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ダブルマインド 僕の愛したAI  作者: 紙緋 紅紀
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VRシアターゴーグル 賀来愛美子について

今までの人生の中で鮮烈に印象に残っていて、こころから離れない異性が あなたには、いるだろうか。

ぼくには、いる。

彼女は、ぼくの青春の1ページの中でいつまでもいつまでもオレンジ色に輝いている。

といっても、ぼくと彼女は、交際していたわけではないし、まともに話したのも、ほんの数回しかない。ぼくが一方的に想いを募らせていたいただけで、彼女にとって、ぼくは、ただのモブキャラAでしかないだろう。



―推定西暦2045年 現在―

ぼくは、自宅のリビングでVRシアターゴーグルをかけた。

恋人の山鹿 由花子やましか・ゆかこと賀来 愛美子かく・あみこ没後十周年記念の「魂と剣と」の映画無料配信を観る為である。

「魂と剣と」は、明野原 朱美あけのはら・あけみの同名小説が原作の賀来愛美子が初主演を務めた剣劇アクションムービーである。

賀来愛美子は、その映画に出るまでグラビアアイドルとして活動していて、演技経験は、ゼロだった。

バラエティー番組に時々出て、天然発言を連発するおバカタレント。当時は、芸能界で彼女は、そういう立ち位置だった。

正直、彼女をテレビではじめて見た時、ぼくは、かなり冷ややかな視線を送っていた。

媚を売るような笑顔の標準装備。それだけで大人の世界、世間を欺いて、生きていくタイプの女性がぼくは、大嫌いだった。

嫌悪感が走る。というか彼女のその頭からっぽそうな表情やリアクションをテレビで観る度、受けつけられない気持ちになった。

だいたい、いまどき、グラビアアイドルなんて漫画雑誌の表紙も飾れない、ただバランスボールの上に座ってハネたり、棒状のアイスキャンディーをくわえたり、なめたり、あとは、ローションや白いボディクリームを塗られて、マッサージを受けるのをカメラで撮られるだけの仕事だ。

ぼくの目には、当時、彼女が将来設計のできていないダメな女に見えていた。

それが、「魂と剣と」の映画公開後、世間の目もぼくの目も一変する。

グラビアアイドルからアクション女優へと彼女の肩書きは、変わったのである。

映画のメイキング映像で三ヶ月に及ぶ剣劇の練習に真剣に打ち込む彼女の姿が一般に公開されると彼女・賀来愛美子の女優としての評価は、業界内で鰻昇り。アクション映画の依頼が彼女の芸能事務所に殺到した。

実際、彼女・賀来愛美子には、女優としての才能があった。

「魂と剣と」での彼女の役柄は、女性の身体に男の魂を宿しているというとても難しい役柄だった。

宝塚の男役のように振る舞えばいい、というわけでもなく、単にトランスジェンダーを演じればいい、というわけでもなく、彼女がやることを強いられた役柄は、性別を超越した演技が求められる神という存在だった。そして、「魂と剣と」の映画監督は、ただでさえ、難しいその神という役だけでなく、その神の生まれ変わりの女性もやることを彼女に要求した。

初主演で一人二役をやれと言われたのである。

そして、彼女は、その難しい仕事を見事にやりきった。

ぼくは、その彼女がやりきった演技を見て、彼女が演じきった月詠という男の神を見て、完全に女優・賀来愛美子に魂を持ってかれた。

惚れたのである。ぼくは、彼女のファンになった。

それは、高校生時代の初恋の相手を思い出したからに他ならなかった。女優・賀来愛美子の演じた月詠のあの強い瞳の輝きは、ぼくがかつて惚れた女性そのものだった。

月詠のような男言葉は、あいつは、当時、使わなかったが、男のぼくよりも、ずっと強い意志を持っていた。

それを思い出した。彼女に抱いていた感情を賀来愛美子の演技で思い出した。

そして、あんなに嫌っていた賀来愛美子のことをぼくは、好きになっていた。

彼女の行動をSNSで逐一、チェックするネットストーカーとなり、彼女の出演する番組は、すべて録画予約した上でリアルタイムでも見て、隙あらば、何周も視聴し直した。街に貼ってある彼女のポスターを盗むなどの法律に触れること以外の推し活は、すべてやったが、何故だか握手会やサイン会には、恥ずかしくて行けなかったりした。

しかし、そこまでどハマりして、推していた彼女は、もうこの世には、いない。

自殺したのだ。

ちょうど彼女が主演を務める5つ目の映画「主演女優」の公開前だった。

映画「主演女優」での賀来愛美子の役柄は、将来、自分が大女優になると信じ込んでいる自信満々の女子大学生・天王寺 深雪てんのうじ・みゆき。深雪は、最初はなから、自分は、他人とは生まれ持っての格が違うと思い込んでいるエゴイストで、男を自分の都合で物のように取っ替え引っ替えして、酷い振り方をする悪評の絶えない女だった。

そんな人間性に問題がある女が大手の芸能プロダクションにスカウトされたり、オーディションに受かるはずもなく、規模の小さい芸能事務所には、プライド的に死んでも入りたくないし、地道に劇団に入り、下積みを積むこともしたくない彼女は、女優になるツテもなく、日々、不満を募らせていた。

そんな彼女に大学の映画研究会を名乗る男達が自主制作の映画に出ないかと声をかける。

素人の作る映画なんて、と最初、あからさまに嫌な顔をして断っていた深雪だったが、破格の300万円というギャラを提示され、ハリウッドデビューする為のアメリカのアクタースクールに行く費用の足しにしようとその仕事を引き受ける。

