共和国の繁栄
初めてのモンスター退治は金貨100枚ほどの報酬となった。
ほぼストーンが仕事をしてしまったので、受け取った金貨袋をストーンに渡すと、いらないと言われた。
現役の冒険者だったときの貯えがあるらしい。
「しつこい雇い主が金貨袋を送り付けてくるんだが、それも送り返している」
あまり金銭のことについては深く考えたことがなかったが、帝国の貨幣価値に換算してみても、皇族の十日あたりの収入より多いんじゃないかと思える。
共和国のほうが帝国よりずっと栄えているようだ。
仮にもし、共和国が一致団結して帝国を攻めたらどうなるのだろう……。もし、ストーンやアーシャが共和国の傭兵になり帝国兵と戦うことになれば、互角に戦える者などいるのだろうか……?
孤児院に着くと、見知らぬ集団が玄関前に群がっていた。
軽装だが全員武装しており、中心にいる中年の男は派手で真っ赤なマントを装備していた。
玄関先で応対していたのはスピカだ。
「そう言われましても……マトビア様はお忙しいですし……」
マントをつけた男と話している。スピカは眉をしかめて、苛立ちを募らせているようだ。
「一目でもいいですから、ぜひ!」
「困ります……」
「私の身分は、共和国議会の議長の息子なのですよ。それを拒むとはどういうことかお分かりか」
「しかし、マトビア様が会いたくないと言われているので」
俺たちに気づいたマントの男は振り返ると、貼り付けたような笑顔でストーンに握手を求めた。
「よう、伝説の冒険者様のお帰りだ! やっと復帰してくれるようだな」
しかしストーンは握手を拒んだ。
顔見知りではあるが、ストーンは嫌っているらしい。
「俺の屋敷に何の用だ?」
「私の耳に帝国の姫君が現れたと入ってね。追ってみたら君の孤児院にいるそうじゃないか」
「……」
マトビアがいることがバレたのか。
それでスピカがキレそうになっていたんだな。
「ここにいるよりも、私の城のほうが安全だから、匿ってあげたい。同意してもらえるかな」
「そんなわけにはいかない。俺の客人なんだぞ、勝手なことしたら、ただじゃ済まないぞ」
ストーンの漏れ出た苛立ちに、場の空気が引き締まる。
「し、しかしな……姫君は私の婚約者なんだぞ。君はマトビアの何なんだね? マトビアと会うこともできないこの状況で、いくらストーンでも筋が通らないぞ」
「……」
この貴族かぶれが議長の息子? マトビアの婚約者なのか?
……マトビアが国外逃亡を図ってまで結婚を拒む気持ちが分かる。鼻にかかった物言いを聞いて、帝都にいたときにたまに会う腐れ貴族たちを思い出した。
「俺はマトビアの兄だ」
「へっ? ……マトビアの兄……っということは、帝国の皇子?」
「いまマトビアが一番恐れているのは、このように共和国内で注目を浴びることだ」
妹を変なマントの男に渡すわけにはいかない。
こういう輩は権利をやたらと主張したがる。多少危険になっても、身分を明かして拒む必要がある。
「た、たしか、帝国で廃嫡になった皇子がいたが、それがまさか……あんたか」
「悪かったな、皇子じゃなくて。だが、マトビアの兄であることには変わりない。ここはお引き取り願おう。そして、このように騒ぎ立てて、マトビアを困らせないでほしい」
「……くっ!」
議長の息子は悔しそうな顔で、馬に乗り町に戻っていった。
「だいぶん、因縁をつけられてしまいました。すみません」
ストーンの雇い主ということもあり、影響は避けられない。俺は謝ると、ストーンは首を振った。
「あいつのやり方は嫌いだなー。俺はあいつの父親がいい奴だったから契約したんだ。父親は亡くなったのに、あいつはずっと契約を解除しない」
マントの男はストーンの雇い主ではあるが、ストーンの本意ではないようだ。
一部始終を見ていたアーシャは暗い表情になっていた。
「マトビア様がここにいるってバレてしまった以上、孤児院では警備の面で不安があるわね」
共和国でも情報が広がるのは時間の問題だろう。
「移るか。拠点に」
以前話していた拠点の買戻しは、すぐにでもできるようだ。
「……マトビア様があの殺伐とした拠点に住めるかしら……」
「とはいえ、ずっと俺たちがついているわけにもいかないだろうし」
「まあ、拠点の方がずっと守りやすいしね……しょうがないわ、ちょっと私が改築しちゃおうかしら」
ブツブツいいながらアーシャは孤児院に入っていった。
***
ホーンの町と飛行船の停泊地を結ぶちょうど中間にストーンたちの拠点はあった。
母とストーンとアーシャで、戦いの準備と訓練をしていた拠点。
そして昔、ストーンが冒険者稼業をやめてから、売ってしまった土地だ。
ゆるやかな丘を登ると、四角い建物が見えてくる。
「あっ! あれは……もしや!」
スピカにおんぶされたマトビアが、何かを見つけ大声を出した。
少し進むと、たしかにフォーロンで見た受信塔がある。
「たしか……フォーロンの爺さんが母と伝文でやりとりしていたと言っていたな」
フォーロンを脱出するときに持たされた送信器のことを思い出した。
「すごいですわ、これで帝国と情報をやりとりできます!」
「まあ、壊れてなければね」
「ああ、そうでした……あれから何年も経っていましたね……でもお兄様でしたら直せますよね」
「まあね」
敷地内は格子状の木材に囲まれて、訓練用の広大な土地がある。
「なつかしいな」
ストーンは敷地内に唯一ある建物に向かっていった。
頑丈な観音開きの扉を開けると、だだっ広い工場のような空間がある。
たしかに、アーシャが言っていた通り、殺伐とした風景だ。
ここで寝泊まりできるのか?
「マトビア様はこちらにどうぞ……」
工場のなかに急遽作られたのだろう、大きな木材の壁があり、女性専用になっているようだ。
「女以外はこの扉を開いてはならぬ……開いたものは、麻痺の餌食となるであろう」
アーシャが俺とストーンをにらんだので「ひっ!」と一歩下がった。
女性たちは壁の向こうに行き、俺はストーンに案内されてミーナが使っていた部屋に案内された。
「ミーナの部屋はここなんだが」
ドアをあけようとしても鍵がかかっている。
「この通り、ミーナが鍵を持ったままなんだ。……まあ、力任せに開けていいんだったら開けるが、いいかね?」
「あ! ちょっと待ってください!」
開錠を唱えると、カチャッと鍵が開く音が聞こえた。
「おー、すごい。便利な魔法ばかりだな」
ミーナがストーンたちと別れてから、長い間、誰も入ることがなかった部屋だ。
母のすべての秘密がここにあるに違いない。




