リオンのすみか
巨木には大きな穴ができていて、根が階段のようになっていた。
リオンがその入り口で止まり、こっちへ来いと合図を送っている。どうやら、そこが正門らしい。
「うっ……すまんな。逆に助けられる側になっちまうなんて」
担がれて歩くストーンは、申し訳なさそうにつぶやいた。
「いや……ドラゴンの急襲でストーンが間に入ってくれなかったら、死んでいたよ」
リオンに誘導されるがままモンスターの巣窟に入ってしまったが、もしこの状態でモンスターたちに襲われたらおしまいだ。
母が助けた魔人だし、害意があるようには感じないが万が一ということもある。
警戒しながら巨木の内部に入ると、じめじめした暗い空間が広がっていた。
やがて暗闇に目が慣れると、所々に発光するキノコのようなものが壁や天井にくっついているのが分かった。
ダンジョンといえばそのとおりで、薄気味悪く、空気が滞留してよどんでいた。
「ここでは、キノコを育ててイル」
リオンが指したところには、たしかにキノコが群生していた。よく見ると、さまざまな色をしたキノコたちが、あちこちに育っているのが分かった。
「ドラゴンの毒を癒すのは、これとこれだったカ……ナ?」
「……それで本当にあっているのか?」
俺は、首を傾げながら怪しげな色のキノコを摘むリオンに念押しした。
自信がなくなったのか、リオンのもとにゴブリンがトコトコと歩いてくると、何やら目を合わせたり、キノコを差し出したりして、無言で確認しているようだった。
背丈が近い醜悪なゴブリンと、いたいけな姿の魔人がやりとりしている様は不思議な光景だ。
いくつか手に取ると今度は上に続く階段を上がっていったので、リオンについて行く。
「次の場所では、ニワトリを育ててイル」
「……ニワトリ?」
壁に沿うように彫られた階段を上がると、ニワトリの騒々しい鳴き声が耳に入る。
上の階は、横から日差しが入るように壁がくりぬかれていて、下の階よりも明るい。
木柵に囲まれた区画がびっしりと奥まで並んでいた。
「おー、これは……すごい数のニワトリだな……」
ふらふらしていたストーンも頭をあげて驚いた。
「私たちはキノコとニワトリを食べてイル。だから、人は襲わない。人を襲うのダメ、ゼッタイ」
なるほど……巨木を改造して階層ごとに機能を分けたのか。これができるのは、科学と魔法に精通した人間だろう。
「……人を襲わないように教えたのは、母さん……マリアなのか」
「そうダ。この家も全部、マリアに教えてもらいながら作っタ」
「モンスターたちはどうしているんだ? 君の命令をちゃんと聞いているのか?」
「……シモベたちも一緒ダ。シモベは私の体の一部。魔力で繋がっているから、人を襲うことはナイ」
ゴブリンがリオンに近づくと、キノコを受け取りどこかへ持って行った。
たしかに言葉は交わしていないが、魔力で何かしらのやり取りをしているのだろう。
「ここよりも、ずっといい場所がアル。そこでたくさん話をシタイ」
リオンを先頭に最上階に上がる。
自然に割れた天井から真っ白な光が降り注いでいた。樹海を覆う木々を巨木の天井が越えて、青い空が垣間見える。今までずっとオレンジの木洩れ日だったから、原色の太陽の光を久しぶりに見た気がした。
ドラゴンに破壊された横壁からは、風が吹き込んできていて、早々に巨人らが補修して塞ごうと作業をしている。
そして、中央にはテーブルや椅子が置いてあり、人の文明を感じることができる空間になっていた。
「ここに寝かせるとイイ。……毒消しができたら飲ませル」
ゴブリンたちが部屋の隅のほうで葉っぱを集めて、ストーンのベッドを作っていた。
言われた通りに寝かせてから顔色を見ると、だんだんとひどくなっている。
唇は青くなり汗をかいているし、意識が朦朧としているようだ。
すると、さきほどキノコを持って行ったゴブリンが、キノコの代わりに木製のコップを手にして階段を上がってきた。
コップの中をのぞくと、青黒い液体が入っている。
「こ……これ、飲んで大丈夫なやつ?」
「……」
リオンはゴブリンと目を合わせてしばらく沈黙した。
「たぶん、大丈夫ダ」
「ほんとに?」
変な沈黙の時間があったような気がしたが……。
リオンがコップを受け取ってストーンに近づけると、もう一匹、同じようなゴブリンが階段を上がってきた。
手には全く同じ木製のコップを持っている。
「……あれ? さっきと同じ……」
二匹目のゴブリンがコップをリオンに渡した。
コップの中には透明な、水のような液体が入っている。
「……」
リオンとゴブリンはまた、目を合わせてじっくりと沈黙する。
「……」
「……!」
「……?」
「……アッ! 間違えタ!」
慌ててコップを取り換えると、ストーンの口元に近づける。
「ちょ! ちょっと待って! 大丈夫!?」
「アア、最初のは私がシモベに頼んでいたティーブレイク用の飲み物ダッタ。毒消しは別のシモベに頼んだのダッタ」
どっちも似たようなゴブリンに頼むから分からなくなるんじゃないか……。
というかティーブレイクって……普段からあんな毒々しい飲みものを飲むのか……。
「ほんとうに、大丈夫だよね?」
「何度かドラゴンと戦っているカラ、毒消しが効くのは間違いナイ」
「それは、人でも効くのか?」
「タブン……シモベはみんな元気になったカラ……」
リオンは自分自身を納得させるように二度うなずく。
うーん。心配だ……。
かといって、ここから拠点に戻るとなれば一日以上はかかる。俺だけ往復するには時間がかかり過ぎるし、無理にストーンを動かすわけにもいかないしな……。
解毒剤らしきものを飲ませると、ストーンは意識を失うようにしてそのまま眠る。
「とりあえず、様子を見ることにするよ。ここで寝かせてもらってもいいかな」
「アア、なんでも言ってクレ。腹は減ってないカ?」
「……いや、食料は持ってきているから何か食べるよ」
「ホントカ? 遠慮はするナ?」
「い、いや、大丈夫……」
リオンはテーブルにつくと、ゴブリンが持ってきたコップを手にしてズズッと飲んだ。




