バカンス 南の島での大量殺人について
いつものムラサキAIカンパニーの昼休み。
紫四季子がAI人格デザイン部の皆を集合させる。
来週一週間、新作の伝説の妹シリーズのAI20体の最終駆動検査を行うので、その検査に参加する13名のメンバーをくじ引きで決めようというのだ。
AIの最終駆動検査は、毎回、ムラサキAIカンパニーを経営する紫家所有の館がある沖縄の離れ島で行われる。旅費、滞在費、食費はすべて会社持ちの為、社内では、その最終駆動検査に参加する事をバカンスと言っている。
AI人格デザイン部の部長で創業者一族の紫四季子と開発主任を任されている下北沢マナブは、そのバカンスに参加することは、もう決まっていて、これから、くじ引きで決まる13名を足すと今回のバカンスに参加するのは、合計で15名となる。
くじ引きを引く者は、バカンスに行くことは、ほぼ休みと同義なので、だいたい当たりを引くことを望んでいる。中には、もう何度もバカンスに行っていて、すっかり飽きてしまい、ハズレを引くことを望んでいる者もいるにはいる。
ぼくは、まだバカンスに一度も行った事はなかったが、ハズレを引くことを望んでいた。
何故なら、マナがいたからだ。マナは、ぼくが見ているかぎり、まだ中身がAIであると周りにバレるようなボロは、一度も出していない。
が、ぼくがバカンスに行くことが決まってしまえば、マナを一人で家に長期間、残していくことになる。一緒に連れて行けるものなら、連れて行きたいが、ぼくには、例のインタビュー代等の出費でほとんど貯金がなかった。
ぼくにとって、バカンスに行くことは、不安以外のなにものでもなかった。
そんな事情を何も知らない宮本秋子ちゃんは、くじ引きを引いたぼくに向かって、
「良かったですね、御影さん。私もバカンスに行くの、初めてなんです。楽しみですね!」
と嬉しさを共有するように言った。
ぼくは、赤いしるしの付いた当たりを引いてしまった。
ぼくが軽く絶望していると、後ろから、
「何か、いいことでもあったのかい?世乃道」
と聞き覚えのある会社では絶対に聞くはずのない声で話かけられる。
「マっ、ゆっ由花子」
振り向いて、思わず、マナと言いそうになるのをぼくは、こらえた。
そこには、山鹿由花子がよく着ていた白いワンピース姿の両手でバスケットを持ったマナがいた。
「まぁ、可愛らしい。ひょっとして、御影さんの妹さん?」
と山鹿由花子より歳下の宮本秋子が訊く。
「彼女です」
とマナは、以前の山鹿由花子にはなかった表情でむくれる。
「え?」
と宮本秋子ちゃんは、ぼくを犯罪者を見る目で見つめる。
「由花子は、ぼくと同い年です」
とぼくは、説明し、
「由花子。どうして、君がここに?」
とマナに説明を求めた。
「いや、たまには、世乃道に愛妻弁当を、と思ってね」
マナの手料理は、山鹿由花子の記憶を頼りに作られるので、味付けも見栄えもよろしくない。だから、正直、嬉しくない。
「愛妻って、お二人、結婚されてるの?」
宮本秋子ちゃんは、深入りしたことを訊く。
「籍は、まだだね。もう、したようなもんだけど」
とマナが答える。
「なっ、世乃道」
とマナが同意を求める。
「ああ」
さっきから、マナが素の喋り方なのが、ぼくは、異様に気になり、怖かった。
それよりマナは、ここまで、AI人格デザイン部まで、どうやって辿り着いたのだろう?社員証もなしにセキュリティを突破など、この会社では、できないはずだが。
「世乃道の彼女。なんだか賀来愛美子のミニチュア版みたいだな」
と周りにいる社員に言われ、ぼくは、ドキッとする。
「ほんとだ。どことなく雰囲気が似てるな」
「髪なんて特にそうだ」
「世乃道。お前、自分の趣味、彼女に押しつけんなよ」
と他の社員達も口々に言う。
ぼくは、恐る恐る紫四季子の表情をうかがった。
紫四季子は、ぼくを信じられないものを見るような目で見ていた。
ぼくは、紫四季子に全てを悟られたと感じた。
が、その日、ぼくが紫四季子に呼び出されることは、なかった。
知られたのか知られてないのか、ぼくは、言いようがない不安感に襲われ、それから逃れるようにバカンスの日まで毎晩、マナを抱いた。
