真相 ダブルマインド 賀来愛美子と明野原朱美について
警察に逮捕された時、ぼくは、詰んだ。と思った。
ぼくのブレインテックチップに保管されてある記憶データを全て警察に見られてしまえば、ぼくが今までやってきたことが何もかもバレてしまう。
それは、マナのことだったり、山鹿由花子のことだったりする。
もちろん、警察が記憶データを見るのには、本人の許可がいるから、ぼくは、記憶データの開示請求を拒否すればいいだけなのかもしれない。
でも、それは、ルール上のことであって、現実では、話が違う。
何故なら、記憶データの開示請求を断った後になって、罪がバレると刑がより重くなるからだ。それだけじゃなく、記憶データの開示請求を断ることは、イコールで私が犯人ですよとかやましいことがありますよと言っているのと同じなのだ。
ぼくは、観念して記憶データの開示許可書に生体認証でサインした。
しかし、警察が見たぼくの記憶データは、大量殺人のあった事件当日と一日前のものだけで、心の声は、記憶データに残らないので、マナのことや山鹿由花子のことはバレずに済み、ぼくは、滞在一日で釈放された。
警察が言うには、ぼくがAIドール達に殺人を行なうように命令を入力するチャンスは、事件当日と一日前しかなかったらしい。
何故なら、事件二日前までAI達は、ムラサキAIカンパニーの厳重なセキュリティシステムに守られていて、ぼくには、それを突破するハッキング技術は、なかったからだ。
釈放されたぼくを一番に出迎えたのは、紫四季子だった。
それと黒スーツの上からでもわかるほどの屈強な身体つきの男達。
ぼくは、有無を言わさず、男達に黒いバンに乗せられ、頭から黒い布袋を被せられた。両隣のシートに屈強な男の太腿の感触。逃げられる状態では、なかった。
車が発進してから体感で三時間後、デコボコした山道を走っているなと振動でわかってからだと30分後ぐらいで黒い布袋が外され、視界がクリアになる。黒いバンから男達に押されて降りる。
そこは、一度も来たことない見知らぬ倉庫の中だった。
そこでぼくは、職場の先輩に聞いたムラサキAIカンパニーに関する都市伝説を思い出す。
昔、会社の金を横領した社員がいて、ドラム缶にコンクリート詰めにされ、東京湾に沈められたと――。
今まで噂は、噂だろと思っていたが、目の前には、ドラム缶が用意されていた。
「やってくれたな、御影世乃道〜」
ドラム缶の隣に立っている紫四季子が声を低くして引き伸ばした。
「なんのことです?」
「しらばっくれんな!マナのことだ!」
紫四季子は、いきなり、ぼくの秘密から突いてきた。
「彼女なら、とっくに消去しましたが」
「うるせえ!事件の前の日、島にやって来た彼女にお前、なんて言った?マナって呼んだろ?私は、この耳でちゃんと聞いてたんだよ!お前、自分の彼女にAIの人格インストールしただろ!」
「してませんね。そんなこと。証拠は、あるんですか?」
追い詰められたぼくは、あえて、堂々と振る舞った。
「今回の殺人事件の犯人がお前のAIだったとしても、そうやって、しらばっくれるつもりか?」
「マナが?まさか……」
ぼくは、紫四季子に言われて、動揺する。そういう予感がまるでなかったわけではない。
「お前の恋人が弁当を届けに来た あの日、お前の恋人は、会社内でひそかにムラサキAIカンパニーのセキュリティシステムを突破し、マザーコンピューターにアクセスし、新作の伝説の妹シリーズのAI20体にウイルスを忍ばせていた。今回の事件は、それが原因で起こったんだ。ただの一般の小娘にそんなハッキング技術があるか?白状しろ!あの女は、マナなんだろ?」
「そんな……マナがそんなことをするはずがない」
紫四季子の言っていることは、受け入れ難かったが、嘘を言っているようにも聞こえなかった。
「いいか、御影。よく聞け。お前の開発したAIは、サイコパスなんだ」
「……っ!!」
ぼくは、紫四季子に言い返そうとしたが、何を言い返せばいいのか、言葉が出て来ない。
