ミーナとストーン
部屋の中はオイルのニオイで充満していた。
思わずストーンと俺は鼻をつまんで部屋の窓を開ける。
「あー、思い出してきた。ミーナっていつも、こんなニオイだったな」
部屋には分類された部品が木箱に整理されて、様々な道具が壁にかけれられていた。
母好みの部屋だ。
いつも何かを作っていたし、よく製図台で何かを書いていたな……。
この部屋の真ん中にも、大きな製図台が置いてある。
製図台には引き出しがついていて、フォーロンの書斎のように鍵がかかっていた。
「『開錠』」
引き出しからは、年季の入った日記が出てきた。
「おっと……それじゃ、俺は外で待つとするか」
ストーンは日記に見覚えがあったのか、気遣って作業部屋から出ていった。
俺は製図台に座って日記を読んだ。
日記の最初のページは、母が共和国に来た日から記録されている。
『この世界の英雄を探すために、ホーンに向かった』
この世界の英雄とは、ストーンのことだ。
彼は母が言う、作られたこの世界の主人公のようだった。
『彼が共和国か帝国の傭兵になれば、大虐殺が起きる。彼は敵に対して容赦ない』
今のストーンには分別があるように思えた……が、激しい戦い方をしていたと、アーシャが言っていたのを思い出す。
昔は違ったのかもしれない。
ストーンこそが世界の命運を握っている。そう考えた母は、身分を隠して名前をミーナと偽り、ストーンとパーティーを組むことにしたみたいだ。
『彼は力を持て余している。モンスター退治がいいかもしれない。本当のシナリオから脱線するけれど、彼には無限にわくモンスターを相手にしてもらおう』
本当のシナリオ?
帝国が滅びるシナリオということだろうか。
最後のページを開いた。
裏表紙にずっと前に記された文字があった。
『すべては世界の平和と息子のために』
母が考え抜いて、遠方の他国まで来た理由のすべてだった。
帝国にいても助からないことを悟った母は、ひとりで共和国に来た。
無論、本当のシナリオなどと言っても誰も信じてはくれない。
「孤独だっただろうな……」
部屋を出ると、ストーンが机に腰かけてずっと俺を待っていた。
「おー、どうだ、ミーナのことが少しでも分かったか?」
「ええ……。母は俺のために嘘をついていたようです」
「どういうことだ……?」
俺は日記に書いてあったことをストーンに話した。
母が秘密にしていたことを話していいか迷ったが、彼は孤児院も作ったし、俺にも親切にしてくれる。アーシャも信頼しているようだし、すべてを信じてもらわなくても真実を伝えたほうがいいと直感したのだ。
母には世界の結末が分かっていたこと、ストーンを誘導して世界を救おうとしていたこと全て……。
ストーンは最初のうちじっと聞いていたが、最後には笑いをこらえていた。
「まー、たしかにミーナはそんな雰囲気だったな。寡黙というか……。しかし、俺のことをそんな風に見ていたのか……逆に俺はミーナのことが怖かったけどね! はははっ」
憎むどころか、腑に落ちた感じだ。
どうやら、共和国で過ごした母はずっと孤独ではなかったようだ。
母は気づいていたのだろうか、孤独ではなかったことに。
きっと、そうあってほしい。
でもどうして……
「よくわからないんですが、ストーンさんたちと母はなぜ別れたんですか?」
「……それは、モンスター退治の結末の話をしないといけないな……」
***
ミーナと俺、アーシャは当時、国の依頼で共和国中のモンスターを倒していた。
しかし、どれだけモンスターを退治しても奴らを根絶することはできなかった。
奴らには親玉がいた――魔人だ。
いくつもの依頼をこなしていくと、魔人が生きている限りモンスターは無限に現れることが分かったんだ。
帝国領では魔人を討伐したことで、一切モンスターが現れなくなったらしい。ま、それを教えたのはミーナなんだが。