ぼくは、千枚通しを突きつけられているかのように、腰を臆病に動かし、マナは、背中を反らして、それを受け止め、薄ら笑いを浮かべていた。
沖縄の離れ島でのバカンス初日。その日は、何事もなく、訪れた。
新作の伝説の妹シリーズのAIの駆動検査は、専用のAIドールに我々の開発したAIの人格ソフトを搭載した状態で行われる。
AIドールがどういった物か説明すると、動くラブドールだと言って、相違ない。家政婦や単なるコミュニケーション相手として機械人形を使用する人もいるにはいるが、我々の抱えるユーザーのほとんどが、そういう用途で使う。
我々の提供するAIドールに最初からそういう機能が付いているわけではないが、ユーザーは、自前で改造してでも、そういう行為ができる仕様にAIドールを変え、前戯として我々の開発したAI人格ソフトとの会話を楽しむ。
決して、違法な行為ではないし、購入した後、客が商品をどう使用しようが会社の関知するところではない。
我々は、ただ通常生活の支障にならないか、障害になる点はないか、誤作動をおこさないか、チェックすべき義務と責任を負うのは、そこまでである。
だから、我々の行なう駆動検査も決してイヤらしい動作のチェックではなく、海辺で使用しても故障しないかなどのチェックに留めてある。
「キャ〜、お兄ちゃ〜ん、やめて、やめて〜」
「待て待て、妹Mark−Ⅱ〜!ハハッ!」
今、開発主任の下北沢マナブが興じているチェック作業も単にAIドールと海辺で水をかけあっているだけである。
我々の行なう全てのチェック作業は、AI倫理規定に則ったもので、決して、子供が見られる範疇を越えない。
下北沢マナブ以外の社員が何をしているかと言うと、下北沢マナブが相手をしている以外の他の19体のAI人格ソフトを搭載したAIドール達の動作確認と波形のグラフを見るだけのAIの感情プログラムの起伏状態確認。あとは、会話によるいつものバグチェックと駆動検査の様子を記録するカメラ撮影ぐらいである。
それも夕方までで、一日の他の時間は、自由時間。ほぼ仕事にかこつけた社員旅行で実際、紫四季子は、社員もAIドールも放って、水着姿で日焼け止めクリームを塗り、サングラスをかけ、プールサイドにあるような白いチェアを何処からか持ってきて、寝そべり、日長一日、日向ぼっこをしている。
宮本秋子ちゃんは、水着姿で海辺でAIドールの相手をしているのだが、無駄にはしゃいでいて、不必要にお胸をばいんばいん揺らしていた。それを仕事をするフリをして、眺めている男性社員も少なくない。かくゆう、ぼくもその一人で波形のグラフを見るフリをして、夜のソロ活動の為に揺れる様を目に焼き付けていた。
そんな中腰ぎみのぼくの視界にいきなり白いサンダルが現れたかと思うと、そのサンダルは、ぼくの顔面をおもいきり踏みつけた。
「何を見とんじゃい、ワレ」
ドスを効かしても尚、幼い声は、山鹿由花子のもので目の前に現れたのは、白いワンピース姿に麦わら帽子のマナだった。
「マナ、どうして、ここに?」
「今、どこ見てた?あぁん!?」
「それより、どうして、君がここにいるんだ?」
ぼくは、ごまかし半分に同じ質問をくり返した。本当に彼女が何故、こんな南の島にいるのか、わからない。
「来ちゃった。誰かが浮気しないように」
マナは、笑顔で言った。それが余計に怖かった。女の怖さだ。AIのものとは、とても思えない。
「お金は、どうしたんだよ?」
ぼくは、なんとか話を逸らそうとした。
「貯金をはたいた。わたしの(山鹿由花子の)」
「どこに泊まるんだよ。ぼく、ちょっと紫部長に空いている部屋がないか聞いて来るよ」
「近くの民宿、もう予約してるから、大丈夫だ。それより、テメー、どこ見てたんだよ」
「さあ?」
「ちんちん、ちょん切るぞ」
たいして怖くない姿でたいして怖くない声で一番、怖いことを言われて、ぼくは、生きた心地がしなかった。
午前0時を過ぎた頃、ぼくは、蒸し暑く感じて、紫家所有の館で目を覚ました。