自主映画の脚本は、なに不自由なくわがままに育った大富豪の娘が三人の男を手玉に取り、婚約者争いさせて遊んでいるうちに男達に復讐に合い、追いつめられて、最期、投身自殺する、というものだった。

深雪は、その脚本を読み、脚本の中の大富豪の娘と自分とを重ね合わせて、フッと笑う。

自分なら男達に復讐なんてさせないし、絶対、自殺なんてしないと、ー。

撮影は順調に進み、大学の映画研究会とは思えない南の島でのバカンスのようなロケを終え、あとは、大富豪の娘が廃ビルの屋上から投身自殺を行う夜のシーンを残すのみとなった。

シーンを撮る前に監督にリアリティを出す為だと言われて、遺書を書かされる。

なんの疑いもせず、書いた遺書を監督に渡し、廃ビルの屋上のへりに立つ深雪。下には、気球のように空気がいっぱいに膨らんだ撮影用の特注のマットが敷いてあり、スタッフが待機している。5階ぐらいの高さでスタントは、なし。それが、ギャラ300万円の条件だった。

いざ、撮影、そのシーンになって、ビビる彼女ではない。

深雪は、カメラが回ると、なんの迷いもなく、バツグンのタイミングで廃ビルの屋上から飛び降りた。

下には、マットがあり、彼女を受けとめてくれるはずだった。が、ライトアップされていたマットは、深雪の眼前から突然に消えた。

深雪は、暗闇の中でマットの替わりに空宙に張られていた薄い白のシーツにしがみつく。

3階ぐらいの高さで片手で全体重を支えて、宙ぶらりんになる。

それを屋上から見下ろし、監督を含める全スタッフがゲラゲラと笑っている。深雪の下には、先程まで見えていたスタッフが一人もいない。

「どういうことよ!」

深雪は、いつもの高飛車な態度を崩さず、叫ぶ。

すると、監督は、自らの隣に立つ高校生ぐらいの年齢の女性を指差し、「見覚えがあるか?」と訊ね、説明を始める。

まず、自分達が大学の映研ではないことを明かし、監督もとい監督に扮する男の隣にいるのは、監督に扮する男の実の妹であると明かした。そして、妹の彼氏を寝取ったのが、お前で俺達は全員、お前がゴミのように捨てた男達の家族または、関係者でお前に復讐する為に集まった。と宣言した。

自主映画は、お前を自殺に見せかけて殺す為の罠で、遺書は、警察にこの自殺が自然なものだと思わせる為にお前に書かせた。お前が見ていたマットや下に待機していたスタッフは、すべてシーツに映したプロジェクションマッピングだ。とそこまで説明を終えたところで、男達は、いままでシーツを支え、吊っていたヒモを切断した。

「きゃーーーっ!!」

深雪は、真っ逆さまに地面へと落ちていく。



が、映画「主演女優」の主人公は、それでは、死なない。

落下の衝撃で顔の半分が潰れ、車椅子での生活をしいられる身体になっていたが、生きていた。

そして、ずっと記憶を失ったフリを続けていた。

毎日のように、映研をよそおっていた男達が深雪の友人のフリをして、交代交代で病院に見舞いに来て、深雪の様子をうかがっているからだ。

いったい、何人の人間に恨まれてるかわからない。全てを覚えていると知られたら、今度こそ殺されるかもしれない。

その恐怖がずっと彼女に記憶を失った演技をさせていた。

最後、「いったい、いつまで、こんな猿芝居を続けるの。私は」という深雪の心のつぶやきで映画は、終わる。

そんな内容の薄い凡作が女優・賀来愛美子の遺作になってしまった。

映画「主演女優」の公開1週間前に賀来愛美子は、まるで映画の1シーンのように廃ビルの屋上から飛び降りた。

投身自殺だ。

遺書はなく、死んだ理由は、不明。某企業の社長を務める元カレに行為に及ぶ姿を隠し撮りされたショックで、とかあらぬ噂を週刊誌に色々、書きたてられたが、真実は、結局、闇の中。一般には、公開されなかった。

映画「主演女優」は、当然、内容が内容なだけに現実と印象がダブり、余計な憶測を生む為、上映中止。

賀来愛美子没後十周年でこの度、配信による放映が決定されたが、ぼくが恋人と同時視聴に選んだのは、「魂と剣と」の方だった。

「魂と剣と」を観終わって、ぼくがVRシアターゴーグルを外すと、恋人の山鹿由花子は、VRシアターゴーグルを付けたまま、いびきをかいて、寝ていた。

まったく、こんなに面白い映画で寝るなんて、どうかしている。

まぁ、いい。「魂と剣と」での彼女の演じた月詠のあの神々しいまでの男らしさと女性の美しさは、だいたい ぼくのイメージした通りだったとこれで最終確認がとれた。

あとは、データを集めるだけだ。

データを揃えれば、彼女を完成させられる。死んでいようが、彼女を復活させることは、可能だ。

何故なら、ぼくらの住む西暦2045年の世界には、AIの人格デザイナーという仕事があるからだ。

あの輝かしかった青春の1ページをぼくは、化学の力で取り戻す。

理想だった彼女をこの手で創り上げてみせる。

彼女とまた会い、語らう為なら、ぼくは、なんでもする。それが、たとえ、法を侵す犯罪だったとしてもーー。

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