俺たちは魔人の居所を突き止めて、とうとう魔人と対決するところまで来た。
「次の巣窟に魔人がいるはず。しっかり準備をしましょう。ストーンの刀は研がなくていい? アーシャの魔力は十分?」
ぶっちゃけ、俺が伝説の冒険者とか言っているが、パーティーを仕切っていたのはミーナだ。ミーナは機転がきくし、モンスターにやたらと詳しい。
そして何よりも『ライフル』とミーナが名付けた、長い鉄筒の武器が異様に強い。
長剣ほどの長さの鉄筒に、いろんな部品を取り付けてミーナ作った武器は、鉛玉を発射して、遠くのモンスターの装甲を貫く。
しかし――それでも魔人は強かった。
巣窟の中央にいたのは、魔力が漲った人型のモンスターだ。やつは様々な魔法を連発して、アーシャと俺から距離をとっていた。
一瞬でも気を抜けば、電光石火の魔法に触れて命を奪われる。
魔人に近づけば近づくほど、発射される魔法の数は増えた。
一方で、巣窟にある穴からはモンスターがうじゃうじゃとわいて出てくる。
「敵が多すぎる!」
ミーナが後方支援をする計画だったが、魔人の強さに作戦を変更するしかなかった。
「二人は私を守って! 私が魔人を狙う!」
屈んだミーナの背後に回り、俺は刀を振るいモンスターを屠った。
ミーナのライフルから爆発音がして、弾が発射されると、魔人の悲鳴が聞こえた。
無限にわいていたモンスターたちは、急に泥人形みたいになり、形を崩す。カオスの渦だった巣窟は、魔人の悲鳴だけを残して空虚になった。
魔人はまだ息をしていた。崩れゆく体を再生し続けて、消滅に抗っていた。
「これでこの旅も終わりだな」
俺は魔人の首元に刃を当てた。そして刃を振り上げたとき、ミーナが俺を止めた。
「待って!」
……ミーナは同情してしまったんだ。
涙を流し、崩れた体をどうにか再生し、哀しげに声を漏らす魔人に。
「おいおい、なんのためにここまで来たか分かってんのか」
「……」
「ミーナ、この魔人のせいでたくさんの人間が死んだんだよ。助けてやる義理はないじゃない」
アーシャもミーナの同情は的外れだと言った。
「……そうよね。モンスターたちに襲われた子どももいるんだし……」
ミーナがそう言ったとき、魔人の口からとんでもない言葉が出て来た。
「た、助けて……。助けて、子ども……子どもを助けて」
「……!」
そのとき、俺は気付いた。魔人の魔力は自分の子どもを助けるために使っていたことに。死にゆく魔人の傍らには、幼児のような子どもの魔人がいた。
青い肌にツノと尻尾が生えて、モンスターであることは分かった。しかし、人間の女の子の形をしている。
俺の頭の中は混乱した。
その子どもの魔人は、灰となった親を見た後、俺たちを威嚇した。
まだ子どもだというのに、火力を使ってきた。
無論、そんな魔法はくらうはずもないが、これから先、必ず強い魔人になることは分かっている。
「退治するか」
俺はそいつを隅に追いつめた。
「……殺すのはやめましょう」
なんとなく予感していたがミーナは反対した。
「モンスターとはいえ、こんな子どもを殺すことはできません……」
「でも、いずれ人を襲うでしょ?」
「俺たちはモンスターを退治するために来たんだ」
ためらってはいけない。ミーナの意志は、まだ揺らいでいる。今しかない。
俺は刃を振るって、魔人の子に振り下ろした。
その瞬間、ミーナが俺の前に立ち、慌てて剣の向かう先を変える。
「バカ野郎! なんてことを……!」
「この子は、私が連れて帰ります」
「ミーナ、肩から血が……」
人生でブチ切れたのは、あれが最初で最後かもな。
それからはパーティーを解消して、ミーナは故郷に帰った。魔人の子がどうなったかは分からない。
ミーナがいなくなるまでの記憶がないんだ。
それから少し経って、孤児院を作ろうと思ったのは、ミーナに帰ってきてほしい……と願う自分がいたのかもしれんな。
***




