マクド ヨヨギちゃん 過去について
マクドの二階の一角のテーブル席で、ぼくは、ニューヨークヤンキースの帽子にオーバオール姿の身長160cm台の少年のような30歳過ぎの女性とかれこれ小一時間程、無言で目を合わせていた。
「御影先輩、頼んどいた脚本の仕事、1行も進んでいないって、どういうことですか」
先に口を開いたのは、ヨヨギちゃんだった。彼女は、同じ高校の一学年後輩で一時期、同じ部活で活動していて、進学した大学も同じだった為、浅からぬ縁がある。
「いや、バイトが忙しくてさ」
「バイトが忙しい割には、他のユウチューブのアニメの脚本の仕事、1週間に一本ペースで仕上げてるじゃないですか。見ましたよ。ペンギンくんとブタくん」
ヨヨギちゃんは、喋り方は、平坦だが、かなり怒っているようだった。
「あれは、そういう契約書にサインしちゃったから、仕方なく1週間に一本ペースで仕上げてるだけで、決して、ぼくもクオリティに満足して、やってるわけじゃない」
「で、再生回数500回。恥ずかしくないんですか?」
「友達の弟が振ってきた仕事だから、バックれるわけにもいかないんだよ」
「で、いくら、もらってるんですか?」
「一ヶ月で3万円」
「恥ずかしくないんですか?」
「向こうは、完全に赤字なのに、出してくれてるんだよ?それに一ヶ月、3万は、充分、でかいだろ」
「先週は、ブタくんがペンギンくんを鳥だから、飛べるだろ?と言って、崖から突き落とし、死んだペンギンくんの幽霊に追いかけまわされるところで終わってましたね。あのアニメ、つづきは、どうなるんですか?」
「追いかけてきたペンギンくんの幽霊にブタくんが逆ギレして鼻からペンギンくんの幽霊を吸い込むんだ。そして、膨らんだブタくんのお腹にペンギンくんの顔が浮かび上がる。ふたりは、フュージョンして、一心同体となる。その先は、考えていない」
「世間にそんな作品を晒して、恥ずかしくないんですか?」
「最初は、恥ずかしくて、死にたかったけど、馴れたら、まぁ、人生、こんなもんだろって、カンジだよ」
「じゃあ、そのノリでわたしの作品の脚本も書いてきてくださいよ。来週までにとは、言わないんで、なるはやで」
ヨヨギちゃんは、そこで、ようやく、ぼくから目を離し、自らの前にあるトレイに積んだ山盛りの幾つものポテトフライに手をのばす。いったい、その小さな身体のどこにそんなものが入るのか、謎だ。
ヨヨギちゃんは、特にスポーティーなイメージもないが、常に締まった身体をしている。オーバオールを着だした最近は、それもわかりづらくなったが、少なくとも、ぼくの目から見て、彼女の二の腕は、たぷついていない。
「そういうわけにもいかないだろ。だって、君、ぼくが脚本、書いたら、それを映画にするつもりなんだろ?」
「ええ、します。わたしは、新海 誠や宮崎 駿を超えるアニメ映画監督になります」
ヨヨギちゃんの目は、わかりやすく鋭い眼差しになった。野性的にポテトフライをむさぼる。
「だったら、他の人に脚本、頼みなよ。ぼくには、荷が重いよ」
「わたしのコミュ力の無さをナメないでください。御影先輩以外に脚本を書ける知り合いが、わたしには、いません」
そんなこと自信満々に言われてもな。
「貴島先輩は?」
「あの人は、人間的に信用していないんで、連絡先の交換をしていません。あの人に頭を下げて頼みごともしたくありません」
ヨヨギちゃんに何をしたんだ、貴島先輩。なんとなく、気持ちわかるけど。
「でも、せっかくお父さんが当ててくれた宝くじで、夢だったアニメ映画を作るんだからさ。もうちょっと脚本家選びは、真剣に考えた方がいいよ。それか、いっそのこと、ヨヨギちゃんが話を考えたら?」
「わたしに絵を描く才能は、あっても、お話を考える才能は、ありません。先輩は、どうして、この仕事から逃げるんですか?ギャランティだって、映画の興行に合わせて、パーセンテージを払うと、こちらは、破格の条件を提示しているのに」
「買いかぶり過ぎなんだよ。十年以上、頑張っても、ラノベの新人賞一つ取れない奴に、そんなにベッドするなよ。期待されればされるほど、こっちは、引いちゃうんだよ」
「先輩は、どうして、そんなに自分に自信がないんですか?昔の先輩は、天才だったじゃないですか」
「よせよ、昔の話は」
「俺は、なんでもできるぜ無敵マンだったじゃないですか」
「昔の話をぼくの前でするな!」
いきなり、大きな声を出したので、店内にいる人の視線がぼくに集まる。
ぼくは、気まずくなって、ダイエットコーラをすすって、時間が流れるのをただ待った。
店内の客もそんなに長くは、ぼくに注目し続けられないので、視線は、割とすぐに外れた。
負担が減ったところで、ヨヨギちゃんは、また、ぼくに響くことを言う。
「ひょっとして、まだ、明野原先輩のことを引きずってるんですか?」
明野原 朱美。ぼくらの高校の出身者で一番の有名人になった女。
「明野原先輩に出会って、確かに御影先輩の人生、大きく変わりましたもんね。大学時代なんて、明野原先輩に影響されて、作風が少し純文学的なっちゃって、完全に自分、見失ってましたもんね。ペンギンくんとブタくんみたいにバカバカしいことを大真面目に書けるのが、先輩の一番の才能なのに」
なんで後輩にこんなことをヅケヅケ言われないといけないんだろう。心の傷を引きずり出されて、晒されなきゃいけないんだろう。
「御影先輩が脚本を書かずにバイト先で何をやってるのか、わたし、大体、わかってますよ」
ぼくは、心臓が痛くなるほど締めつけられた。どうして、そんなことがわかるというのか。誰にも言っていないことが、どうして、バレているのか。
「いい加減、亡くなった人を追いかけるのは、やめませんか」
明野原 朱美。彼女は、ぼくの夢にすら出てきてくれない。
夢の中で ぼくは、あの高校で彼女を探し続けている。
しかし、彼女は、あの高校を去った後で、どこにもいない。
他の皆は、いるのに。夢の中で他の皆は、あの頃の姿のまま、いるのに、彼女だけがいない。
彼女のいない高校でぼくは、彼女、明野原朱美を探し続けている。
明野原朱美を追い求め続けている。