦死したそうだ。いま、アルフォスが次期皇帝になるための準備が行われている」
デウロンは俺の言葉をしっかりと聞きながらも、顔をうつむけて鉄格子をギリギリと握り締めた。
「わしが……わしがもっと早くに帝都に戻っておれば……」
どうやら俺の言ったことをそのまま受け入れたようだ。もしかすると、将軍なりにどこか思い当たるところがあったのかもしれない。
「だが、アルフォス様が皇帝の座につかれるのですな。まだ帝国は破れてはおらぬということか」
「ところが、だ。実際にアルフォスを裏で操っているのは、魔人だ」
俺の言葉にデウロンは、「ハッ」と大きな声で笑い飛ばした。
「わしの忠誠心を試しておられるようだが、さすがにそれはない! アルフォス様は立派なお方であられるし、魔人の手先なるなど……」
「その魔人は、キョウリ皇后だと言ったらどうだ?」
「魔人が人間に化けていたというのか? しかし、ベギラス全土からモンスターは排除したはず……」
「本当にそう言い切れるのか?」
デウロンは言葉を詰まらせる。
おそらくはキョウリ皇后に何度か会ったことがあるのだろう。
妖艶なオーラを纏うキョウリは、人ならざる者……とまでは言わないが、『初めて会う人種』といった印象があるはずだ。
「うむむむっ……! いやしかし、わしはあくまで帝国の将軍! 帝国を裏切って寝返ることなどはできん!」
「まあ……そう言うと思った」
マトビアが提案した計画ではデウロンが味方になる必要はないのだ。
「デウロンをこちらに引き入れることはできないと思っていた。ただ解放の条件として、俺とマトビアとその他大勢をベギラス城の地下牢獄につないでほしい」
「……わかった。それならば問題ない。報告のために牢獄に入れるつもりではあったからな。しかし、皇女様も牢獄に入れるのか?」
デウロンはマトビアに目をやる。
「構いません。私は自分の意思で国から逃げ出したのですから、罪人として牢獄に入ります」
※※※
帝国と共和国を隔てる山脈を眼下にして、飛行船は帝国の領空に入ろうとしていた。
「もう少しすれば帝都が見えてくる」
俺は操縦室に集まったみんなに声をかけた。
「そうなれば、二度とホーンには戻れない」
「それはちょっと、語弊があるんじゃないかしら」
と、軽く受け流したのはアーシャだ。
「ミーナとあなたの祖国を救ったら、また拠点に戻って私たちと冒険すればいい。いつもの依頼と同じでしょ?」
言われて、たしかにと思った。どうやら、俺は力みすぎているようだ。
「そうだね、ささっと祖国を救うか」
「まー、厄介な相手ではあるが、これだけの仲間がいれば大丈夫だろ」
ストーンが操縦室を見回す。
「わ、私はカウントしないでくださいね……!」
と操縦桿を握るスピカが肩をそばだてる。
「スピカは飛行船にいてくれ。……マトビアは本当に城に行くんだな?」
「はい。これは私の皇女としての役目ですから」
「……分かった」
光のオーラを放ち始めたマトビアを止める手段はない。
「すまナイ……フェア……」
しょんぼりしたリオンが申し訳なさそうに頭を下げる。
「まさか、しもべがほとんど足の骨を折ってて戦えナイなんテ……」
「あ、ああ……まあ、集団戦はビョールとルルカが別働隊で来てくれるから……」
先日のホーンでの戦いで、飛行船から飛び降りたモンスターたちはことごとくが膝を負傷していた。
地上で戦っているときは問題なさそうではあったが……あの高さはモンスターも無理だったか……。
「残ったリオンとガーゴイルがいれば、大丈夫」
そう言うとリオンはニッと笑顔になった。
「アイツらの分まで暴れてヤルからナ!」
飛行船の行く先に目をやれば、暗雲垂れ込む帝国が見えてきた。