好奇心は原動力
母が残した機械は井戸の汲み上げだけではなく、風車などのいたる所で利用されていた。
どの機械も風力や水力の魔法が動力源になるシンプルなものだった。これらの魔法は一般的で、よく継承される魔法だ。おそらく母は、長く利用してもらえるように考えて、機械を設計したのだろう。
ただ、経年劣化だったり、何かのトラブルで半数が故障していた。十年近く何もメンテナンスされていなかった機械もあり、さすがに壊れるのは仕方ない。
暇だった俺は、それらを解体して修理したり、メンテナンスすることで時間を潰していた。
「フェア殿、物資が届きましたぞ」
飛行船の修理に使う物資を頼んで十日たったころ、廊下ですれ違ったジョゼフ爺さんが小声で俺に伝えた。
「助かります……」
「荷車に積んで南の倉庫に置いておる。フェア殿の魔法があれば一人でも大丈夫じゃろ?」
「はい。夜のうちに移動させます……」
まるで密偵のように会話して、何もなかったかのようにジョゼフ爺さんと別れる。
マトビアとスピカにだけは、飛行船のことを悟られてはいけない。
ちなみに、ジョゼフ爺さんを通じて、ルルカにも秘密を漏らさないように伝えてはいる。
フォーロンに飽きた頃だし、置いていくなんて聞けば、絶対に付いてくるだろう。
特にマトビアは、知略縦横にあらゆる手を尽くしてくるだろう。
「お兄様、今日も天気がよくて若葉の青が眩しいぐらいですわね」
「おわ! おお……マトビア……元気そうで何より」
マトビアのことを考えていたら、急に本人から声を掛けられて驚いた。
「どうしました? そんなに驚いて?」
「いや、なんでもない。ちょっと考え事をしていたから……」
何かを嗅ぎつけたマトビアの目が、キラリと光ったような気がした。
「何か隠していらっしゃる?」
まずいな。そして早い。暇なので、感覚が研ぎ澄まされているな。
まだ修理に着手もしていないのに、もう疑われている。
「いや、じつは……ルルカなんだが……婚約者とかいるのかなと……」
「えっ……!」
ルルカすまない。
マトビアの好奇心をそらすにはこれしかないんだ。
「もしかして、お兄様、ルルカ様のことが……」
「まあ、ちょっと気になって。このことは本人には言わないでほしいんだが」
「私もルルカ様は素晴らしい女性だと思います。そうですか……。お兄様の好みは、ルルカ様のような方なのですね……」
よし。
これで完全にマトビアの目をくらませることができた。色恋沙汰は、女性の大好物だからな。
「お兄様、ここから先は私にお任せください。スピカと一緒に、フォーロン家の屋敷の使用人まで言いくるめて、総力を上げてルルカ様の情報を集めます」
「えっ……? いやいや、そんな大それたことはしなくても……」
「大丈夫です!」
俺の肩をしっかりとマトビアがつかむ。
「ルルカ様に気付かれるような、野暮なことはしません。お兄様は堂々としていれば良いのです」
「あ、はぁ……」
マトビアは鼻息を荒げながら、どしどしと廊下を突き進んでいった。
***
深夜に倉庫から荷車を引いて、洞窟の入り口に着いた。
岩をどかして穴の中に修理部品となる、ゴムの原料を下ろす。
浮揚でしか開かない入口なので、俺以外の人間は中に入れない。とりあえず穴の中に物資を入れておけば大丈夫だ。
そこから先は荷車がないので、一つずつ手作業で飛行船まで運んだ。
「しかし、何度見ても圧倒されるな」
飛行船を見上げると、本当にこれが飛ぶのか不思議に思える。
母の設計図は仮想のものがほとんどだった。なので、少し修正を加えなければ動かないものもある。ただ、母の日記を読むと、飛行船を飛ばして帝国と共和国を行き来していたようだ。
帝国領と共和国領の間にはレール山脈がある。いまでもレール山脈のいくつかの峡谷では戦いが行われているが、全面戦争に発展しないのはこの山脈のおかげでもある。
永年雪が降り続ける高高度の山は、あらゆる者を拒んできた。
その山を飛空船はいともたやすく越えるという。
大陸の壁のような山脈を超えてみたい……。そう思うとやる気が漲ってくる。
「まずは風船部分の破れた箇所を修繕だな」
大きな帆布を浮かせて自分自身にも浮揚をかける。
よくマトビアにかけていたので、なんとなくコツはつかんでいるつもりだ。上部にある骨組みの枠組みを伝って、重力を無視するように移動しながら、大きくあいた穴を布で塞いだ。
帆布を縫い込んで固定すると、帆布の浮揚を解除する。
そうして修理を進めていけば、徐々に外の滝の音が聞こえなくなっていった。
最後の破れた箇所を塞ぐ前に飛空船内に巣くっているコウモリを風力で追い出して、それから同じように帆布で塞いだ。
「うっ……」
ぐらりと景色が揺れて二重に見えた。
魔力切れで一瞬立ちくらみしたのだ。この高さで気を失って、俺にかかっている浮揚が解けたら死んでしまう。
浮揚は特殊な魔法なのでなかなか魔力を食うのだ。しかも生体にかけるのはコントロールが難しい。
大事をとって今日はここまでにしよう。