2.あまりにも遅すぎた決断
魔の者の中で暮らすというのはあまり好きではなかった。
ルナなど一部を除いた魔の者たちとは元々あまり親しくなかったのだが、ゼツボーノに可愛がられるようになったことでその者たちとの距離は一層開いて。気づいた時にはもう手の付けようがないくらい離れてしまっていたのだ。
ボクが魔の者でいればその容姿を嘲笑い、また人の姿でいたらいたで敢えて人の姿で選ぶ変わり者などと悪口を言う。
彼らとボクの間には大きな溝があって、どのみち分かり合うことはできない――いつからかその事実に気づいていた。
だから。
「ノワってさぁ、何考えてるのか分からねぇんだよなぁ」
「ソウデスナ謎キャラデスナ」
「あと町の潰し方が吸い込むだけとかずるいわよね~。らくちんじゃない。みんなは頑張って動いているのに、あいつだけ吸い込んで終わりだなんて。それでゼツボーノ様に褒められてるんだから楽な人生よね~」
これみよがしに嫌みを聞こえるような声で言われても、いつも聞こえないふりをしていた。
たまたまルナと一緒にいた時にそういうことがあると彼女は怒ってくれていたけれど。
でも、正直なところ、ボクには「関わりたくない」という思いがあるだけでそれ以上の思いは特に何もなかった。
「ノワ様、気にしちゃ駄目ですよ? あんな嫉妬! ああいう輩はいつも優秀なのを悪口の対象にしてるだけなんですから!」
「……うん」
「まぁ、ああいうのは全部、ノワ様の優秀さを証明しているようなものよね」
「……いいよ、気にしてないから」
ルナは気を遣ってくれていたけれど。
本当に、どうでもよかったんだ――ただひたすらに面倒くさくて。
あまり関わりたくない。
その思いだけが胸に宿っていた。
当然、魔の者と言っても全員がそんな感じだったわけではなくて。けれどもそれでも段々嫌いになっていった、魔の者という存在そのものが。
でも、ボクもまた魔の者だ。
どうあがいても、ああいう輩と同じ生き物。
そこから逃れることはできない。
それに、実際、人間から見ればボクもまた害を与えるだけの怪物に過ぎないのだ。
――ボクは一生こうやって生きていくのか?
すべてを壊し、すべてを奪い、それで何が生まれるのか。
その果てに光などあるわけがない。
人々から恨まれるだけだ、結局。
それでもずっとこうやって生きていく? 生みの親の意思のままに。自分というものには蓋をしたままで。ただ憎まれ恨まれる、そんなことばかりを積み上げて。己は望んでもいないのに?
……でも、ここを離れても希望はない。
そこには誰も知らない葛藤だけがあった。
ルナに相談してみようかと思ったこともあった。
でもそれはやめた。
自分の道は自分で決めるべきだと思ったし、それに、周りまで巻き込むべきではないと思ったから。
そんな時、一つの街を滅ぼせとの任務が出され、ボクは迷ったままそれを受けた。
いや、拒否権などないのだから、命じられれば従うしかない。
けれども、いつか芽生えた迷いは膨らみ、その時には既に見て見ぬふりをしてやり過ごせるものではなくなっていた。
そして、その街を吸い込んだ果てに――とてつもない虚しさに苛まれたのだ。
生きていたのだ、人々も。
ここで。
ほんの少し前まで。
でも、もう、ここには何もなくなってしまった。
誰かを護るためではなく。
誰かを救うためでもなく。
ただ理不尽にボクは人も人々の暮らす街も奪って。
――馬鹿だった。
ここへ来るべきではなかった。たとえそれが地獄への入り口だとしても、一生裏切り者と呼ばれるとしても、だ。
ボクがここへ来なければ、この街は護られたというのに。
もうこれ以上ゼツボーノにはついていけない。
あまりに遅い気づきで、もう既にとんでもない数の過ちの果てにある今。でも、気づいていながら過ちをこれ以上重ねることなどできるはずもない。罪ばかり築いてここまで来てしまった、でも、今度こそ終わりにしなければ。
だからゼツボーノのもとへは戻らないことにした。