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鏡を合わせる

作者: すみ鯨

 唐突に眼が覚めた。


 時計の針は三時を指している。


「まだ二時間も眠ってないじゃないか」


 誰もいない部屋で一人呟くと、上半身を起こす。


 猛烈に胃がむかむかする。まるで胃の中でスクリューが回っているみたいだ。もう一度


寝転がって何度も寝返りを打ち、吐き気が収まるのを期待するが、まるで効果が無い。


「もう駄目だ」


 ついに諦めて立ち上がる。


 壁に手をついて立ち上がると、足元がふらつく。どうやら思った以上にアルコールが


残っているようだ。壁伝いに部屋を出て、トイレに入る。内鍵を掛けて、しゃがみこんだ。


が、何も出ない。


 そういえば昼から何も食べていない気がする。つまりは空っぽの胃袋に大量のアルコール


を流し込んだことになる。


「そりゃあ気持ち悪くもなるか、」


 妙に納得し、床に座り込む。ポケットから煙草を取り出し、火をつける。肺の中深く煙を


吸い込み、一気に吐き出した。


「ふう、」


 狭い個室の中に煙草の甘いような苦いような煙が満ちていく。吐き出された煙が、天井に


取り付けられた換気扇へと導かれ、一筋の流れとなって吸い込まれていった。


 煙草の長さが半分になった。


 最後に大きく一息吸い込むと、そのまま煙草を水の中へと投げ入れる。


 ジュッ。


 煙草は意外なほど大きな音を立てた。


 消えて行く煙を眺めているうちに、またも強烈な吐き気が込み上げてきた。胃袋ごと外に


出てきそうな気分だ。


「げぇっ」


 ようやく出てきたのは、一匹の白い魚だった。十センチほどしかない。あれだけ


苦しかった割には、拍子抜けするような大きさだ。魚は僅かな水の中を、壁にぶつかり


ながら忙しく泳ぎ回っている。


 それは本当に真っ白な魚だった。


 眼は透き通るようなブルー。それ以外は本当に真っ白。まるでさっきまで充満していた


煙のようだ。


 いつの間にか煙は抜けていた。


 だんだんと気味が悪くなってきた。そもそもなぜ自分の胃袋の中に生きた魚がいたの


だろう。生きた魚はもちろん、晩飯だって食べていないのに。


 魚の動きも落ち着いてきた。


 気味が悪い。このまま流してしまおうか。


 この大きさだ。おそらく流れて行くだろう。いつの間にか、左手に握られた煙草の箱が


クシャクシャになっていた。ゆっくりと右手が水洗のコックへと伸びる。


「待て!流すな、流さないでくれ!」


 魚が人語で叫んだ。反射的にコックをひねる。勢い良く水が流れ、魚は奥へと流れて


いった。


 洗面所に行き、顔を洗う。鏡を覗き込むと、顔からは血の気が引き、真っ青だ。


「なんだったんだ・・・」


 状況が理解できない。寝ぼけていたんじゃないかという考えが頭をよぎる。そうだ、


きっと夢だったんだと自分に言い聞かせた。コップに一杯水を飲むと、布団へと倒れ


こんだ。どっと疲れが出て、眠りへと落ちていく。深く、深く、深く。


 数週間後、あんな出来事があったことなんてすっかり忘れた頃だ。友達と飲んで帰り、


シャワーを浴びると、糸が切れたように眠ってしまった。


 不意に目が覚めた。まだ外は真っ暗で、時計の針は三時を指していた。


「ああ、俺は吐くな」


 そんな根拠の無い自信があった。ふらふらしながらトイレへと向かう。内鍵を掛けると、


床にしゃがみこんだ。


「げぇっ」


 嘔吐の苦しさに思わず目を瞑る。何かが飛び出した感じがした。


 目を開ける。


 見えている景色がおかしい。天井が急に高くなったようだ。ぼやけてはいるが、目の前に


大きな影が見えている。


 次第に視界がはっきりしてくる。信じられないことに、目の前にいるのはどう見ても自分


だった。自分が自分を覗いている。


 唐突に全てを理解した。それは数週間前の景色そのものだった。夜中に目が覚めて、


トイレで吐く。便器の中で泳ぐ魚、それを覗き込む自分。そして次は・・・


「待て!待ってくれ!流さないでくれ!」


 声の限りに叫ぶ。


 目の前から滝のような水が押し寄せ、光がだんだん小さくなっていく。

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― 新着の感想 ―
[一言] 世にも奇妙な物語みたいで面白かったです。 本怖は無理にノンフィクションを謳っている感じで嫌いですが、世にも奇妙なは潔くフィクションであるとしているため比較的好きです。 話が逸れましたが、兎角…
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