慎重な探索
昼間、さらに樹海の表層部分をなぞるように北上していると、ストーンが声をひそめた。
「あれを倒せるか?」
ストーンは大きな葉の影に隠れて、木の枝を指さす。
そこには小鬼に羽が生えた石像のようなモンスターがじっと座っていた。
「ガーゴイル……」
「そうだ。あいつはやっかいでな。木の枝を上る前に気づかれるし、空中に逃げられると五月蠅くてしょうがない」
「わかった……」
ストーンと同じように葉の影に隠れて、ライフルの先端を向けた。
なるべく気づかれないように、静かに火力と浮力を唱える。
「よし……」
トリガーに指を添えて、息を止める。
練習したようにガーゴイルの中心を狙った。
──ドシュッ
トリガーを引くと短い発射音がする。
バサバサとガーゴイルが異変を察知して、飛び上がった。
「外れた……?」
ところが、飛びながらガーゴイルは胸のあたりからじわじわと黒くなり、全身にそれがまわると、灰になって崩れ落ちた。
「おー上等、上等」
「……ふぅ」
「自分が死んだのも気づかなかったんじゃないか」
「まだほかにもいるかな」
「そうだな。ガーゴイルがいるということは、巣が近いんだろう。少し遠回りしよう」
どうやらガーゴイルは門番のような役割を担っていることが多いらしい。
目的は魔人狩りではない。
そう言って、ストーンはここから奥には入ろうとはしなかった。
***
さらに迂回しながら、北に回り込んでいくと、ゴブリンなどの小規模なモンスターと戦った。
俺の出番はなく、ストーンが一瞬で灰にする。
「二三匹は逃がしとこう」
慌てふためくゴブリンは森の奥へと消えていく。すこし間を置いて、やつらのあとを追う。
鬱蒼と茂った人の背丈ほどある葉っぱをかき分けると、急に先を歩いていたストーンが身を屈めた。
同じようにしゃがんで、ストーンに近づく。
「大勢のモンスターたちの声が聞こえる……」
耳を澄ませば、虫の音とは違う騒々しい獣の吠えあう声が聞こえた。
「モンスターの巣があるってこと?」
「まあ、そうなのかもしれんが……ふつうは地下とかダンジョンにあるもんだが……」
気になったストーンは少しずつ近づき、葉の隙間から顔を出した。
「見てみろ、なんだか大変なことになってるぞ」
すっかり隠れもせずに立ち上がったストーンは格好の的のように思えたが、どうやらそれどころではなかったらしい。
同じように立ち上がると、モンスターたちが木の上やら、地上やらで大合戦をしていた。
人と戦っているわけではない。
モンスター同士で戦っていたのだ。
数十匹のゴブリンの群れ同士がぶつかれば、そこに上空から突撃してくるガーゴイル。
木々の間を山猿を大きくしたようなモンスターが移動して、巨人に木の枝を尖らせた槍をふるう。
それを遠目でみていた俺たちに気づくはずもなく、混沌とした力のぶつかり合いがあちこちで勃発していた。
「モンスターも人間みたいに勢力争いするんだな……」
戦争を傍観していると、なんでこんな争いをしているんだと思わされる。
そして、帝都に置いてきたアルフォスのことが脳裏をよぎる。断絶したはずの父のことも。
しばらくモンスター同士の戦争を見ていると、攻守の形がなんとなく分かってきた。
「何かを守っているみたいだね」
「うーん。そうか? 俺には全くわからん」
なんとなく、軍の陣形などを覚えさせられたせいか、もともとこの土地にいたモンスターたちと、攻め込んできたモンスターたちの争いに見えてくる。
「ほら、あの大きな樹木。あそこが、守りのモンスターの基地だよ」
「ああ、まるで蜂の巣つついたみたいにガーゴイルが出てくるな。……ん、ということは、あの中に……」
ストーンが気づいたとき、空が陰り、風が変わった。
森の葉が裏返り、黄色の景色はインクを流したように一気に黒く変色した。
「やべえのが来るな。身を隠せ」
言われるままにしゃがむと、そらから金色に輝くドラゴンが姿を現す。
「嘘だろ……あんなでかいの初めて見たぜ」
羽ばたきするたびに木々がしなり、葉っぱが竜巻のように舞い散る。
滞空中のドラゴンはその大きな口角で、守り側のモンスターの木に噛みつく。
落雷のようなすさまじい音とともに、重厚な木の表皮が剝がされた。
中にいたオークやら、木の姿をした化け物らがドラゴンに飛びかかる。しかし鋼鉄のように硬いドラゴンの鱗を突き破ることはできない。
ついにドラゴンは巨木のなかに顔を突っ込むと、顔を出した時にはくちばしの先に人型の何かを咥えていた。
「あ! あれは!」
「なんてこった! あれは魔人だ」
俺より少し背の低い、まだ子供といえるぐらいの魔人だった。
肩にかからないぐらいの銀色の髪を揺らし、必死になってドラゴンの口を開けようと両腕で押し上げていた。
顔を真っ赤にして、額には血管が浮かばせる。閉じてしまえば、食べられてしまうからだ。
「助けよう!」
ライフルを構えると、ストーンが横から握った。
「待て、助ける相手は魔人だぞ……?」
ストーンの言っていることはたぶん正しい。
魔人を助けても感謝されるとは限らないし、他の人にも危害を及ぼす可能性がある。
ライフルの銃口を下げて、もう一度魔人をみたとき、銀色の光沢ある髪の間から、上に生えている奇妙な角が目に入った。
髪に隠れていた金色の派手な角は二本生えていて、そのうちの一つの角に、色落ちした赤のレースがリボン結びされていた。
そのリボンが目に入った瞬間に、俺はライフルをもう一度構えた。
「ストーン、ごめん。やっぱり助けたい」
火力を溜めると、鉛玉に浮力をかけた。
「しょうがねぇなあ……」
ストーンのその言葉と同時に、俺はトリガーを引いた。




