1.王太子夫妻の寝室
「ジュスティーヌ、もうじき君の誕生日だが、なにか欲しいものはあるか?」
結婚から3ヶ月ほど経った寝る前のひととき、王太子アルフォンスは、妻であるジュスティーヌに問うた。
寝間着にショールを羽織ったジュスティーヌは、ああそういえば、と少し遠い目になる。
「殿下からはいつも真珠を頂戴しておりましたわね」
10歳の時に婚約してから、毎年、アルフォンスはジュスティーヌに真珠を贈っていた。
もちろん10歳のアルフォンスがそんなことを手配できたわけもなく、王家の習わしとして贈っていたのだ。
10歳の誕生日から18歳の誕生日まで贈られ続けた真珠は、揃いのティアラ・ヘアピン・イヤリング・ネックレス・チョーカー・ブレスレットとなって、ジュスティーヌは結婚式で初めてそれらを身につけた。
ジュスティーヌ個人の財産という扱いではあるが、今は慶賀の記帳に訪れる市民に見せるため、婚礼衣装と一緒に王宮博物館に展示されている。
「あーあの超ゴージャスセット!!
ていうか、あれは王家から『王太子の婚約者』に贈られたものではないんですか?」
カモミールティーを淹れてきた侍女のジュリエットが話にはいってくる。
これでも男爵令嬢のジュリエットは、貴族学院の同級生だ。
一時期アルフォンスは、ジュリエットの天衣無縫な魅力にだいぶやられて側妃にしたいと思っていたこともあったのだが──結局のところジュリエットはアルフォンスのことは「ちょいちょい残念なところのある友人」くらいにしか思っておらず、崇拝するジュスティーヌに近づくために自分と仲良くしていただけだった。
色々あって、令嬢2人は大親友となり、ジュリエットはジュスティーヌの侍女となって、こうして夫婦の寝室にも普通にいる立ち位置になっているのだ。
ジュリエットになにを聞かれているのか、いまいちわからなくてアルフォンスは戸惑う。
「真珠は母上が手配されたが、費用は私個人の予算からだな」
「ふーん……
アル様ご自身が選んで姫様に贈られたものではないってことですよね?
アル様個人としては、なにを贈っていらしたんですか?」
「……あ?」
ヤバい、今日もあかん流れや、とアルフォンスの背に冷や汗が流れた。
「婚約してから、殿下から個人的な贈り物を頂戴したことはないわ」
アルフォンスがもごもごしているうちに、ジュスティーヌがさらっと言った。
「ええええええええええ!?
姫様からは、アル様にはなにを差し上げてたんですか?」
「婚約して初めての殿下のお誕生日は……そろそろ本格的に乗馬を始められるとうかがったから、父に頼んで馬具を差し上げたわ。
公爵領にガラス工房ができた時は、職人に指導してもらって、殿下のおしるしを入れたガラスペンのセットを作って差し上げたこともあったわね」
10歳の誕生日から指折り数えながら、ジュスティーヌは今まで贈った誕生日のプレゼントを挙げた。
ジュスティーヌ本人が周囲と相談して、その時その時にアルフォンスが使いそうなものを選んで贈っていたということだ。
定番の刺繍した小物などのほかに、ジュスティーヌ本人がわざわざ練習して作ったものもちょいちょいある。
器用なジュスティーヌでもガラスペンはさすがに難しく、少々やけどもしたらしい。
要は、アルフォンスの贈り物は高価ではあるが王家の慣習に従っただけのもの、ジュスティーヌの方は実用に寄ってはいたものの、それなりに気持ちを籠めたものということだ。
「アールー様!?
これは一体どういうことです!?」
シャーッ!とジュリエットが例によって威嚇してくる。
この侍女、ジュスティーヌが大好き過ぎて、新婚初夜の寝室にまで「アル様が姫様に無体を働くといけないので監視です」としれっと潜り込んできた。
なにかにつけて「顔はいい王子」扱いされがちなアルフォンスと、超優秀なジュスティーヌは結婚したとはいえ、そこまで甘い関係ではない。
初夜だって、ジュスティーヌが「男性や房事のようなことは苦手」とぽろっとこぼしたことから、ジュリエットはアルフォンスを寝台から蹴り出した。
そして、いまだアルフォンスは寝台で寝かせてもらったことがない。
「い、いやその、ジュスティーヌはなんでも欲しいものが手に入るじゃないか!
だからなにを贈ればいいのか、逆に難しく……」
「それはアル様も同じじゃないですか!」
「わたくしは気にしてませんから。
もう遅いから休みましょう……」
今日も今日とて、防戦一方のアルフォンスに噛みつくジュリエット、ジュリエットをなだめはするが、アルフォンスを助けるわけではないジュスティーヌという、いつもの構図に陥ってしまった。
ジュリエットに小突かれて、気がついたら、アルフォンスは侍女が宿直をするための小部屋の扉の前だ。
最近はこの小部屋がアルフォンスの定位置になりつつある。
ソファよりは、仮眠用のベッドの方がマシだが。
「じゃあ、話は8年分プラスこれからの結婚生活よろしくね!の気持ちを籠めた、超絶ナイスな誕プレを持ってきてからってことで!!」
「いきなり難易度高すぎるだろう!!
せめて、なにが欲しいか、ヒントを……!」
アルフォンスを小部屋に放り込む寸前、それもそうかとジュリエットが手を止めて、ジュスティーヌの方を振り返る。
「姫様、なにか欲しいものありますか?
モノより思い出ってことで、どっかに行くとか、してみたいこととかでもアリかと思いますけど……」
既に寝台に上がっているジュスティーヌは、おっとりと首を傾げた。
「そうねえ……
ああそうだ。
わたくし、一生に一度でいいから、めちゃくちゃにモテてみたいってずっと思っていたの。
小説やお芝居では『逆ハー』っていうのでしょう?
ああいうの、楽しそうだなって思って」
「「はいいいいいいいい!?」」
品行方正清廉潔白超絶有能な王太子妃とは思えない斜め上の願いに、アルフォンスとジュリエットの声が見事に揃ってしまった。