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逃避行の終点

 日が暮れると、リオンたちは最上階からいなくなり、俺とストーンだけが残された。

 

 明かりがなかったので、暗視(ビジョン)を使うか悩んだが、またドラゴンが襲ってくることも考えると魔力は少しでも温存しておきたい。

 大きめの石を運んできて、その上で火をつけた。天井に煙突みたいな穴があるので、煙が抜けていってちょうどいい。


 すっかりあたりは暗くなり、俺は携帯していた乾パンと水筒を取り出して軽い食事をしていた。すると、リオンが薬を持ってきたので、ストーンを起こして飲ませた。


「ずっと良くなってきている」


 ストーンの顔色はよくなり、汗もかかなくなっていた。


「良かったナ。もうこいつは元気にナル」

「あ……そういえば、名前を言ってなかったな」


 毒のことや、この住処のことばかりで、ろくに名前も伝えていなかった。


「俺の名前はフェア。寝ているのがストーンだ」

「やっぱり、フェアに、ストーン……だったカ」

「知っていたのか」

「その、変わった剣と、マリアのニオイでダ」


 リオンは出会ったときから分かっていたようだった。

 とぼとぼと焚火に近づいて床に座ったので、俺もその横に腰を下ろして胡座をかいた。


「ストーンは私を殺そうとした男だったが、マリアはストーンから私を助けたあと、なぜ魔人を殺す必要があったかを、長い時間をかけて私に説明シタ」

「……それで、リオンは納得したの?」

「アア……マリアは人間ダ。その人間の命を奪う存在は、恨まれてもしょうがナイ」


 母と生活を共にすることで、リオンも人の命の重さを知ることができたようだ。


「母は、ここにどれぐらい居たんだ?」

「そうだな、陽が昇り沈みを繰り返して千回ぐらいカ」


 たしかにベギラスの辺境であるフォーロンには数年近く帰省していたが、まさかこんな北の樹海にいたとは誰も思わないだろう。


「マリアは、居ないのカ……?」


 リオンは俺の表情を見ると視線を落とした。


「やはりそうカ。ここを出ていくときに、マリアは自分の命の長さを知っていタ。もう帰ってこれないと言っていタ……」

「……母は、自分の寿命を知っていたのか……俺は知らされていなかった」


 帝都で息を引き取った母だったが、臨終の床には立ち会えなかった。母が病に伏せ始めるのと同時に、父との確執が始まり、母が亡くなるころには、ほぼ絶縁状態になっていたからだ。


「マリアは、何か言っていなかったカ?」


 もしかすると、母は病床に伏しながら俺に何かを伝えようとしていたのかもしれない。

 あのときの母は父の監視下にあったから……。

 

 ──いや

 

 それは言い逃れに過ぎない。

 

 俺は、病に倒れた母の姿を見たくなかったのだ……。

 父のせいにして、重要なことから逃げていただけだ。


「……すまない」


 俺のことを母はどう思っていたのだろうか。一人息子の俺のことを。

 いまとなっては、もう尋ねることはできない。

 

 母は俺をここまで導いてくれたのに、俺は何一つ母の望みをかなえてあげられなかった。

 

 ずっと逃げ続けて、亡くなる寸前の母の気持ちを考えないようにしていた。


「すまない……。母の近くにいながら、何一つ知らなくて……」


 思わず涙が流れた。

 リオンはびっくりして、俺の背中をさすった。たぶん、母がそうしていたように。


「大丈夫カ? フェア、泣くナ。私も哀しくナル」

「……すまない……」


 焚火の火の粉が、丸く切り取られた夜空に昇ると、灰になって消えていく。


 たくさんの赤い光が舞い上がっては消えていった。

 

 すると、リオンが俺に顔を近づけた。


「マリアのニオイがするナ……」

「……そう、か……?」


 リオンはごろんと横になると、俺の膝に頭をのせた。

 銀色の髪がリオンの濡れた頬に張り付いて、その横顔は見えない。


「……会いたいナア……もう一度ダケ」


 俺はその言葉に激しく同情した。それは共鳴に近い、心が震えるほどだった。

 

「……もし、もう一度だけ会うことができたらどんなにいいか……」


 リオンの髪を撫でながらつぶやくころには、俺の膝の上で眠っていた。



 俺は心の奥で、母に会えると思って、幻影を追い続けていたのかもしれない。

 母の望みが何だったのかを知るために。

 

「……母の望みか……」


 母から飛空艇を贈られたとき、日記には平和のために使ってほしいと書いてあった。そのときは帝都のことなど、どうでもいいと投げやりになっていた。

 しかし、長い母の足跡を追って、終点に着いた今、気持ちは変わっていた。


「帝国と共和国の平和のため……」


 そして魔人の平和さえも……母はすべての平和のために奔走していた。


「世界平和か……そう、母の望みは世界平和」


 母も俺も最初から間違っちゃいない。帝国がこのまま突き進めば、共和国に負けるのは必至。

 たとえ父と戦うことになったとしても止めるべきだ。

 俺は母からたくさんのものを授かった。だから、平和を守る義務がある。


 小さくも真っ赤な焚火の炎が、俺の心に火を灯したように思えた。

 

「逃げるのは……ここまでだ」


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