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海水浴のハプニング!

 燦燦と照り付ける太陽の光を弾き返すように、金色の髪と真っ白な肌が、砂浜を駆け抜けた。


「わぁーっ! うみー! スピカも早くおいでなさい」


 マトビアの後ろからスピカがものすごいスピードで追い越して、寄せる波が描く黒色の境界線で止まった。


「濡れちゃいそー!」


 二人とも白い男物のシャツをお揃いで着ていた。

 船に積んであった服はどれもゴテゴテして厚く、動き回れるような服がなかったのだ。代わりにアウセルポートで買った紳士物のシャツを上に着て、下は灰色のスラックスを膝まで捲っている。


 もちろん俺の服だ。


「濡らさないで! 俺の着替えの服がなくなるから!」


 二人は俺の注意など聞く耳持たず、濡れるか濡れないかギリギリの、海との駆け引きを楽しんでいる。


 一方の俺は、最後の一着を死守するべく、岸辺の岩場で二人から離れていた。

 明日以降は二人のうちのどちらかが着ている服を着なければいけない。さもなくば、脱獄した時に失敬した真っ黒の外套になる。

 こんな日当たりのいい街で、黒のコートを着ていたら頭がおかしいと思われるに違いない。


 店で服を買えばいいのだが、フォーロン地方は驚くほど物価が高い。観光地であることに加えて、木工技術のレベルが高く、高級家具などを大量に生産してほかの領地に売っているので民が潤っているのだ。


 食事も高いな……。ゴールが先か、金銭が尽きるのが先か。


 船を預けるために支払った金銭が、アウセルポートで売ったドレスの半分。これから先の食事や宿代を考えると、守銭奴にならざるを得ない。


 マトビアのドレスを売ればいいと思っていたが、ニジラスには質屋がないのだ。帝都から離れすぎているので、名前を知っている美術商もいない。

 何事にも前向きなマトビアはフォーロン家に売ればいいと言っていたが、ニジラスから歩いて半日はかかる。つまり今日一日分の宿代も確保しておかなければならないのだ。


 本来はスピカが率先して節約に徹するべきなのだが、ニジラスの美しさに惑わされて、金銭のことが頭から抜け落ちている。


「女というのは、こうも開放的になるのか」


 貞操観念の高い皇族でありながら、シャツ一枚と薄いズボンで外に出るなど帝都であれば大問題になる事案だ。

 しかし、いまは帝都から離れ、船での生活が続いたストレスもあるのか、二人は自制がきかない。


「お兄様も一緒に遊びましょうよ!」

「見てください! おっきい魚、捕まえました!」

「……いや、やめとく」


 全力で楽しんで目立っているな。

 まあ、人がいない砂浜を選んだから大丈夫だろう。

 しかし、それよりも……。


 思わず俺は岸辺の絶壁に巧妙に建てられた高級宿を見上げて身震いした。


 岩礁から切り出された芸術品のような建物は、広いテラスを個室に備えており、絶景が見渡せる。皇子の俺でも高そうと思えるほどの宿屋だ。


「まさか、ここに泊まるとか言い出さないよな……」


 人気のない砂浜で二人は時間を忘れて遊んでいる。海に入れない俺は、岩の間に逃げる蟹を捕まえるという一人遊びをしていた。最初は面白くてハマったが、一刻もすれば飽きてくる。額に汗が噴き出ていた。


 そろそろ宿を探しに行かないと。そう思い立ち上がったとき、人一倍大きな波がマトビアとスピカを覆い尽くした。


 ザッパーン!


「「……」」


 髪まで全身ずぶぬれになった二人が、俺のもとにやってくる。まるで雨の日の野良猫のようだ。


 あんなに注意したのに、どうして……。


「お兄様のシャツ、ビショビショ……」

「それは、見たら分かる」


 スピカがマトビアの姿を見たとき、大声を上げた。


「ああーっ! 姫様、お肌が透けて見えてます!」

「キャーッ!」


 日差しが当たると、肌に吸い付いていたシャツが透明になり、マトビアの上半身が裸体のように見えた。下半身も薄い布のズボンだったので、腰の下や太ももに張り付いて、くっきりと形が浮き出ている。

 スピカ自身も視線を下に落として、小麦色の素肌が露わになっていることに気付き、二人とも砂浜にしゃがみ込んだ。


「はっはっは! まあ、俺の注意を全無視した罰だな! しばらくそうしているといい!」


 岩場にあぐらをかいて、身動き取れない二人を見下ろす。

 顔を膨らませて、パイみたいになっているマトビアは可愛い。スピカの健康的な小麦色の素肌はロールパンみたいで元気が出てくるな。


「フェア様、女性の扱いがひどすぎませんか」

「あとでどうなるか、先のことを少しでも考えたら、どうすればいいか分かりますよね、お兄様」

「……」


 明日着るものが無くなった場合に備えて、念のため持ってきていた外套を横に広げ、二人の前方を隠した。

 後ろから臀部の形が分からないように、自分のシャツを脱いで後ろも隠しながら、一番近くにある高級そうな宿に入る。


「調子に乗ってすまなかった……」


 ロビーで二人に向かって頭を下げた。


「せっかくの気分が台無しです」

「姫様、もう許してあげてください」

「父譲りの悪い性格が出たんだ……勘弁してくれ……」


 結局、その日のうちに、俺の人生でもっとも高級な宿代と夕食代を払う羽目になった。


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