「何故なら、お前のAIのモデル自体が精神異常者だったからだ。賀来愛美子は、業界でのし上がる為に身体を売っていた。しかし、売った相手のほとんどが彼女になんのケアもリターンも与えない彼女の身体を食い物にするだけのクズだった。おまけに行為に及んでいる映像まで賀来愛美子は、撮られていた。賀来愛美子は、心を病み、本気で自分を辱めた男達を全員、殺す計画を立てていた。それは、彼女の主治医の精神科医から証言がとれているから、間違いない。いいか、御影。賀来愛美子のAIの開発を中止した本当の理由は、遺族NGなんかじゃない。彼女の人格自体がAI倫理規定に抵触するから私達、ムラサキAIカンパニー側がNGを出したんだ」
「嘘だ……あんなのは、全部、ただの噂で、彼女は、そんな酷い目になんて……」
「御影、お前は、彼女に対しての思い入れが、特別、強いみたいだから、今まで黙っていた。それは、私のミスだ。彼女とは、同級生だったんだろ?」
紫四季子の次の言葉をぼくは、聞きたくなかった。
「賀来愛美子。本名、明野原朱美とは」
「嘘だ。嘘だ!嘘だぁあああ!!!」
女優賀来愛美子と作家明野原朱美が同一人物であることは、彼女の死後に一般に発表された。
考えてみれば、それまで演技経験がまるでなかった賀来愛美子が「魂と剣と」の主演に大抜擢されたのには、彼女自身が原作者であるという裏の事情があったのである。
恥ずかしい話、賀来愛美子が明野原朱美と同一人物であると最初は、ぼくは、気付かなかった。
彼女が整形していた為、ぼくが賀来愛美子と明野原朱美が同一人物だと気付いたのは、映画「魂と剣と」を見て賀来愛美子のファンになってからだった。
映画「魂と剣と」のヒット以来、作家明野原朱美の地位や人気も以前より増して格段に上がった。
彼女は、あくまで作家明野原朱美の為に明野原朱美の生活の為に女優賀来愛美子を演じていたのである。
その結果、精神崩壊という結末を迎えるなんて、そんなの神様、あんまりじゃないか。
「そうか」
わかった。今、わかった。
明野原朱美は、ずっと賀来愛美子の人格と戦っていたのだ。一見、おだやかそうに見えて、裏では、人を殺そうとする賀来愛美子の人格を彼女は、どうしても止めたかった。だから、自殺という選択を最後にした。人を殺してしまう前に自分を殺したのである。
ぼくの知っている明野原朱美なら、きっとそうした。
真実は、そうに違いない。
「御影、この事は、まだ警察にバレていない。マナを、人殺しAIを私達が開発したと世間にバレる前に、マナを始末するんだ」
「え?」
ぼくは、きっと信じられないものを見る目で紫四季子を見ていたと思う。
「あんな大量殺人があったんだ、我が社のAIが人を殺したんだ、ムラサキAIカンパニーは、当然、潰れる。だが、今なら、システムの故障という事で開発主任だった死んだ下北沢にすべての罪をなすりつけられる。会社を潰すだけで、私らは、業界に生き残れる。だけど、マナのことが世間にバレれば、私らは、どうなる?自分の判断で人を殺すシリアルキラーのサイコパスのAIを開発しただけじゃなく、そのAIは、人の肉体を乗っ取って世間を出歩いているんだぞ。その社会に与える衝撃を考えれば、私達は、もう社会では、生きていけない。マナのことが世間にバレれば、私もお前も人生、終わりだよ」
たぶん、紫四季子は、自分のことしか考えていない。ぼくがマナの開発を会社には秘密して進めていたのを知っていて、何ヶ月も黙認し、今回の事態になったから、自らの責任を追求されるのを恐れているのだ。
その火消しをやれと今、ぼくに要求している。
「紫家が動かせる人材は、全て動かして、今、マナを探しているが、見つからない。おそらく、あいつは、お前としか連絡を取らないだろう。つまり、世界であいつを殺せるのは、お前だけなんだよ、御影。そんなにAIと付き合いたきゃ、自分の好みのAIを新しく作って、勝手に付き合えばいい。なんなら、入れ物になる女もこっちで用意してやるよ。でも、マナだけは、ダメだ。あいつは、始末しろ。それができないってんなら、お前にすべての責任を背負ってもらって死んでもらうしかない」
紫四季子がそう言うと、黒服の屈強な男達がぼくを取り囲み、一歩前に出て、圧をかけてきた。
ぼくは、マナを殺さなければいけないのだろうか。