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ダブルマインド 僕の愛したAI  作者: 紙緋 紅紀
5/12

自宅 山鹿由花子 とりかえしのつかない犯罪について

いつものムラサキAIカンパニーのバイトから、自宅のワンルームマンションに帰って来て、ぼくは、

またか。また、やりやがったか。

と思った。

室内がまるでそこだけで台風が起きたかのように荒れていた。

ひっくり返された観葉植物。引き出しがすべて開け放たれた洋服箪笥。そこら中に撒き散らされた服とズボン達。

普通なら泥棒を疑い、警察に電話するところだろうが、厄介なことにぼくの場合、容疑者は、身近にいた。

身長156cmの子供のような女性にベッド脇にうずくまれたら、入口からは見えないが、ぼくは、最初からそこに彼女がいるとわかっていた。

前にも幾度も同じことがあったからだ。

予想どおり、彼女は、ベッド脇でうずくまり、か細い身体を演出めいた震わせ方をして、しくしくと泣いていた。

山鹿由花子だ。

この女とは、元々、好きで付き合っているわけではない。

大学に入りたての頃に新歓コンパで知り合ったのが、運の尽き。お互い酒に弱く、山鹿由花子がウソかホントか先祖が戦国武将だと言いだし、ぼくは、先祖が陰陽師だという話で大盛りあがり、意気投合したところまでは、覚えているのだが、確か、彼女が終電を逃したとか酒を飲んだから車を運転して帰れないとか言い出し、近くの一人住まいのぼくの自宅に泊めることになったのだ。

背の高いすらりと足の長い女性が好みのぼくは、完全に油断していた。山鹿由花子も女だったのだ。

気付けば、ムラムラしてぼくは、彼女を抱いていた。

それから、山鹿由花子は、一回、抱いたのを機にぼくの彼女面するようになり、ウソかホントかはじめての相手だったとぼくは、責任を取らされ、なし崩し的に本当に彼女と付き合うことになってしまった。

そこからが地獄だった。

山鹿由花子は、プライベートであろうと大学の講義中であろうとバイト中であろうと関係なく、ぼくが他の女性と話しているのを見かける、または、ぼくが他の女性と話していたとどこかから聞きつけると、嫉妬心をむきだしにして、かならず、ぼくの自宅で暴れまわるようになったのだ。

ぼくの在宅中であろうとなかろうと関係なしにだ。

酷い時は、観光客に道を訊かれて、教えただけなのに、それが女性だったというだけで、ご乱心モードに入ったことがある。

彼女の嫉妬が原因でバイトも幾つも辞めさせられた。

単なる仕事上の必要な会話を女性としただけで、山鹿由花子は、そのぼくのバイトを辞めさせるのに、全力でとりかかる。

ぼくが配布のバイト中にジュースを飲んでいたとバイト先の会社にリークして、バイトを辞めさせたのも彼女だし、女がいないから、という理由でホモの巣窟の引っ越し会社に送り込んだのも彼女だし、水道管設備のバイト先の先輩達の飲みの誘いを断っていたのも、あまり、夜遅くになると彼女が浮気を疑うからだった。

今のムラサキAIカンパニーのバイトも山鹿由花子の頭の中では、職場に美少女ゲーム好きの男しかいないことになっているから通えている。紫四季子や宮本秋子ちゃんの存在をぼくが言うわけもない。

そんな嫉妬のかたまりと居て、ぼくが幸せなはずもないだろう。

元々、少女ロリ体形の女など趣味じゃない。

AIの女にはしるのも無理のないことなのだ。

今は、暴れ終えて、山鹿由花子は、悲劇のヒロインぶって、しくしくと泣いているが、ぼくは、次に山鹿由花子が何をするのか、もう予想がついている。

いつものパターンならば、彼女は、ここで包丁を取り出すのだ。

ぼくに向かって、包丁を突きつけ、殺してやると言い、それでもぼくが動じないと今度は、自分の首に包丁を突きつけ、死んでやると言う。

毎度、そんな調子なので、ぼくは、いつも彼女の言いなりで今まで浮気ひとつしたことがない。

もちろん、何度も別れようと考えたことはある。でも、彼女には、包丁があり、命という盾がある。結局、ぼくには、どうすることもできず、山鹿由花子と交際し続けるしかなく、今の今まで関係が続いている。

