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マトビアの血筋

 衛兵団長サイモンが拠点を訪ねてきた。


「やはり、いまは衛兵団を動かすことはできないようです。議長らに掛け合ってはみましたが、ホーンがモンスターに襲われそうになったこともあり、ホーンを離れるわけにはいかず、しかも敵国に手を貸しにいくというのは……」

「やっぱり、そうか……」


 顔を曇らせてサイモンは一室のテーブルで肘をついてため息をつく。

 拠点の一室では俺とサイモンが二人で、帝国をモンスターの軍勢から救う方法について話し合っていた。


「ホーンを助けてもらったのに、申し訳ありません……」

「いや、俺もそう判断するだろう。目まぐるしく情勢が変わる中で、町を守る衛兵が離れるわけにはいかないからな」


 ベギラスをモンスター集団から救うため、共和国軍に協力できないか、議長の息子やサイモンに打診していた。

 まあ、昨日戦っていた敵国を救ってほしいなんて話が通るわけがない。


 とはいえ、いまは少しでも友軍が欲しい状況だ。

 それに、共和国は複数の小国から成る連合軍だから、可能性は全くゼロというわけでもなかった。


「となると、正面から帝都に正々堂々……という計画は無理だな……」


 うーん。共和国軍から正式にモンスター襲来を帝国軍に伝えて、一時停戦を合意させる計画だったが、別の計画を考える必要があるな。


 一室で悩んでいると、酸欠で青くなった顔のマトビアが今にも倒れそうな様子で駆け込んできた。


「はぁはぁ……お兄様、大変なことが……」

「何があったんだ……! マトビアが走るなんて!」


 想定外の事態が起きたことは明白だった。


「モンスターが……帝国に現れたようです!」

「ど、どういうことだ!?」

「ルルカ様からの伝文によると、帝国はモンスターの軍団を素通りさせて、帝国内にモンスターを引き込ませたらしいのです!」

「なっ……戦わずにモンスターを受け入れたということか……?」

「ルルカ様は帝都近くまで接近しており、動向を見極めようとしていますが、どんどんモンスターの数は増えているとのことでした。そして、モンスターを統率しているのは、金色のドラゴンのようだと」

「北の樹海でリオンと戦っていた奴だな」


 おそらくモンスターの大移動は、帝国側にモンスターを受け入れる準備が整ったことを合図に起きたのだ。でなければ、これほどいいタイミングが重なるはずがない。

 つまり、ベギラス皇帝崩御は仕組まれた計画のうちの一つということになる。


「帝国を滅亡させるために、父の死を画策した者がいるかもしれないな」

「その可能性は十分に考えられますわ。ただそうはあっても、共和国の者が謀略によって父上を亡き者にすることは、ほぼ不可能に近いのではないでしょうか?」

「帝国内の誰かか、第三者の存在か……」


 暗い表情のマトビアは何か思い当たる節があるようだった。

 俺はマトビアの不安そうな様子に気付き、サイモンを帰らせて、マトビアと二人きりになる。


 他人に見せないように平静を保とうとしている様子が、手に取るように分かった。

 胸が詰まるような極度の不安を味わったことは俺もある。実の母を失った日だ。何の後ろ盾もなくなった皇居という異質な場所で、俺は母のあとを追うことで、どうにか正気でいられたように思う。


「どうしたんだ……何か気になることがあるなら言ってくれ」

「……いま、帝都がモンスターたちに破壊されていると思うと……居ても立っても居られないなくて……」

「そうじゃない……」


 俺の言葉に思わずマトビアは顔を上げた。

 久しぶりに俺の顔をしっかりと見てくれたような気がした。


「マトビア……考えられないような事態が起きているからこそ、なんでも言ってほしい。俺はお前の兄なんだぞ」

「……じつは、昨日激しい頭痛がして……まるで別の人物の意識が流れ込んでくるかのような……激痛で……」

「だ、大丈夫なのか? 横になっていたほうがいい! 町で薬になるものを……」

「いえ! もう大丈夫なのですが、その意識の合間にアルフォスの顔を見たのです」

「……アルフォス?」


 父が亡くなったことで第一継承権をもつアルフォスが次期皇帝となるだろう。マトビアが見た幻覚は、その不安のせいなのか。

 

「はい。それも、魔人の姿に変わったアルフォスを」

「アルフォスが魔人に……?」


 話しながらマトビアはだんだんと顔色が悪くなっていく。


「お兄様……もしや、裏で糸を引いているのは、母上かもしれません……」

「まさか……アルフォスを皇帝の座に就かせるためにということか?」

「いえ、おそらくは帝国を再びモンスターの支配下におくことかと……」

「なっ……!」


 その突飛な発想に絶句したが、言われてみて考えると、たしかに辻褄が合う。

 長い間皇后に化けて、帝国と共和国を戦わせるように仕向けさせたのか。帝国の戦力を衰えさせた後、皇帝を亡き者にすることで指導者さえもいなくなる。

 そこに、手下のモンスターたちを結集させた……ということか。


「いやしかし……そうならばキョウリ皇后が魔人で、その血の繋がりがあるアルフォスとお前も魔人ということに……」

「……」


 沈黙したマトビアは心当たりがあるようだった。

 以前、雪山でモンスターに取り囲まれたとき、なぜ助かったのか分からなかった。しかし、今初めてその理由が分かった。

 リオンが言っていた通り、マトビアは魔人の血をひいていたのだ。


「マトビア、魔人の血をひいていようが、お前は俺の妹であることに変わりはない。これからもずっと大事に思っているぞ」

「お兄様……」

「それに、リオンのように魔人であっても人間と同じように生きることができる。何も恐れることはない」

「そうですね……」


 おそらく一番親しいスピカにさえも相談できずにいたのだろう。マトビアは大きく頷くと、顔を上げた。


「……お兄様の妹でいられて私は幸せ者です……!」


 パアアッ、と萎んだ花が朝日を浴びて、再び花開くようだ。

 マトビアに光のオーラが戻った。


「では、さっそく帝国を救うため手を打ちましょう! もうこれ以上、母上のいいようにはさせません!」

「お、おお……そうだな……」


 握りこぶしを作って、マトビアはすぐに気持ちを切り替えた。


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