田舎町ホーン?
スピカがとうとう限界を超えて何も喋らなくなったので、俺たちはカチカチに凍ったパンだけを購入して飛行船に戻った。
客室の暖炉に火をつけると、スピカがまだ小さな炎に手をかざす。
手、燃えるんじゃないか……。
雪猿たちに荒らされた形跡もなく、とりあえずほっとした。
「『浮揚』」
ギシギシと飛行船が体を起こして、ゆっくりとゴンドラの傾きが水平に戻る。
風力でタービンを回すと、離陸可能な状態になった。
「今度こそホーンへ向かうのですね」
客室の窓からマトビアが顔を出した。
「そうだな。ストーンに会ってみよう」
「……疑問なのですが、どうしてお兄様はストーンという方に会いたいのですか?」
そうだな。改めて聞かれると、何のために会うのか分からない。母の導きに従っているが、俺自身はどうなんだ。
母の日記では世界の平和のためにとあるが、べつにそんな高尚な気持ちは俺にはない。
たくさんの設計図を残し、この世界の結末を知っていた母。一番近い存在だったのに、今では何ひとつ知らないように思える。
「まあ、母を知るためかな……。旅には目的があったほうがいいだろ。それに」
「帝国には帰れないですからね」
「母はフォーロンにいる間の数年、ストーンと会っていた。ここで何をしていたのか、聞いてみたいな」
「ビードルさんの反応からして、あまり堂々とストーンさんの名前を出すのはよくないですね」
そうだな。ストーンっていったい何者なんだ。
「元ギルド冒険者って言ってたな。とりあえず、ホーンのギルドに行ってみるか」
レバーを引き、プロペラを回すと飛行船はホーンに向けて飛び立った。
方角を固定してしばらく席を外す。
客室に入ると暖炉の火が消されていた。気温はスノウピークにいたときより、ずっと上がっている。
「スノウピークではご迷惑をおかけしました」
顔色の戻ったスピカが頭を下げる。
「あれは俺の準備ができていなかったことが原因だ。スピカは特に災難だったな……」
「いいえ……本来、食事を用意することが侍女の役目ですので。それをないがしろにしていた私に咎があります」
「まー、あのときはバタバタしていましたからね。どうしようもないですわ」
デウロンが追ってくるとは思っていなかったからな。まあ、そこを想定していなかったことがあまかったのだが。
「ところで、銀貨をもらったんだが、共和国の貨幣はほかに何があるんだ?」
「低いほうから銅貨、銀貨、金貨です。それぞれ十枚が一枚になって価値が上がります」
さすが手紙魔のマトビアだ。情報通がいると助かるな。
「スノウピークでは銀貨一枚で、つららみたいなパンを五個買えたということは、銅貨二枚でパン一個というわけか」
「帝国と比較すると、おおよそ、金貨一枚あれば宿を借りれる計算ですね」
帝国での相場を知るスピカの通りだとすると、手持ちがかなり不安だな。
宿なしの貧乏旅だ……。
「まあまあ、そんなに落ち込まないでくださいな」
マトビアがポンポンと俺の肩を叩く。
「ギルドに登録して依頼をやってみるか?」
「楽しそうですわね!」
気を遣っているわけではなくて、本音のようだ。
「姫様には少々危険ではありませんか?」
「もちろん、マトビアがいるから安全な依頼だけにしよう。さっきスノウピークでちらっと依頼を見たんだが、草花の採取や、物資の運搬なんかもあるようだ」
***
飛行船は草原地帯を飛ぶと、点々と民家や家畜の群れが見え始めた。
田舎だな。フォーロンより田舎だ。
すると眼下にフォーロンのような町が見えてきた。
石壁に囲まれた畜産業の町だ。
羊とか鶏とかを飼っている。用水路があり、沿うように小麦畑が広がっているな。
「あれはなんでしょう……?」
下の方ばかり見ていたが、前に視線をずらすと地面から何か突き出ている。
「塔だ。しかもかなり大きい。ん……? 家が密集しだしたな……」
次第に農地はなくなり、町の壁は高くなる。
大きな川が見えて、その周辺に家が密集し始めた。
「おいおいおい……どこが田舎の町だ……」
「あ、あらあら……」
アウセルポートを超える人口だろこれは。
時間を告げる大鐘を備えた立派な教会の塔と、その横に立派な木造建築物らしきものも見えた。
何人もの人が俺たちの飛行船を見上げて指さしているじゃないか。
「この付近には着陸できないな。少し離れたところにしよう」
ホーンに続く道には馬車が走っているので、道から逸れた川の上流に位置する森を目指した。
ちょうどよい窪地があったので、そこに飛行船を着陸させた。
「ほんとうに議長の息子とやらの情報は正しいのか?」
「私は手紙でやり取りしているだけですので、それをお伝えしたまでです」
「フォーロンぐらいの町って書いてあったのか?」
「いえ、田舎の町だったかと……」
ふーん。田舎の町ね。
城を除けば、帝都ぐらいあるんじゃないか。
「ホーンの住民を騒がせたから、少しほとぼりがさめてからのほうがいい。夜に忍び込んで、ギルドまで行こうか」
「では、変装したいと思います」
そうだな、モンスターもいるし飛行船にはおいていけない。
しかし、なんで議長の息子とやらは嘘の情報をつかませたんだ。信用ならんな。
中立的な町というのも嘘なのかもしれない。