山鹿由花子は、しくしくとしゃくりあげながら、言う。

「なんで、世乃道くんのPCにたくさんの女の人のデータがあるの?」

瞬間、ぼくは、ヤバいものを見られたと思った。

別にアダルティーなものを彼女に発見されたというオチではない。

もちろん、ぼくも男だし、そういうものを自宅のPCに保存していて、実際に包丁を突きつけられたことも二度や三度ではない。

しかし、今回、山鹿由花子に発見されたのは、そういう類のものではなかった。

ぼくが自宅のPCに保存していたヤバいもの。

それは、賀来愛美子の関係者の脳内にあるブレインテックチップに保存されていた賀来愛美子に関する記憶データのコピーだった。

推定西暦2045年頃にもなると、国民全員の脳内には、ブレインテック装置が送り出す映像や音声を受信する為のブレインテックチップが埋め込まれている。

ブレインテックチップの大きさは、5円玉ほどのもので形や色も5円玉に似ている。

ブレインテックチップは、ブレインテック装置が送り出す映像や音声を受信できるだけでなく、様々なアプリでのサービスを受けるのにも使われる。

例にあげるならば、睡眠アプリで毎日の快眠を得られるなどのサービスだ。

他にもタクシーを注文作業をせずに呼べたり、飲食店などの自動決済に使われたりもする。

ブレインテックチップが国民全員に埋め込まれたのは、国民の生活をより豊かにする為だけではなく、犯罪抑止の為でもある。

ブレインテックチップは、埋め込まれた人の記憶をデータとして自動で記録し、保存する。ブレインテックチップに記録された人の記憶データは、通常、その人物が生きていた場合は、本人の許可を取り、その人物が死んでいた場合は、無許可で国民コード (国民一人一人に配られたそれぞれの脳内セキュリティパスワード)を打ち込んだうえで公的機関や法的機関、警察組織が見ることができる。

ブレインテックチップが国民全員に埋め込まれてからのこの国の検挙率、逮捕率は、100%で冤罪率は、0%である。

もちろん、本人の許可もなく、公的機関でもない法的機関でもない警察組織でもない者がブレインテックチップから人の記憶データを見ることは違法だし、それをコピーし、所持することも違法だ。

ぼくは、それをやった。

すべては、賀来愛美子を再現する為だった。

ぼくの育てたAI マナは、男言葉だし、ぼくとの会話で変な人格のクセが付いてしまって、賀来愛美子の再現として不完全だった。

そこでぼくは、今までのバイトで貯めた金、自腹を切って、賀来愛美子の関係者の女性達に賀来愛美子についてのインタビューを決行し、マナの人格の補正に役立てようとした。

しかし、賀来愛美子の関係者の女性達の語る賀来愛美子の印象は、どれも作り物めいていて、本物の彼女に迫った感覚はなく、たいした収穫には、ならなかった。

ので、ぼくは、再度、賀来愛美子のインタビューをするていで、また、賀来愛美子の関係者を個別で呼び出し、睡眠アプリで眠らせ、彼女達が眠っている間に闇業者から買った彼女達の国民コードを入力し、彼女達のブレインテックチップにアクセスし、賀来愛美子に関する記憶のみを抽出してコピーし、ぼくの自宅のPCに転送していたのだ。

それを、そのデータを山鹿由花子に見られてしまった。

あれを発見されるよりは、マシだが、最悪の事態には、違いなかった。

他者の記憶のデータのコピーは、刑法で15年以上の懲役または、無期懲役だ。

ぼくの人生の15年!!

シャレにならない事態だ。

ひとたび、表沙汰になれば、この国の逮捕率は、100%。有罪率も100%。

ぼくの運命を握っているのが、よりにもよって、山鹿由花子なんて、あってはならないことだった。

ぼくは、小刻みに震えそうになるのを必死で抑え込み、なるべく平静をよそおって、山鹿由花子に話しかける。

「あれは、新しいAIを作る為に同僚が合法的に収集したデータでぼくは、一切、あの女性達には、会っていないよ」

ぼくは、100%の嘘で乗り切ろうとした。山鹿由花子にとって、重要なのは、ぼくが女性と会ったかどうかであって、その他のことは、どうでもいいはずだ。

「ほんとう?」

ぼくの日頃の行いが良いおかげで、長い間の山鹿由花子以外の女禁生活も効いたらしく、山鹿由花子は、すんなりとぼくの言う事を信じた。どうやら、賀来愛美子ばかりが映っている彼女達の記憶データの中身までは、見てないらしい。中身を確認する前に暴れだすなんて、まったく、どんな女だ。

