気づけなかったこと
思えば、あの頃――ノワ様がゼツボーノのもとから去る直前、彼はそれまでよりぼんやりしていることが増えていた。
「ノ~ワ様っ」
「……ああ」
後ろからいきなり抱きついても彼は薄い返事しかしない。
前はもう少し嫌そうな顔をしてくれていたというのに。
でも。
もうアタシには飽きたのかしら。
そんなことだけを考えていて。
まさかノワ様の心にここから離れようなんていう思いがあるだなんて思わなかった。
「ノワ様、最近、何だかぼんやーりしてません?」
「……べつに」
「そうかしら」
「元々こんな感じだし……何も変わってないって」
「そう……」
彼はアタシを心に入れたくないようだった。
本当はもっと早く気づくべきだったの――彼が何かを一人で抱えている、って。
でもアタシは気づけなかった。
「あ! そういえば。明日、お仕事ですよねぇ~? ノ~ワ様っ」
「うん」
「んもぉーっ、心配っ! お気を付けて!」
ノワ様は心を決めつつあるのだと。
「……ありがと」
目を細めて苦笑したその瞳の奥に思いがあるのだと、アタシは――。
◆
だから仕方ないの。
ノワ様の一番大切な人にはなれなくても。
だって気づけなかったんだもの、彼の葛藤や思いに。
……それに、最初からそうだったもの。
アタシがノワ様を追いかけていただけで、ノワ様はアタシをそういう目では見ていなかったんだもの。
ただ、だからってすべてを捨てる気はないわ。
アタシにはアタシの道がある。そしてそれはどんな形であれノワ様を幸せへ導くものでなければ。
隣にいられなくても構わない。
一番近くにいられなくても構わない。
ただ、彼が穏やかに暮らせる未来のために、アタシは生きていく。
アタシはノワ様が幸せならそれでいいの。
◆終わり◆
2023.3.8 に書いた作品です。