最終駆動検査に参加したムラサキAIカンパニーの社員は、希望すれば、最終駆動検査期間中、誰でもこの館に泊まることができる。別に近くの民宿に泊まっても、会社は、宿泊費を出してくれるが、館に泊まれば、紫家の使用人が民宿よりもよほど良い食事を用意してくれるし、館以外に泊まった者は、翌日から和を乱した者として白い目で見られるという伝統がある為、最終駆動検査に参加した今回のメンバーは、全員が紫家の館に泊まっていた。
ぼくが午前0時過ぎに目を覚ましたのは、同部屋の下北沢マナブがMAXかと思える程、部屋の冷房を効かせる為、ぼくがこっそりとタイマーで就寝してから2時間後に自動で冷房が切れるようにセットしていたからだった。
これから、冷房をONにし、ほど良い室温にセットし直す必要がある。
そこで、ぼくは、ある異変に気づく。
下北沢マナブがいびきをかいていない。
下北沢マナブ本人が「ごめん。俺、いびきがうるさいから、御影、今日、眠れられんかもしれんわ」と宣言した通り、ぼくは、一時間程、下北沢マナブのいびきのせいで眠れなかった。
その下北沢マナブが今、いびきを一つもかいていない。
たいして太ってもいないぼくがたっぷり寝汗をかくほどの室温だから、ひょっとしたら、冷房を切ったせいで、下北沢マナブは、熱中症になって死んでしまったのではないか、とぼくは、心配になり、背中を向け、ベッドに寝た状態でぴくりとも動かない下北沢マナブに近づいた。
すると、豚骨スープのような匂いが漂ってきた。
最初、下北沢の体臭かとも思ったが、薄明かりの中でようく見てみると、下北沢の腹からたくさんの血が出て、それがシーツいっぱいに広がっていた。下北沢のベッド脇の床には、血がついた包丁まで転がっている。
誰かが、それでぼくが寝てる間に下北沢をめった刺しにしたのだ。
ぼくは、すぐに外に出て、助けを呼びに行こうかとも思ったが、下北沢を殺した犯人が外にいると思うと、ドアの前で待ち構えているかもしれないと思うと、怖くてなかなか部屋の外へは、出ていけなかった。
しばらく、じっと考え、落ちている包丁を拾った。
これで犯人とゴブになったはずだ。ぼくが包丁を持っているのを見れば、犯人もそう安々とは、襲いかかれないはずだ。
ぼくは、包丁を片手に部屋の外へと出た。
部屋を出て、すぐにわかった。
廊下のいたるところで人が何人も倒れて、腹部や胸や首から血を流している。誰も呻き声一つ上げずに身動きしないことから、たぶん、全員が死んでいる。
廊下を進みながら、階段を降りながら、死体の数をかぞえていく。下北沢を合わせると全部で12人。死んでいるのは、全員、ムラサキAIカンパニーの男性社員で紫家の使用人の姿は、なし。
階段を降りきって、館の出入り口付近でようやく生存者を発見する。
「秋子ちゃん!」
「御影さん!」
ぼくらは、互いにすぐに駆け寄った。
「私、もう何がおきたのか、さっぱり……?っ!?御影さん、それ!!」
宮本秋子ちゃんは、ぼくの手に握られている血みどろの包丁に注目し、
「いやぁああ!!」
と叫び声をあげる。
「ちっ違うんだ、これは!!」
ぼくは、必死に言い繕おうとしたが、ぱっとは、何から説明したらいいのか、思いつかない。
「いや!来ないで!」
「違うんだって、これは!!」
説明しようとすればするほど、包丁を振りかぶっているように見え、
「いやぁあ!!」
と余計な混乱を生む。
そんなぼくらをいつの間にか、ぐるりと20体のAIドールが取り囲んでいた。
「お兄ちゃん、殺した!」
「お姉ちゃん、殺す!」
彼女ら、伝説の妹シリーズのAIの手には、血みどろの包丁やナイフが握られていた。
「これは」
詰んだ。と思ったところで、銃声が鳴り響き、伝説の妹シリーズのAIドール達が破壊されていく。
彼女らは、ものの数秒で動かない鉄クズと化した。
「突入ーーっ!!」
の掛け声で機動隊の警察の方々と思われる人達が目の前まで現れ、ぼくを取り押さえる。
え!?ぼくを取り押さえる!?
「貴様には、黙秘権がある」
「違いますって!違うから!ぼくは、何もやってない!」
後日、わかったことだが、館で大量殺人をやったのは、AIドール達だと警察は、逃げ切った紫四季子から聞いていて知っていたが、それを先導した者がいたはずだと、第一容疑者として包丁を持っていたぼくを逮捕したらしい。
ということで、ぼくは、警察に逮捕されてしまった。