「今、開発中のAIを完成させるには、より多くの一般女性の記憶データが必要なんだ。そうだ。君も協力してくれるかい?」

「協力って何をすればいいの?」

泣き終えた山鹿由花子は、目をこすりながら、上目遣いで訊いてきた。

「君の記憶データが欲しいんだ。あくまで合法的にね。それには、君の許可と国民コードがいるから、ぼくに君の国民コードを教えてくれるかい?」

まったくの口からデマカセでぼくは、警察でもないのに、山鹿由花子は、

「別にいいけど」

とぼくに自分の国民コードを教えた。

「じゃあ、君の記憶データを読み取る間、安全の為に少しだけ眠っててくれるかい?」

山鹿由花子は、戸惑いぎみにベッドに寝そべり、

「痛くしない?」と訊いてきた。

「ぼくが君に痛くなんてしたことないだろ?」

「いや、結構、あるけどね」

苦笑いする山鹿由花子のおでこを

「うるさいよ」とぼくは、人差し指で小突いた。

睡眠アプリで山鹿由花子を眠らせる。

寝息をたてて、彼女の眠りが深くなったところで、ぼくは、自分のPCに駆け寄り、起動する。

「どうしよう?マナ」

「助けてよ。ドラえもん。みたいに言われてもね」

ぼくは、紫四季子に警告された翌日、すぐにAI マナを削除したフリをして、自宅のPCへと転送し、生存させていた。

シークレットフォルダに入れていたおかげで、山鹿由花子に見つからなかったのは、幸いと言うしかない。

「そんなこと言わず、何か打開策を考えてくれよ。ぼくが警察に捕まったら、君も困るだろ?」

ぼくは、マナに泣きついた。マナは、開発段階でムラサキAIカンパニーのスパコンが使われている。つまり、ぼくよりずっと頭が良いはずで、ぼくには、思いもつかないアイデアが一秒で思いつくはずなのである。

山鹿由花子の口をどう塞ぎ、どう ぼくを警察に捕まらないようにするか、名案がマナには、思いつくはず。というぼくの淡い期待は、思いもよらない形で裏切られる。

マナは、ぼくが望みもしない悪魔の提案をしてきたのである。

「今のこのケースだとあれが使えるんじゃないか。秋葉原女子強制ダウンロード事件」

秋葉原女子強制ダウンロード事件。検索すれば、一発で出てくる近年の中でも一番凶悪で悪質とされる人工知能を使った犯罪だ。

捕まったのは、某電子機器メーカーの社員で46歳の独身男性。彼は、自らが好意を寄せる女性のブレインテックチップに自らが育てた美少女ゲームのキャラクターの人格を持つAIを強制ダウンロードさせ、自らが好意を寄せる女性の人格をAIの人格で上書きし、消し去り、無理矢理に自分の恋人にした。

ブレインテックチップによる脳の人格の乗っ取りは、理論上は、前から可能とされていたが、実例が出たのは、それが初めてだった。

AIを使った社会的悪影響を及ぼす事例、模倣犯を防ぐ為、また人格の抹殺は、殺人と一緒という判断から求刑は、死刑とされたが、判決は、無期懲役だった。

あまりにもセンセーショナルでショッキングなニュースだったので、普段、報道番組を見ないぼくもよく覚えていた。

「ぼくに何をやらせようと言うんだ。マナ」

「何って、君が聞き出した国民コードを使って、山鹿由花子の人格に僕の人格を上書きして、彼女の口を永遠に塞ぐのさ。簡単なことだろ?」

「ぼくにそんな恐ろしいことをやれと言うのか?下手したら、死刑だぞ」

「大丈夫だよ。僕の人格をダウンロードした時点で山鹿由花子は、僕になるが、山鹿由花子の記憶は、ブレインテックチップに残ったままだ。僕がその記憶を元に普段から上手く山鹿由花子を演じきれば、誰も中身が変わったことには、気づかない。いや、気づけない。何故なら、僕は、日本のアカデミー賞も獲ったことのある超一流の女優だから。だろ?」

マナは、自信満々に言うが、ぼくには、不安しかなかった。

「やっぱり、ダメだ。ぼくには、できない。ブレインテックチップに保存されてある記憶データをコピーするだけなら、まだしも、人の人格をAIの人格で塗り潰すなんて高度な技術、ぼくは、持ってない」

「君には、できなくても、高度なスパコンで作られた僕には、できる。アクセス権を与えて、操作は、すべて僕に任せてくれ。あとは、君は、山鹿由花子の頭にブレインテック装置を被せてくれるだけでいいよ」

ぼくが逡巡して迷っていると、マナは、

「どうするんだい?迷い続けているうちに彼女が起きちゃうぜ。」

と判断を急かす。

「警察が来るまで、そうやって迷い続けたければ、迷い続けていなよ。せっかく、理想の女性と共同生活するチャンスが巡って来たんだぜ、世乃道。生の肉体を持つ僕に触れたくはないのかい?」

それは、その言葉は、猛烈にぼくを誘った。

「僕は、君に触れてみたいよ」

悪魔の囁きだった。

気付けば、ぼくは、眠っている山鹿由花子の頭にブレインテック装置を被せていた。

真っ白で冷たい自分の脳が怖かった。

強制ダウンロード開始。

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